天誅の牙はすべてを灰塵に帰す!⑤
「これは……!」
魔力の波と同時に無数の微細な氷が駆け抜けていく。
魔力の波が通り過ぎた後には真っ白な世界が広がっていた。
どうやら、木々や地面の表面が凍り付いているようだ。
その氷の世界はかなり先までつづいている。
天誅は予想以上の魔術師なのかもしれない。
「氷の粒? 熱!」
氷の粒が小さすぎたため、その一粒が俺の風の防壁を通り抜けて届いてしまった。
ミーリアはその一粒に触れてしまったらしい。
その氷の粒がすごい熱をもっていたらしく、ミーリアは驚くように手を引っ込める。
「ミーリア!? 大丈夫か?」
「え、えぇ。冷たいと思っていたものが熱かったので少し驚いてしまっただけです」
熱い氷の粒が触れた部分を見てみるが、少し赤くなっているだけで、問題はなさそうだ。
氷の粒がそこまで大きくなかったからだろう。
粒自体に攻撃性は無いようだ。
そのため、『風防』の魔術を通過してしまったのだろう。
元々、『風防』の魔術は展開速度が速い代わりに防御が完全ではない。
この程度のダメージであれば想定の範囲内だ。
(しかし、『熱を持った氷』か……)
レインはこの魔術に一つだけ心当たりがあった。
「聴こえているか! 偽物たちよ」
「これが僕たちの最強魔術『氷炎爆破』だよ」
「氷と炎。相反する二つの属性を合体させ、対消滅させることで強大な爆破エネルギーを生み出す。我らの領域に囚われた者に逃げる術はない」
「数秒後には爆発するからねー。せいぜい最後の時間を楽しむといいよ! じゃあね〜♪」
天誅の二人は大声で伝えてきた。
声は次第に遠ざかりながら、聴こえなくなる。
おそらく、爆破に巻き込まれないようにするために避難したんだろう。
この魔術は相当な範囲に影響を与える魔術だからな。
「……しかし、これはちょっとまずいな」
この後相当でかい爆発が起きる。
あいつらは原因が対消滅とか言っているが、別にそういうわけじゃない。
この世界の六つの属性はそれぞれ独立したものなので、複数の魔術を重ねたところで対消滅なんて起きない。
じゃあ、なぜそんなことが起きるかというと、水蒸気爆発が発生するからだ。
魔術で氷に炎を追加すると、熱い氷が出来上がる。
自然界では存在しない物だが、魔術は物理現象を捻じ曲げる。
『氷を作る』という魔術と『物を熱する』という魔術を並行して発動すれば熱された氷という物を作ることができてしまうのだ。
だが、熱い氷というものは自然界では存在し得ない。
氷は熱すれば水に、そして水蒸気へと状態を変化していくからだ。
熱い氷は自然界では水蒸気になるのが自然の摂理だ。
それを魔術で捻じ曲げて存在させている。
だが、魔術というものは永遠にかかっているものじゃない。
決まった時間で効果が消失する。
魔術の効果が消失すれば、全ての水分子が一斉に水蒸気へと姿を変える。
氷から水蒸気へと状態が変化した時の堆積変化はおよそ二千倍。
その体積膨張によって……。
――ドーーーーーン!!
一面は激しい爆発で跡形もなく吹き飛んだ。
◇◆◇
「……やったか?」
「流石にこの様子じゃあ生きてないでしょ?」
青い牙と赤い牙は爆発が収まったことを確認してから爆心地へと戻ってきていた。
魔術を使った後地は一直線に木々が倒れ、地面が露わになっている。
これだけの規模の攻撃を受ければあの二人組も生きてはいないだろう。
これで生き残っているような相手だったらそれこそお手上げだ。
いや、そんな相手なら、青い牙たちから逃げることもないか。
「しかし、少しやりすぎてしまったな」
「……大丈夫。これぐらいならすぐに元に戻るよ」
「そうではなく! ……いや、そうだな」
天誅の二人が放った魔術の爪痕は魔の森まで届いていた。
届くどころか、結構深く食い込んでいるように見える。
ここまでの被害を出せばおそらく大量の魔物が出てくる。
青い牙はそのことを懸念していた。
赤い牙もとぼけてはいたが、そのことには気づいている。
だが、もう自分には何もできないので考えないようにしていたのだ。
あの二人を倒すにはこの方法しかないと思っていたので、後悔もない。
「帰ろう。兄さん」
「……そうだな。残りの魔力も心許ない」
さっきの魔術で二人の魔力は底をついていた。
そして、魔の森を傷つけたため、おそらくもう直ぐ魔物が溢れて来る。
こんな場所で魔力の自然回復するのを待っていたら魔物に飲み込まれてしまう。
それ以前に、自然回復する分の魔力は身体強化で消費される。
どこか安全なところにいって、身体強化を解かなければ魔力を回復することはできない。
天誅の二人にとって、安全なところとはすなわち教会の支部のことだ。
魔の森を忌避する教会は魔の森の近くの村には支部を置かない。
最寄りの支部まで二人の足でも一日以上かかるだろう。
それから戻ってきたのでは間違いなく対処が間に合わない。
つまり、二人にはこの後起こるであろう魔物の災害をどうすることもできないということだ。
「僕らは悪くない。これもすべてあの偽物のせいだよ」
「あぁ」
青い牙は少し心配そうに二国の軍がにらみ合う戦場の方に視線をやった後、赤い牙の後を追うようにその場を後にした。
そのしばらく後、魔術の痕跡の中にぼこりと小さな山ができあがり、二人の人物が出てきたことに二人は気がつかなかった。
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