夏休みの成果・下
美優希が学校に行っている間、一義は四月一日電算と話を付けていた。
「驚きましたよ。まさか片岡社長の娘さんだったとは」
「私もですよ。
渡貫
「おかげさまでマニュアルが完成しましてね。接客レベルが上がったと、もっぱらうれしい問い合わせばかりですよ。来店されるほとんどのお客様が自由研究を褒めて頂いています」
「それは娘に言ってください。私は焚き付けただけなので」
「本当に親子ですねぇ」
ジャストライフの出す記事をよく読みこんでいる美優希、自由研究の情報源もそのほとんどがジャストライフの記事なのだ。
ジャストライフの出す記事は一義がライティングの基礎を作っているので、美優希はそこから情報だけでなく技術も盗んでいるので、そう言われても当然である。
最も人気が高いのはレビュー系で、必ず一ヶ月レビューを出す。
これに目を付けた企業がプロモーション依頼を出してくる。ただ、一ヶ月レビューは諸刃の剣で、物によってはかなりの辛口にならざるを得ないので嫌われてもいる。それを逆手にとってデバッグの依頼をしてくることもあるが。
「しかし、よろしいのですか?ゲーミングデスクトップパソコン一式となると相当ですよ?」
「もちろんですよ。外部の方が、それも小学生が我々の世界に理解と興味を示して、売り上げに貢献してくれているんです。お返ししないと罰が当たります」
そうは言っているが、メールで届いた目録を見て一義はドン引きしている。
ケースは自社採用のごく普通の物ではあるものの、その中身はライトゲーマー向けとは到底言い難い。
モニターは日本の
とは言え、四月一日電算はジャストライフにレビューやデバッグを任せることもある。変な記事を書かれると怖いと言う感情もある。
「それにですね。せっかくだからこのまま仕事の依頼をさせていただきたいんです」
「と言いますと?」
「実は少し前に、Ryzerの営業マンからレビューをしてくださる人の紹介を依頼されていたんです。片岡社長のお住まいは知っておりますから、もしかしたら娘さんではないかと疑ってはいたんです」
公立小学校であれば、校区を調べることで特定は可能だ。誠太郎は苗字が同じことが気にかかって、調べていたのである。ただ、片岡姓はそう珍しいとは言えず、美優希が通っている小学校にも数人片岡姓がいる。
「興信所を使って調べるのは、初取引の時だけで、今回の件にまで使うと外聞はよろしくないですし。そうだったらいいなぁ、と準備だけしていたわけです」
「そうでしたか、これは受けざるを得ませんね」
「ありがとうございます。Ryzerの営業担当を連れてそちらに伺いますので、細かいことは後日詰めましょう。空いている日、美優希ちゃんも同席できる週末を教えていただけませんか?」
「これはありがとうございます。今月はすべての週末が空いていますし、美優希にも予定はないはずです」
何度かやり取りをして翌週の週末に会う約束をしたのだった。
「もうそろそろ完成ですか?」
Ryzerの営業担当を連れて来た誠太郎は、社屋隣に建設中の七階建てのビルを見てそう言った。
現在の社屋がすし詰めになりそうな上に、転職で中途採用希望者が多数詰めかけており、思い切って新社屋を建設中だ。
「年内には完成ですね」
「この辺りも発展しそうですね」
車さえあれば都市アクセスはいいものの、田畑が広がるこの辺りはそう見られても仕方がない。
「これ以上私は手を出しませんよ。出すとするのなら、この田畑を守る方向ですね」
「Web広告企業が農業に何かを見出したんですね」
「ええ、この辺りの土地の買収も、一部は還元が目的ですからね。休耕地を無くす方向で不動産屋と市役所と一緒に動いています」
「それで、赤レンガ造りに見せるのですか」
こんなところに現代的なビルが建っても違和感しかなく、景観条例に引っかからないよう、多方面に相談すら行った。
赤レンガ造りに見せる外壁は、この周辺にある小さな企業でも採用しており、新社屋が出来上がったら旧社屋も内装と一緒に外壁にも同様の改装が入る。
「今後が楽しみですね」
「末永くお願いしますね」
「もちろんですとも」
二人を招き入れた一義は応接間に通し、美優希にあいさつをさせた。
「待ちきれないでしょうから、まずはこちらを」
営業担当が美優希に出して見せたのは新作のヘッドセットだ。
「ピンクだー!」
今日と言う日を待ちきれなかった美優希、パッケージの窓から覗くヘッドセットを一目見て、そのテンションは最高潮だ。
騒ぎ出す美優希を制するところは、一義も父親である。
「着けてみてもいいですか!」
「こら・・・」
「もちろんだとも」
営業担当は満面の笑みで許可を出した。
ならばと、一義はスマートフォンを出して美優希の様子を撮影することにする。営業担当はペーパーナイフで封を切り、調整をするとかぶせてあげた。
「パパどう?可愛い?」
「ああ、可愛いよ」
はしゃぐ美優希を動画撮影しながら、ふと一義はある事を口にした。
「これに猫耳が付いてたらなー」
「それもっと可愛いー」
猫好きの一義から出た言葉に美優希は同意した。同時に営業担当の目が光った。
「そのアイディア、いただけませんか?」
「え・・・」
父親モードだった一義は担当の一言に首を傾げた。
