第17話 喚ばれし者(1)

 日が沈み、夜空に大きな満月が輝くジャホン国。


 昼は多くの人と魔族が往来する町も、夜にはすっかり人気が無くなっていた。


 夜になると人と魔族の代わりに別の物が町を賑わせている。


 町の至る所に、提灯が溢れているのである。


 提灯は町家に懸かっているのではなく、町を彷徨う様に宙を流れて漂っている。


 その光景は、まるで蛍が光を放ちながらゆっくり飛び交うかの様である。


 無数の提灯が町家の上や通りを往来する事によって、ジャホン国の夜は闇に包まれる事無く、提灯の優しい光に照らされている。


 しかし、 俺は今その光に照らされる事無く、暗い部屋の中で二人の人物と顔を付き合わせていた。



 ―――ヒミカ城の大広間―――


 そこにいるのは、腕を組んで座る俺と、和服姿できちんと背筋を伸ばして正座したヒミカ、両掌を畳につけて足を投げ出して座るサクタロウの三人。


 昼にクロエや家老達が集まって大人数で会議をした時は広く感じ、出席者の声で活気溢れたこの部屋だが、


夜となり人気ひとけも三人だけとなると、より広く感じるばかりか、暗く不気味な雰囲気が漂う場所となる。


 その上、三人の話題がより一層その場の雰囲気を暗くする。



―間者は誰か?



『家政婦 喫茶 』でのヒミカの話によれば、ジャホン国に潜む間者が東の国に情報を送っていたという。


 その送られた情報の中には、リオンがジャホン国に居るという事も含まれている。


 ヒミカ曰く、間者を通してこちらの情報が漏れている事は問題だが、


秘密兵器リオンの存在を知られた事事態は大した事ではなく、知られたところでどうという事はないだろうという。


 しかし、秘密兵器本人にとっては困る事態である。


 ジャホン国に攻め込んで来た勇者や東の国の兵隊に、集中的に狙われてしまう可能性があるからだ。


 強力な力を持つ魔王軍幹部であるリオンを戦場の中心に置き、リオンの首を狙って集まって来た敵をリオンがまとめて倒す。


 その方が反って敵の戦力を一気に削ぐ事が出来て、好都合だと考えるヒミカだが、


実際は勇者どころか、名も無き兵士(雑魚A)にすら俺はすぐ倒されてしまうだろう。


 名も無き兵士は、その戦果により飛び級して昇格出来るだろうが、そんな事のために俺は死にたくない。


(ここは一か八か、ヒミカとサクタロウに中身が別人だと言うことを話して助けてもらおうか…)


 戦争が始まればどのみち倒されて、正体がばれるだろう。早いか遅いかの違いだ。


 ヒミカは、サクタロウや家老達とも普通に話しているし、人間には友好的な魔族ではないかと思う。


 もしかしすれば、正体を明かしても大丈夫じゃないだろうか…。


(…よし、話そう。そうだ、話せばわかる!)


 そう決意し、俺は口を開こうとした――



「私は、絶対に裏切り者は許しません。」



「…………………」


――が、ヒミカのその一言で閉じた。


「私は、嘘を付く人は嫌いです。」


(…はい、すみません。)


「私達の中にそんな人がいれば、処分します。」


(……処分ですか。)


「私が貴方方二人だけをここに呼んだのは、あなた方二人を信頼しているからです。 」


(……罪悪感と恐怖心で胃が痛い)


「…ふふっ、信じていますからね。」


「…ふん、俺を信じろ。」

(よし、正体を明かすのはやめよう。)


