辺境伯邸で話し合い②

「辺境伯様。開拓村から来た者を連れてまいりました」

「二人ともかい?」

「いえ。レイン様はアリア様の看病に残られていらっしゃっていません」

「……そうかい。まあいい。入りな」


 私は、執事に連れられて辺境伯様の部屋に通された。

 中では辺境伯様が執務机で書類を読みながら待っていた。


「よく来たね。あんたは確か、ミーリアだったね」

「はい」


 私は少しだけ驚いた。

 辺境伯様が私の名前まで覚えてくれているとは。

 やはり、レインのことをかなり重視しているんだろう。


 今回の扱いといい、ジーゲさんのことと言い、辺境伯様の私たちに対する待遇は良すぎる。

 何か理由があるはずだ。

 一番に考えられるのがあの『土液』だ。

 あれをみた時の辺境伯さまの表情の変わりようはすごかった。


 よく考えてみると当然か。

 『土液』は相当重要な物資のはずだ。

 あれがあれば壊れた魔道具でも簡単に直すことができる。

 レインやアリアたちはあまりその辺り気づいていないようだが、それは防具や武器をほぼ無尽蔵に供給できるようになるのだ。

 無尽蔵は言い過ぎかもしれないが、歴史の長い辺境伯家の武器庫に眠っている今は使用できない防具の量なども考えると、あながち間違いでもないと思う。


 あれが大量にあれば戦争の勝敗だって変えられる。


 『土液』をただの村娘だと思っているキーリが作っていると知ればどうなるか。

 間違いなく今までのような平穏な生活は送れないだろう。

 このことは辺境伯様には絶対にバレないようにしないと。


 そんなことを考えているうちに辺境伯様は手元の書類を読み終えたらしい。

 書類を置いて私の方を睨んでくる。


「私はあんたが武闘会の出場を止めてくれると思ったけどね」

「申し訳ありません。アリアが出場したいと言ったので。それにレインも問題ないと言っていました」


 レインは負けることはないと言っていた。

 私もそれに納得したから了承したのだ。


 でも、まさか、闇討ちのようなことをされるとは思っていなかった。

 確か武闘会は、闇討ちのような行為は禁止だったはずだが、貴族崩れ相手にはその辺りも無効なのかもしれない。


「……あの錬金術師の判断では仕方がないね。アリアの持っていた魔道具はそんなに強力なのかい? なんでも、魔術を切ったそうだけど」

「……その辺りは、私の口からは……」

「答えられないかい。知らないのか。まあ、仕方ないかもね」


 どうやら、アリアは試合で魔術を切ったらしい。

 アリアの異常な強さも魔道具のせいにされたようだ。


 剣や盾で魔術は受けられないというのが常識だ。

 だが、その常識は間違いだと今の私ならわかる。

 魔術を剣や盾で受けられないのはそれが魔力を含んでいないからだ。

 魔術は魔力の少ないものは透過してしまう。

 もし、何にでも反応するのであれば雨の日や雪の日は魔術が使えなくなる。


 だが、アリアはいつもの癖で剣に魔力を込めて切ったのだろう。

 だから、魔術は剣に当たった時点で消滅してしまった。


 だが、どこまでがレインの魔術の秘伝なのかわからない以上、あまり教えるべきではないだろう。

 教えれば戦争が激化してしまうかもしれないし。


「それにしても困ったね。一度エントリーしてしまえば簡単には欠席できない」

「病気などになったとすることはできないのですか? 確か戦闘が嫌いな貴族の方はそれでこの武闘会を欠席されると聞いたことがありますが」


 武闘会は伝統で女性も必ずエントリーしないといけない。

 だが、どうしても戦闘に向かない貴族や病弱であらごとが全くできない貴族も存在する。

 そう言った貴族のために事前に連絡しておくことで病欠扱いにできると聞いたことがある。


 連絡を取れるのが貴族だけなので、アリアはその手は使えなかった。

 だが、いまは辺境伯様がいるから大丈夫なはずだ。


「……それを私が報告するのは問題になるね」

「派閥違い。ですか」


 確かアリアのフレミア家と辺境伯様のフローリア家は別派閥に所属していたはずだ。

 そんな辺境伯家の人間がなぜフレミア家に嫁いだのかもわからないし、その娘であるアリアをなぜ辺境伯様が保護しているのかはわからない。

 だが、別派閥の家のことに口を出すわけにはいかないだろう。


「まあ、別派閥ってほどでもないんだけどね。フレミア家は中立だから。最近は第二王子派にかなりよって来てるそうだけど」

「そうなんですか」

「あぁ。でも、たとえ同じ派閥でも別の家の人間を勝手に欠席にはできないよ。それにアリアの家はあの子の貴族籍を剥奪しようとしてるからね。それを阻止しようとするとどんな対価を請求されるか」

「……それは、そうですね」

「こうやって家で匿ってるってのもかなり際どいからね。今はウチの領内で村長をしてもらっているから、そこまで踏み込んではこないだろうけど」


 貴族はメンツを大事にする。

 そのメンツが潰されたとなっては黙っていないだろう。

 その時は周りの貴族も庇ってはくれない。

 非があるのは辺境伯様の方なのだから。


「それで、魔道具を使って、あの錬金術師に守らせれば、アリアは優勝できそうなのかい?」

「……不可能ではないと思いますが」


 相手がグレイウルフレベルなのであれば、アリアが負けることはないだろう。

 だが……。


「精神的にキツい、か。」


 貴族崩れへのあたりが強いのは知られている。

 だが、相手も貴族だ。

 可哀想だからと言ってそうそう簡単になんとかできるものでもない。

 藪を突いて蛇が出てくるかもしれないのだから。


 アリアはそんな状況の中、これからも試合を続けていかないといけないのだ。


「……私は貴族崩れの試合を見たことないのだけど、そこまでキツイのかい?」

「申し訳ありません。私も参加しなかったので、詳しくは……」


 そう考えるとアリアには本当に悪いことをした。

 自分の逃げたところに放り込んでしまったのだ。


 どんなことになっているかは想像もできない。


「あ。そういえば、レインからアリアのここ数日見た情景を記録した魔道具を預かってきています」

「何? それは本当かい?」

「はい。こちらになります」


 私はレインから受け取った魔道具を取り出して辺境伯様に渡す。


「これが、情景を記録する魔道具……」


 辺境伯様は魔道具を繁々と観察する。

 中身より魔道具の方に興味がありそうだ。


「どうやって使うんだい?」

「レインからは魔力を流し込めば記録されている情景が見られるとしか」

「なるほどね」


 辺境伯様は躊躇なく魔道具に魔力を注ぐ。

 信頼されているのか、それとも魔道具への興味が警戒心を上回ったのか。


 どちらかはわからないが、辺境伯様が魔力を注いだことによって宝玉が記録されていた情景を映し出し始めた。

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