雨の好きな劇作家

旦開野

第1話

 雨は嫌いだ。傘がなければこの身を濡らして体温を奪う。しかもなんだか気分まで落ち込む。そんな嫌いな雨なのに、私の書く作品の始まりはいつも雨だ。


「あなたの舞台っていつも雨が降ってますよね」

 舞台作りに参加していた役者に言われた。役者は私の作品を欠かさず観に来てくれている、私のファンらしい。

 うちに帰ってから過去の脚本を見直した。これほどまでに雨しか降っていないのに、人に指摘されて初めて気がつくなんて。でも何故だろうか。私は雨が嫌いなのに。


 もう一度自分に問うてみる。どうしてこうも舞台上に雨を降らせたがるのかを。私は本当に雨が嫌いなのだろうかと。その日、考えても考えても結論は出なかった。


 午前6時。いつの間にやら書斎の机の上で居眠りをしてしまっていた。ちゃんとした場所で寝なかったせいで体が重い。しかし原因はそれだけではなかった。目の前のカーテンを開ける。灰色の雲が空を覆い、しとしとと雨が降っていた。早朝のせいもあって肌寒い。いつものように雨というだけで気分が沈む。しかし、今日は少しだけ、いつもとは違っていた。用事がない限り、私は雨の中出かけようとは思わない。今日の予定も夕方からだ。だがソファに散らかったままの洗濯の山から適当な服を選び、玄関に向かった。真っ黒なこうもり傘を持ってドアを開ける。

 目の前に入ってきた世界は灰色一色。そこにまっすぐに落ちていく雨粒。勢いはそこまでなかったので、私は傘を開いて雨の中を散歩してみることにした。落ちてくる雨粒が傘に張り付き、徐々に重くなっているような気がする。そのせいか足取りも重くなる。

 雨に濡れた向日葵、空に向かって何やら叫ぶカラス……雨に濡れた街を見渡すと色々なものが見えてきた。いつも見ている風景なのに何だかいつもとは違って見える。

 

 ……雨は別世界へと連れていってくれるんだ。


 私はそう思った。この土地は天気が良く、穏やかな日が多い。そこまで珍しいわけではないが、それでも雨の日はどこか非日常だ。灰色と雨水のフィルターが街のものに哀愁を持たせて、スポットライトが当たっていなかったものを輝かせる。私は雨を通してより彼らを輝かせようとしていたことに気がついた。

 もう少しだけこのどんよりとした街の中を歩いてみよう。雨の中で輝くものが何かあるのかもしれない。期待に胸を膨らませ、一歩、また一歩と歩き出す。雨はまだまだ降り続いている。


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雨の好きな劇作家 旦開野 @asaakeno73

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