一章
夏休みの成果・上
教頭が預かった美優希の自由研究に、とある申し出が行われた。
「展示ですか?」
「ああ、知り合いがね、パソコン関係の仕事をしているんだ。それで、店舗とサイトにコピーを展示したいと言って来てるんだ。後、e-sports教会もサイトに乗せたいってね」
「んー」
勿論、この話は担任抜きでされており、校長室で校長と教頭が美優希に話をしている。この時点で評価はもらっているのだが、目に見える形で評価が残るわけでもない。
いきなり校長室に呼び出されたとなると、悪い外聞が付いた場合に面倒臭くなるので、一旦は職員室に呼び出されている。
「とても出来が良かったからね。見てくれた人だってプロ、プロから評価されたと思っていいよ」
「多くの人の目に留まることになるから、名前は伏せてもらう条件を付けてもらおうか」
「お願いします」
少し緊張していた美優希だが、評価された上での申し出であると説明され、うれしくなって二つ返事をした。
校長室からではなく、職員室から出て教室に戻った美優希は、輝と野々華に事の次第を報告した。
「えーすごいじゃん!」
「やるー」
二人は自分の事のように喜び、その所為で人だかりができてしまった。
その様子で察したのかイライラを露わにし、金がなる前に声をかけてきた。
「早く席に着きなさい。授業始めるよ」
ロックオンされた美優希は、その日手も上げてないのに指名される程。合っている回答を間違いということまではしないが、重箱の隅をつつくように指摘を食らった。
教頭からこうなったら報告しなさいと言われており、地頭がいい美優希はあっけらかんと受け流していた。
当然のように職員室では校長と教頭にこっぴどく怒られた担任は、学年主任を解任されて降格、歳もあって出世の道は立たれたのも同然だった。
その後の授業にもやる気がなくなり、学校に来なくなってしまった。担任代理は教頭が務めるようになり、やがて新しい先生が担任に就任したのだった。
そんな怒涛の九月が終わり、十月上旬、美優希は担任から二通の封筒を受け取った。一通はe-sports教会から、一通はパソコン専門店からだった。
「お家に帰って、親御さんと一緒に空けて見てね」
「分かりました」
そう言われた以上、美優希は学校で開けることはしない。
しかし、気にはなるようで、休み時間に美優希は輝と野々華と共に、パソコン専門店について調べていた。
「店舗数はそんなに多くないね」
「パーツの取り扱いは多いかも」
「あ、パパの取引会社だ」
一義は昔から、四月一日電算からパソコン関連を仕入れていた。その縁から、事業を立ち上げてからも、四月一日電算を贔屓にして、取引企業にまで関係を発展させている。
「わざわざ学校通したんだ」
「確かにちょっと変?」
「教頭先生か校長先生の顔を立てる為かも」
実際、四月一日電算も学校から送られてきたものなので、それを無碍にするほど馬鹿な企業ではない。
「私のこと知ってるのかなぁ?」
美優希の不安は最もで、取引企業の社長の娘を知らないと言うのは、どうなのだろうと言うところもある。そうは言っても、現状相手は美優希のフルネームを知っているが、住所までは知らないので結びつくかどうか別だ。
「どうだろうね」
この三人ではこれ以上が分からない。
知っていたとするのならば、四月一日電算と一義の会社である株式会社ジャストライフは、ビジネス関係として対等である為、贔屓の為に学校の顔を立ててまでやり取りをする意味がない。
寧ろ、学校はそっちのけであった方がスピード感もよく、四月一日電算は学校と取引したことがないのでそもそも利点がない。
つまるところ、美優希が取引企業の社長の娘である事を知らないのである。
「いつまでスマホいじってるのー、授業の準備しなさい」
担任から声がかかって輝も野々華も席に戻った。
この担任は若くもなければ老けてもない女性と言うところで、鐘がなる三分前には必ず教室にやって来て、授業をする準備と受ける準備を徹底させる。
