天誅の牙はすべてを灰塵に帰す!④

「兄さん。あいつらは……」

「あぁ。魔の森に逃げ込むつもりのようだ。その前に仕留めないとな」

「……そうだね」


 青い牙と赤い牙は合流してレイン達を追いかけていた。

 青い牙は少しだけ焦っていた。


 天誅は魔の森への侵入を禁止されている。

 今回、魔の森の近くであるこの場所に来るためにも長い禊が必要になった。


 教会の教えで魔の森は穢れた大地とされているからだ。

 魔の森は魔物を生み出し、人間の心までも魔に染めてしまう。

 そういう風に伝えられている。

 魔の森に立ち入り、切り開く国を教敵として滅ぼしたこともあるくらいだ。


 だが、それは表向きの理由だ。

 本当の理由は別にある。

 青い牙はその本当の理由を知っていた。


 誰にも見られていない今、青い牙達が魔の森に立ち入っても問題ないということは青い牙にもわかっている。

 だが、生来が真面目な青い牙にとって、教えを破ることには抵抗があった。

 誰も見ていないとしてもだ。

 当然、弟である赤い牙も青い牙の気持ちを理解している。


「あの者たちが魔の森に入る前になんとしても仕留めないといけない。少し立ち入った程度では『魔女ーー」

「兄さん。それは禁則事項だよ。それも特大の。聖地の外で口にしちゃダメだ」

「おっと。そいだったな弟よ」


 青い牙はさっと自分の口を塞ぐ。


 教会にはいくつもの禁則事項がある。

 それは青い牙たちの本名のような小さいものから、回復魔術の秘密という大きいものなど多岐にわたるが、魔の森の件はその中でも最大の禁則事項だ。


 赤い牙は兄の方を真剣な顔で見た。

 青い牙はいつも以上に真剣な顔の弟に思わず息を呑む。


「……兄さん。アレをやろう」

「アレ? もしかして、今練習中のアレか!? どれほどの被害が出るかわかっていないのだぞ!?」

「でも、あいつらは早く仕留めた方がいいよ。(さすがにアレはあの魔術師でも防御できないでしょ)」

「ん? 何か言ったか?」

「何でもない。早く帰りたいなーって思っただけ」

「全くおまえは……。仕方ない。アレをやってさっさと帰るとするか」

「やった! さすが兄さん! 話がわかる~」


 赤い牙はレインが自分の攻撃をたやすく防いでしまったことを気にしていた。

 移動中で全力ではなかったとはいえ、あそこまでたやすく防がれるとは思わなかった。


 自分と同等、いや、もしかしたらそれ以上の実力かもしれない。


 もし自分以上の力を持っていたら刈り取られるのはこちらになる。

 今はなんらかの理由で全力を出していないようだが、全力の奴の攻撃を防げるかどうか……。


(いや、あり得ない、あいつはたいした魔力量じゃなかった。それに天誅と同等の実力の存在なんて、現代にいるはずがないんだ。きっと、何かの防御用の魔道具を使っているんだ。そうに違いない)


 赤い牙は不安を振り払うようにスピードを上げた。


◇◇◇


「近づいてきてるな」

「そうですか」


 俺たちが魔の森の方に進路を変えてしばらくは天誅の二人は一定の距離をあけて追いかけてきていた。

 魔の森に入れないのであれば魔の森に入る前に仕留めにくるはずだ。


 案の定、魔の森が近づいてきたこのタイミングで距離を詰めてきた。

 魔の森に入る前に仕留めるつもりなんだろう。


 だが、これは朗報でもある。

 魔の森に入る前に急いで仕留めにきたということは、天誅の二人が魔の森の入ってこれない可能性が高いということだ。


 俺としてはミーリアを守りながらでも十分に戦える自信があったので、一番の問題はあいつらが村までついてきてしまうことだった。

 魔の森に入れば振り切れるのであれば御の字だ。


 あとは確実に防御を固めて駆け抜ければいい。


(最悪、ミーリアに強化魔術をかけて全力を出そうと思っていたから、それに比べればマシだな)


 人間に強化魔術はだいぶ慣れてきたが、まだかけられた側に相当の負担がかかる。

 前にキーリにやったみたいにただ魔力量を上げるだけじゃなくて、肉体強度を上げるとなると、筋肉痛で動けなくなる恐れがある。

 いや、魔力量を上げたキーリも数日は二日酔いみたいになってたな。

 アレが強化魔術の影響だとすれば、数日間は筋肉痛が続くことになるのか。


 それは可哀想だ。

 なんとかして接触する前に魔の森に逃げ込まないと。


(ん? なんか準備を始めた?)


 天誅の二人の魔力を探っていると、二人の魔力が大きく揺れ始め、少しずつ大きくなり始める。

 二人の魔力がふれあい、ゆっくりと混ざる。


「まさか! 合成魔術!?」

「え?」


 魔術の中には複数の術者で協力して発動するものが存在する。

 それらは合成魔術と呼ばれていた。

 古代魔術師文明の前期で使われていたとされる魔術だ。


 合成魔術は二人分の魔力をうまく同調する必要がある。

 だから、一人で魔術を使う場合に比べて難易度がはね上がる。

 今のアリアたちでも不可能だろう。


 だが、一人の術者では発動できない大規模な魔術になる。

 しかもその規模は二人がバラバラに魔術を発動した場合の数十倍以上だ。


「くる!」

「え? なにが?」


 二人の魔力は弾けそうなほど膨らみ、一瞬で二人の手元に収束する。


「「『氷炎爆鎖』」」

「『風防』!」


 直後に俺たちがいたところを大規模な魔力の波が駆け抜けていった。

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