私プロゲーマーに成ります!~FPS女子の軌跡~

紫隈嘉威(Σ・Χ)

序章

プロローグ



 世界ではe-sportsの地位が盤石となった頃、日本では有名どころが細々と開くに過ぎず、特有の法律によって後れを取っていた。

 巻き返すべく、日本e-sports教会の設立された頃、一人の女の子が小学四年生にして興味を持った。


「以上で発表を終わります」


 夏休みの自由研究の発表会、片岡かたおか美優希みゆきは発表資料と模造紙を片付けて席に戻った。


「良くまとまっていましたし、二つも手を付けられるなんてすごいと思います」


 二度目の拍手をもらったとしても、美優希は一切嬉しくなかった。担任の先生が全く内容に触れなかったからである。発表中も怪訝な顔をされていた。

 それもそうだ。

 美優希の担任は古風な人間でゲーム否定派、安全の為に持たせていたキッズケータイを取り上げて、PTAとバトルをするほどの人間である。また、パソコンを毛嫌いして、扱わないから扱えないタイプで、平成二十六年にもなってテストは未だに手書きだ。

 美優希の発表はパソコンに関する事とe-sportsに関する事、まともに聞いてくれるはずがなかった。パソコンの内容は経済感覚も絡む、スペックと価格の推移比較、e-sportsは実体験を交えた一般的なスポーツとの比較だった。

 ただ、教室の後ろの方で教頭がすごい形相で担任を睨みつけて、担任はわけが理解できずに委縮モードである。もし、この場に教頭がいなければ、美優希の自由研究はなかったことにされていただろう。

 五十代の教頭と五十代の担任のバトル、顔を見ればどっちが教頭なのかすぐに分かるこの二人、ちょっと見てみたい気がする美優希だった。

 発表会が終了し、美優希は約束通りに教頭へ模造紙と資料を預けた。理由はこの担任ではこの自由研究を御しきれないと分かっていたからである。


「コンクールとかがあるわけじゃないけど、出来は良いと思うから、しかるべきところに見てもらえないか打診するね」

「はい、お願いします」


 下げた頭を上げて、美優希は嬉しそうな笑顔を教頭に向けた。

 担任と教頭が消えた教室で、美優希の机に岡田おかだ野々華ののか朝野あさのひかりがやってきた。この二人は美優希の親友である。


「教頭先生何だったの?」


 開口一番、野々華は当然とも言える疑問をぶつけて来た。

 通訳になりたいと言う夢を持つ野々華は、国と言語に関する自由研究で担任にべた褒めされていた。


「自由研究の渡してたよね」


 輝は様子を見ていたらしい。

 輝の自由研究は植物、複数種類の夏の花を育てて比較する内容で、来年はその種を用いた交雑をやる予告まで出した。こちらも担任の受けが良く褒められていた。


「担任の先生ってアレだから、教頭先生がしかるべきところに見てもらえないか言ってくれるんだって」

「しかるべきところって?」

「分かんない」


 美優希もその点については分からなかった。

 そもそも、コンクールを狙ってやったものではない。自身の父親が後押ししてなかったら別の内容だったぐらいで、まさに自由研究と言う名の通りの内容だったと言えるだろう。


「パソコンってあんなに高いんだねー」


 小学生じゃなくても、パソコン一台の最適価格十万から二十万は高い。


「担任の先生ってだから買わないのかもね」


 と三人で笑った。


「お兄ちゃんのもアレくらいするのかなぁ」


 輝の兄である隼人はやとは高校一年生だ。隼人が持つパソコンは、入学のお祝いに祖父が買ってくれたゲーミングノートパソコンで、大体十五万程度だ。


「見て見ないと分かんないけど、すると思うよ」


 美優希は後ろから見ていた程度でしかないので、詳しいことまでは知らない。だが、これがあったから美優希はパソコンとe-sportsに興味を持ったのだ。


「ゲームのプロかぁ」

「選手生命も考えたら、一部は地獄だよねぇ」


 判断力しか問われないのならそもそもなのだが、ジャンルによっては、反射神経や動体視力等の選手の基礎能力も問われる。その為、基礎能力が衰え始めるとどうしようもなくなり、現状兼業以外の方法がないのもつらい。

 雑談に終始した三人はチャイムが鳴ったのを聞いて席に着き、ホームルームを過ごした後、仲良く帰宅した。


「ただいまー」

「お帰りなさい」


 美優希が家の玄関の敷居をまたぐと、リビングから父親である一義かずよしが顔を出した。


「輝ちゃんと野々華ちゃんもいるのか、いらっしゃい」

「おじゃまします」

「はい、ゆっくりして行ってね」


 二人を招き入れて階段を上ろうとするところで、一義は美優希を引き止めた。


「あ、お菓子と飲み物いる?」

「いる!」


 嬉しそうに右手を上げた。


「じゃ、後で持って行ってあげる」

「やった」


 二人を追いかけるように階段を駆け上がって、美優希は自室に入っていった。

 部屋では携帯型ゲーム機で人気ゲームをしている。三人は攻略を話し合って進めていたので、早々にストーリーは終わらせて、その後のやり込み要素のクリアができず、こうして集まっては四苦八苦している。


「美優希、開けてくれる?」

「うん」


 一義が扉越しに声をかけると、美優希は立ち上がって開けた。

 部屋に入った一義は、お盆からお菓子とジュースの入ったコップを、三人が囲む炬燵台に置いていく。今は炬燵布団を外しているのでただのローテーブルだ。


「パパ、ありがとう」

「「ありがとうございます」」

「どういたしまして。門限までには帰るんだぞ」

「「はい」」


 部屋を後にした一義は、溜息を付いた。

 元上司の娘に社員の娘、まだ小学生だからなのかもしれないが、父子家庭で社長令嬢の娘と、忌憚のない言い合いが出来るほど仲が良い。これ程、娘の生活が安心できることはないと言ってもいい。

 一時間後に帰っていった二人を見送った美優希はとてもうれしそうに一義を見上げた。


「ねぇ、パパ、あのゲームのあそこがクリアできないんだけど」

「分かった。後で手伝ってあげるよ」



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