その代わり、早く終わればその分自習で、自習の間は宿題をしてよいことになっている。
校則ではスマホに類する携帯電話の持ち込みは禁止してない。使用は禁止されているのだが、持っていることを逆利用して授業をすることもあるので、使っていたとしても特にどうこう言うことはしない。
使っていいから騒がない、騒いだらその日の放課後まで没収、授業中サイレントモードか電源を切ってないと、放課後まで没収ぐらいの緩さだ。
「それじゃ、始めるわねー」
その日、学校で謎が解けることはなかった。
「パパー」
「どうした?」
帰ってきたら真っ先に一義の所に来た美優希は、ダイニングの机にランドセルを置いて、キッチンにいる一義に封筒を差し出した。
「先生がお父さんと一緒に見なさいだって」
夕食の準備をしていた一義は作業を辞めて手を洗い、手を拭うと美優希から二通の封筒を受け取った。
封を開けて出てきたのは感謝状と手紙だ。
先に空けたのはe-sports教会からの物、公式サイトに乗せたところ、問い合わせが増加しており、選手からの受けもよく、一先ずお返しとして感謝状を贈ることが書かれていた。
パソコンの自由研究は客受けがよく、店員も美優希の自由研究を利用して説明しており、売り上げに良い影響を与えていると手紙に書かれている。
「後で感謝状は飾ってあげるから、パパのパソコンの前に置いてきて」
「わかった」
ランドセルも一緒に階段を駆け上がっていく美優希をよそに、一義の顔は曇っていた。
パソコンの自由研究は、美優希の金銭感覚を一般に合わせさせることを目的として、一義がスペックと金額の相対関係を学習させる為に焚き付けてやらせたのだ。
夕食が終わって片付けが終わると、一義は仕事をしながら美優希の宿題をダイニングで見てやる。それが終わると美優希がパソコンを使っていい時間、夏休みのある時、一義のノートパソコンで、パソコンのことを調べていることに気付いた。
理由は、元々欲しいと思っていたことに加えて、輝の家に遊びに行った際に輝の兄である
仕事や調べ物の為にパソコンがあるとしか思っていなかった美優希は、ゲームもできる事が衝撃であり、興味を持ったのはこれが理由である。
寝室にある一義のパソコンでできるゲームだったので、実際にやらせてみると美優希の負けず嫌いが爆発し、一義に指導をしてもらって完全に引き込まれてしまった。
これらにより、ゲーミングパソコンが欲しくなった美優希は、パソコンの自由研究に合わせてe-sportsの自由研究までやっていたのである。
一つ問題があるとするのならば、自由研究によって見つけた美優希が欲しいと言った一台は、クリスマスプレゼントとして買ってあげることを約束していた事だ。
「うそだろ・・・」
何と美優希にe-sports教会と四月一日電算が、連名でゲーミングパソコンを、しかもデスクトップの一式贈りたい旨を伝えてきたのだ。
これ自体はうれしい申し出なのだが、美優希の性格上、辛い思いをするはずだ。
その証拠に夕飯と宿題をすませた後、リビングで話をしていると、美優希は泣き出してしまっている。
「どっちがいいのか分からない」
美優希の中では、できれば父親である一義に買ってほしいが、この話を受けたほうが経済的に負担をさせずに済む、とせめぎ合っているのである。
美優希は一義に抱きしめてもらい、撫でてもらい、わんわん泣いている。
実は美優希と一義に血の繋がりはない。美優希は一義の元妻である優里が不貞行為によってできた娘で、離婚で引き取った娘である。
モデルで俳優にまで伸し上がっていた優里に、美優希は三歳から育児放棄されてお父さん子になり、離婚直前は優里を母親とは認めてすらいなかった。
また、離婚時点で優里と暮らすことを泣いて拒否し、血の繋がりがないと分かっても『パパはパパ』と言って割り切った。
母親の愛に飢えているから、一義の愛を受けられなくなるのが嫌なのだ。
「そしたら、もらうだけもらおうか」
「うん」
