始めてちょろちょろ中パッパ。赤子が泣いてもフタ取るな④

「どうして撤退準備をしているんだ!」

「……バカ王子だと思ってはいたが、ここまでバカだったとは」

「なんだと!?」

「……はぁ」


 アリシアは撤退の指揮中に怒鳴り込んできた王子を見て大きくため息を吐いた。


 個人の戦闘力が高いわけでもないのに戦争大好きなようなので指揮などの才能があるのかと思っていたがそういうわけではなかったらしい。

 この忙しい時にこんなのの相手をしていたいわけではないのだが。


「魔物が現れる。負傷者は多数。物資だって少なくなってきている」


 アリシアはこのバカ王子に突きつけた指を一本ずつ増やしながら撤退の原因を数え始める。


 砦で魔物の被害を受けた兵は天誅の魔術の余波で完治したようだが、砦が奪われた後の撤退戦でも結構な数の負傷者が出ている。

 罠を恐れてか敵軍の動きが悪く、撤退戦にしては被害は少なかったが、ゼロというわけにはいかない。

 その上、さっきの魔物によって結構な被害が出ていた。

 負傷兵の数は一割に近くなっている。


 そして被害が出たのは兵だけではない。

 撤退のために廃棄してきた物資も少なくはない。


 一番問題なのは弓兵だ。

 槍や剣なんかは身につけて撤退するが、弓兵は自分の使う全ての矢を常に携帯しているわけではない。

 大部分の矢は輜重隊と一緒に運ばれて必要に応じて配布される。

 その予備の矢は大量に放棄した。


 残っていた矢もさっきの魔物戦で使い切ってしまった。

 魔物が倒されてから矢は回収したが、真っ直ぐ飛ぶかもわからない矢を乱戦になりそうな状況で使うわけにはいかないだろう。


 いずれ後方から物資が送られてくるとはいえ、内袖は触れない。

 今すぐに戦闘となれば劣勢になるのは必至だ。


 だから補給物資が来るまではこちらから攻撃に出ず、防戦していたというのに、それすらわかっていなかったのだろうか?


「おまけに勝手に突出した部隊は大敗して逃げ帰ってくる。この状況で戦争を続けるべきではないってことくらい、赤ん坊でもわかると思うけどね」


 前の三つだけでも致命的なのに、これではもうダメだ。


 このバカ王子は勝手に自分の指揮下の部隊を動かし、大した戦果も出さずに敗走してきた。

 うちの送った部隊が突出してきた敵部隊を叩いたことでなんとか王子の率いる部隊の損害は軽微で済んだが、普通であれば大損害を受けていたところだ。

 なんの作戦もなく寡兵で敵の大群に突っ込んだのだからそうなるのも当然だ。


 何より問題なのは実際に部隊を動かして敗北してしまったことだ。

 こうなれば末端の兵の動きは悪くなる。


 末端の兵士は職業軍人ではなく、徴兵された国民だ。

 彼らにとっては戦争の勝敗なんて関係ない。

 税の納める先が変わるだけで自分たちの生活には大きな影響がないのだから。


 何より重要なのは自分が生きて帰ることだ。


「そ、それは!! それはお前たちが私に従わないから!!」

「勘違いしてもらっては困る。この軍の総大将はあなたではなく私だ」

「ぐぅ」


 今回の戦争の部隊は第三王子派の領土内だ。

 そのため、まず先にフォローリア辺境伯に援軍の要請が来て、辺境伯から国に増援要請が出たことになっている。


 そのため、第二王子は増援部隊の大将に過ぎないのだ。


 増援部隊の大将とはいえ、これが国王や王太子であれば支持をこちらが聞く必要があるが、第二王子と辺境伯では辺境伯の方が位が上だ。

 そういう意味でも指示を聞く必要はなかった。


「先の軍議で決定した通り、このまま撤退する。幸い、敵軍は魔物の対処に手一杯でこちらに追撃する余裕はないだろう」

「しかしーー」

「報告! 魔の森側から魔物が二体現れました!」

「なに!」

「うち一体はこちらへと向かってきています!」


 アリシアは天幕を出て魔の森の方角を見る。

 大きな蛇が何かから逃げるように魔の森から出てくる。

 そして、その巨体をくねらせながらこちらへと向かってきているのが見えた。


「ひぃ!?」


 後ろからついてきていた


「撤退の状況は!」

「輜重隊は八割出発済みです!」

「敵軍に向かわせた部隊はどうなっている!」

「魔物の発生で敵軍の追撃が止んだため、全力でこちらへと戻ってきています! 今頃は合流できているかと!」

「よし! ではこのまま撤退する! よろしいですね? 王子?」

「て、撤退を許可する。俺はもう行くからな! お前はちゃんと足止めしておけよ!」


 そういって王子は転がるようにかけていく。

 自分が一番に逃げ出すつもりのようだ。



 情けない。


 アリシアはもう一度大きくため息を吐いた。


「……仕方ない。フローリア辺境伯軍で食い止めているうちに他の隊を撤退させるよ!」

「よろしいのですか? あんな王子の意見、聞かなくても良いのでは?」

「別にあの王子の意見を聞いたわけじゃないよ。うちのうちの隊が魔物相手なら一番強いってだけだ」


 フローリア辺境伯軍は精鋭部隊だ。

 その上、隊員の殆どが魔道具の武器を装備している。


 レインから買い取った土液を使って大量に魔導具武器を治すことだできたからだ。

 フォローリア辺境伯領の魔道具だけではなくならず、他領の壊れた魔道具まで買い取って直した。


 戦争であれば魔道具の武器はかなり有用になる。

 それは魔物相手であれば効果は倍以上になる。


 魔物は魔力の塊のため、魔力の篭った武器は魔術でないと傷つきにくい。

 そのため、魔術の籠った魔道具武器を持ったフローリア辺境伯軍は魔物の対処にうってつけなのだ。


「……それに」

「それに?」

「ちょうど鬱憤がたまってたからね。発散したいと思ってたところだ」


 アリシアからは陽炎のようなものが立ち上がっていた。


 おそらく、今まで馬鹿王子の対処をしてきた鬱憤が魔術として漏れ出しているのだろう。

 伝令の兵はその様子に戦場で『イフリータ』と恐れられたかつてのアリシアを思い出していた。


「……お気をつけて」

「気をつける? それは私の兵たちにかけてやる言葉だね。フローリア辺境伯軍! 私についてきな!」

「おう!」


 アリシアは精鋭の兵を引き連れて魔物の方へとゆっくりと進んでいった。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

お読みいただき、ありがとうございます。


本日、12月7日に拙作『追放魔術師のその後』の6巻が発売となります。

前回も初日でランキング2位止まりでした。

一度で良いからランキング1位をとってみたいので、

応援したってもええでって方がいらっしゃればお買い上げいただけるとうれしいです。


6巻は漫画のオリジナル展開になっています。

Web版読者のみなさまにも楽しんでいただけると思いますので、

よろしくお願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る