「勿論、物が出来上がればいの一番にお届けさせていただきます」
「売れますか?」
「うちのテーマカラーはブラックとグリーン、それを曲げてまで今回ピンクを生産するに至ったのは需要が見込めたからです。また、トランスジェンダー、ジェンダーフリー問題にも切り込めるんです。それに、女性客は強いです」
世界ではトランスジェンダーの問題が進んでおり、企業が取り組むほどのである。海外の企業であるRyzerも、その波に乗る為につい最近出した製品だ。
また、どの業界でも男性客は流動性が高く、女性客は流動性が低い。その為、一度ついた女性客は早々流れることはない。
「なるほど。どちらにせよ、うちでどうにかできるようなアイディアではないので、これに関してはお任せしますよ。ただ」
「ただ?」
「個人で後付けを作って個人で使う分には、目を閉じていただきたい」
「そこに売買利益が発生しないのなら何も言いませんよ。このピンクが売れなければ、実現は難しいでしょう」
一義も馬鹿ではないので動画撮影はそのまま、これを反故にさせない為の物だ。
「パパ、作ってくれるの?」
「ぬいぐるみのおばあちゃんに作ってもらおう」
「うん!」
ボタンを付け直すような簡単な裁縫なら一義でもできるのだが、幼い頃からぬいぐるみを作っては喜ばせる一義の母、
買った物もありはするが、美優希の部屋は恵理子が作ったぬいぐるみで溢れ返る程、しかも、脱サラした夫の
曲がりなりにもプロ、プロに任せた方がいいものができる。
「そうだ、美優希、これに向かってRyzerの人たちにお礼を言って」
「うん!」
「え」
驚いた営業担当は誠太郎によって制されて、美優希は一義の持っているスマートフォンに向かってお礼を言った。最後には『猫耳バージョン待ってます』と言って。
録画データを営業担当に渡し、応接間の外にいた美優希のもう一人の祖父、
敏則は一義の元妻優里の父親で、彼を常務取締役に据えて、優里の情報を流してもらっている。美優希も一義も、敏則とその妻
これは幸子が弁護士で、優里との離婚も彼女の協力があって終始有利に進められたからである。また、美優希の精神的なフォローもしており、一義にはその恩もあった。
幸子の所属する弁護士事務所が手放すことを渋っており、まだ、ジャストライフには合流できていない。合流すると顧問弁護士と言うポストを用意している。
「さて、レビューはさっき撮影した動画を必ず使いましょうか」
美優希がいなくなった部屋で仕事の打ち合わせを行い、途中応接間から倉庫に移動して確認をするなど行い、最後には三人で二人を見送った。
「良かったな、美優希」
「うん!」
「それと、美優希にお願いがあるんだけど」
美優希が平日学校に行っている間、今回貰った一式を会社に貸してほしいと言うものだ。それだったら、と美優希も二つ返事をした。
それでもよほどうれしいのか、帰り着くまでヘッドセット抱いて離さなかった。
ようやく離したのは、ヘッドセットの色に合わせたピンクのパーカーを着せ、写真撮影した後だった。
離婚してすぐに納戸と化していた書斎と、優里の我儘で作ったウォークインクローゼットをつなげて、六畳の納戸にリフォームしていた。
今はそこを美優希と片付けている。
「意外と物ないんだねー」
荷物をビルドインガレージに移動させた美優希はそう言った。
「そりゃ、必要がなければ買わないし、会社の物は持ち込まないからな」
年収三千六百万のオーナー社長である一義が成功した理由は断捨離にある。
お金に換えられるものは徹底的に換えて、換えられない物はあっさり捨ててしまう。これにより、会社の倉庫にもあまり物はなく、専用ECサイトで新古品としてレビュー付きで売るので、利益が高いのもこれが理由だ。
また、物に感情を持ち込まず、壊れない限りは使い続ける。また、買う時は機能優先で見た目はあまり気にせず、今あるものでどうにかなるなら買いもしない。
この部屋に関しては、優里の我儘が詰まっていたので、我慢ならずにリフォームした。
「さ、続きをやるよ」
「うん」
元からしていた約束、自分のパソコンは自室に置かない。その為、この納戸をパソコン部屋に変える為の片付けだ。
拭き掃除まで終えて、美優希はなぜか一緒にお風呂に入ろうと言ってきた。うれしいから、ともかく一義とおしゃべりをしたい。そして甘えたい。
久しぶりに頭を洗ってもらって体を洗ってもらって、美優希は一義の頭と背中を流しはしたが、お風呂の中では一義に抱かれて甘えたい放題だ。
風呂に関しては優里に感謝している。足が延ばせる広々設計なので、美優希がいてもまだ広い。
「良かったな」
「うん!」
一義はこの時涙を流していた。
娘は自分でパソコンを勝ち取るだけでなく、新たな仕事をもらえる機会まで作ってくれたのだ。結果論かもしれないが、娘の努力と実力があってこそだ。
この子はどんな風に羽ばたくのだろう、そんな期待、思春期の反抗期で嫌われてしまう、そんな恐怖感、思春期の悩みに上手く寄り添えるのか、そんな不安。
一義のストレスは溜まり続けている。変な痩せ方をしていることには気付いている美優希は、絶対に嫌いにならないと心に誓った。また、泣いている事も指摘しなかった。
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