 信頼度が高そうな割には若干圧力のある笑顔を向けられた俺は、決意がぶれたのであった。


「しかし、一体誰が裏切り者なんじゃろうな。」


 両手の掌を畳につけ、足を投げ出して座っているサクタロウが言う。


「まず、魔族ではないのは確かでしょう。 今東の国には魔族嫌いの勇者とその仲間がいます。 仮に魔族の誰かが東の国に協力しても、滅せられるだけでしょうから。」


「ほにほに。 じゃあ、人間側が怪しいということですか。」


「ええ。 今日ジャホン国にリオンさんが来たのを知っていて且つ、ここヒミカ城での会議で話した事を知る者、その方が東の国の間者でしょう。」


 そうなると、怪しい人物はかなり限られる。


 俺とヒミカは揃って同じ人物に目を向ける。


『じーっ』


「え、ちょっ、ワシじゃないぜよ!」


 サクタロウが慌てて投げ出していた足を仕舞い、正座して潔白を示す。


「ワシは、リオンさんの事は会議の時に初めて知って、その後はリオンさんと一緒にいたき、東の国に情報を送る様な事はしちょらん!」


「まあ、冗談はさておき。」


「…………………」


「言ったでしょう? 二人の事は信頼しているからここに呼んだと。 だから、サクタロウさんの事は疑ってませんから安心してください。」


「はぁ~…、勘弁してください‥ 魔王軍幹部二人に睨まれたこっちは生きた心地がせんですよ~。」


(別に睨んどらんがな。)


 生きた心地がしなかったと言いながらも、再び足を投げ出して座るサクタロウ。


 俺もサクタロウは最初から疑ってはいなかった。今日初めて会った人だが、なぜか誰かを欺く様な人には思えなかったのだ。


(という事は、他に怪しいのは…)


「…五人の家老か。」


 俺が言うと、こくりと頷くヒミカ。


「はい。 あの五人の中の誰か若しくは、五人全員が裏切り者かもしれません。」


「あの五人ですか~。 ジャホン国を東の国から独立させるため頑張っちょった人達ですき、あまり疑いとうないがのぅ」


「……まあ、五人全員かどうかは、一人だけでも捕まえて聞けばわかる事です‥。」


 シュル…


 そう言ったヒミカの和服の袖から白蛇が顔を出す。


 白蛇は袖から出ると、畳の上を這い、会議室の出入り口である襖へ向かう。


 そして、そのまま襖から出て行った。


 すると、


「ひぃ! なんだこの蛇は!?」


 声がしたかと思うと、一人の人物がガラっと襖を開けて転がる様に入って来た。


 その腕には先程の白蛇が噛みつきながら巻き付いている。


(こいつは確か…家老D!)


 会議の時、クロエにじとーっと見られて変な悲鳴を上げた人だ。


 家老Dは腕に巻き付いた蛇を取ろうと、畳の上で転がったままジタバタしていた。


「…そんな所で何をしていたのですか? 盗み聞きなんてせず、広間に入ってくればよかったのに。」


 ヒミカが立ち上がり、ゆっくりと家老Dに近づく。


 俺とサクタロウは、突然の事態に腰を浮かす。


「私達の話を聞いていたのでしょう? 話していただけませんか、東の国の間者…裏切り者の事。」


 ゆっくり近づきながら優しい声色で問い詰めるヒミカ。


「ひぃ! ま、待ってくだされ! 私は、間者ではないっ! 私は―ぎゃああああ!」


 弁明しようとした家老Dが叫びだす。


「今貴方の腕に巻き付いている蛇は、【ヘシキリ ハセヴェ】。嘘や悪意に敏感に反応します。 貴方が嘘をつけば、貴方の腕を締めてつけて、へし折ります。」


「ひぃ!?」


「腕をへし折られたくなければ、正直に言いなさい。 貴方は、東の国に私達の情報を流しましたか?」


 ヒミカは、蛇に腕を締め付けられ苦しむ家老Dの前で止まり、見下ろしながら問う。


「くっ…な、流しました …」


「間者は、貴方の他には?」


「わ、私一人だけで―ひぃぎゃああ!」


 更に強く蛇が巻き付き、家老Dの腕からミシミシッと嫌な音が聴こえる。


「ふふっ、嘘を付きましたね? ダメですよ、すぐわかりますからね。 もう一度聞きます。 間者は他にいますか?」


 少し語気を強めて聞くヒミカ。


 腕の痛みと恐怖から、家老Dの身体がガタガタ震えだす。


「…ひぃぃ~、‥か 間者は、私 と…………」


 白状するかと思い、次の言葉を待つ俺達。


 しかし、家老Dは手の指を揃えて手刀の形を作ると、蛇が巻き付いている自身の腕を肩から斬り落とした。


「なっ!?」


「何を!?」


 俺とサクタロウが驚いて立ち上がる。


 ヒミカは、目の前で自身の腕を斬り落とし、肩から血を流して静かに横たわる家老Dを険しい顔で見ていた。


 腕を斬り落とした家老Dは騒ぐ事なく、まるで眠ったかの様に大人しくなった。


(し、死んだのか?)