落ち着いた美優希は膝枕をしてもらいながら、地獄の一義の言い方に疑問を覚え、生返事をした。
「で、定期的にパパがカスタマイズしてあげよう。そしたら最終的にはパパが作ってあげたのと変わらないでしょ?」
パソコンの性能がどれだけ飛躍的な進化をしているのか、一義は身をもって知っているからこそ出せた答えであり、調べていたとしても実感がない美優希ではできない提案だ。
「いいの?」
「いつまでも同じってわけにはいかないからね」
泣き顔から一転、笑顔の甘えん坊モードになった美優希は、一義の膝枕を存分に堪能する。
「大体、在庫処分みたいなパソコンをもらっても困るからな」
一義にしてもこれが一番頭の痛い問題で、結局まともにプレイできませんでは困るのだ。まともにプレイするのにかかるお金と手間がとんでもないからである。
「んーと、リスク管理ってやつ?」
「そう。美優希は賢いな」
褒められ撫でられ、さっきまで泣いていたのはどこへやら、美優希は手を伸ばして一義に抱っこをせがみ、一義は起用に抱き上げて膝抱っこをした。
「特にゲームはハードウェア、パーツの性能に合わせてクオリティが上がっていくからな」
これ自体はゲームだけの話ではない。パーツの流通量を見誤り、クオリティを高くしすぎると、どんなに中身が良かろうとプレイしてもらうことができず、資金回収できないでは済まなくなる。逆にクオリティが低すぎると見向きしてすらもらえない。
「だから、その内パーツの入れ替えをしてやらないと、ゲームはできなくなるってわけ。どっちにしろやらなきゃいけないなら、ね」
「うん」
お風呂の準備が済んだことを知らせる電子音が鳴り、美優希を入らせた一義は、リビングに置いているノートパソコンで、スケジュール確認をしながら上がってくるのを待つ。
電話する時間はある事を確認し、各部門の報告を読む。
一義が経営する株式会社ジャストライフは、非上場企業ではあるものの、複数ブログや数社のホームページ、サイトを手掛け、管理し、すべて自社で回すことでとんでもない売り上げを上げる企業だ。
始まりは一義が何となく始めた子育てブログだ。
仕事の関係で優里はあんまり美優希にかまってあげられなかった。これが原因で美優希は思った以上に優里に懐かず、育児放棄されるに至っている。
父親目線の子育てブログは主力が男性読者で、あまり伸びなかったのだが、優里の育児放棄をきっかけに、ブログの文面が変わると徐々に読者が増え、馬鹿にできない広告収入が入り始めた。
どうしようもなくなって退職し、集中できるようになるとブログを複数展開し、起業を考えなければならない程に収入が膨らんだ。
一義は昔から運動音痴のインドア派、その所為で絵も上手く、イラストレーターとしても仕事をしていた。これによって必要な物を自分で用意できるので、経費が少なく済んでしまったのも大きいだろう。
「ねぇ、パパ」
「ん?」
完全に乾いてない髪を拭きながら風呂から戻ってきた美優希は、聞き忘れていたことを思い出して一義に声をかけた。学校で解けなかった謎、取引企業なのにわざわざ学校を通した理由である。
「ああ、四月一日電算は俺にお前と言う娘がいることを知らないんだよ。俺がバツイチだから触れて来ないんだ」
女性のバツイチ、離婚歴はしばしば勲章ととらえる場合もあるが、男の場合そんなことはなく、大体逃げられたとか浮気された甲斐性なしと言われる。
「バツイチ?」
「離婚歴が一回ある人の事だ。離婚した時に除籍っていって、戸籍から名前を消すんだけど、そこにバツ印が入ってたんだ。それと離婚回数を合わせて、二回あればバツニ、三回あればバツサン、ってな。子供がいて親権を持ってると、バツイチ子持ちって言う」
「ということは、パパはバツイチ子持ち?」
「そう」
何かを気にしているようだが、次に口を開いた時は、いつものFPSゲームをやろうだった。
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