 俺がそう思っていると、


「貴方は、誰ですか?」


(え?)


 ヒミカが、横たわったまま動かない家老Dに問いかける。


「失礼ですが、自分の腕を斬り落としすような度胸は無いと思っていたので。 もう一度お聞きします。貴方は―」


「…そうか、この男には出過ぎた真似だったか」


 横たわっていた家老Dがその場で跳ね上がる。


宙を横回転しながら脚を伸ばして、上から落とす様にヒミカの頭を蹴る。


 しかし、ヒミカは飛んで来た蝿を払うかの様に、手を振ってその蹴り脚を弾いた。


 弾かれた脚に引っ張られる様に、大広間の奥へ飛ばされた家老Dだが、空中で一回転して柔らかく着地した。


 その様子を見ていた俺とサクタロウは唖然としていた。


(どうなっている!? さっきまで蛇に締め付けられて悲鳴を上げて悶え苦しんでいた奴とは思えない動きじゃないか。)


 俺は、奥でゆらりと立つ家老Dを見る。


 明らかに先程までとは雰囲気が違っていた。


「…【龍蛇の女王 ヒミカ】、【ジャホン国海軍指揮官 サクタロウ】、そして【三傑 終焉の王 リオン】とお見受けする。」


 肩を斬り落とした痛みを感じないのか、家老Dがゆっくりと落ち着いて話す。


「私は、東の国 シラーン国 人間軍指揮官 レシン と申す。 」


「レシン!? おんしが、あの東の国最強の武人、レシンか?」


「サクタロウ殿。 同じ人間軍の指揮官同士、貴殿と話すのは初めてだな。 この様な格好で申し訳ない。」


 そう言って頭を下げる家老Dもとい、レシン。


「…東の国人間軍の指揮官が、ジャホン国の家老に成り済ましていたと言う事ですか?」


 レシンが下げた頭を戻すタイミングで、ヒミカが問う。


「いいや。 貴殿らが先程まで会っていたのは確かにこの国の家老…この男本人だ。

 私は今一時この家老の身体に入り、借りているだけ。 余計なことを言おうとしていたので、止めさせてもらったよ。」


 どうやら、変装や演技で家老に成り済ましてジャホン国に先入していたのではなく、レシンという人物が、 何らかの方法で家老Dの身体に入り込んでいる様だ。


 …ん? 他人の身体に入り込む…


(あれじゃあ、まるで俺と同じ―)


「ほにほに…。 わかったぞ、レシン殿。おんしの正体が。」


「ほう…」


 サクタロウが顎を撫でつつ、レシンを鋭い目で見る。対してレシンは、静かにサクタロウを見る。


(…正体? 東の国の人間軍指揮官以外に何かあるのか?)


「 何です、サクタロウ。 レシンの正体とは?」


「それはですのう、ヒミカ様―」


 ヒミカの質問にサクタロウが応えようとした時、


「…申し訳ないがあまり時間が無い。 これにて、失礼する。」


 レシンはその場でダンッと床を踏み鳴らすと、強く踏んだ衝撃とその反動を利用して前方へと加速して跳んだ。


 そして、自分の顔の前にくの字に鋭く曲げた肘を突きだして、ヒミカとその少し離れた後ろのサクタロウの二人に突進して突破し、速度を落とす事無く更に突き進む。


レシンはそのまま、ゴォンッという大きな音を立てて城の壁をぶち抜き、外へと出る。


 ヒミカとサクタロウは、レシンの攻撃に直撃こそはしなかったが、話している途中とはいえ不意を突かれた事に驚いていた。


「…ふ」


外に出たレシンが俺血を一瞥し、その場から走り去る。


「ありゃ、行ってしもうたぜよ!」


「リオンさん、サクタロウさん、追いかけましょう!」


「…ふん、そうだな。」


 俺達は大きく穴の空いた城の壁から外に出ると、無数の提灯が漂う城下町へ走りだした。

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