辺境伯邸で話し合い③
「これはひどいね」
「私もここまでとは思っていませんでした」
記録を一通り確認して、辺境伯様が宝玉を執務机の上に置く。
再生された映像はそれはひどいものだった。
無礼な受付。
ブーイングを飛ばす観衆。
不正を働く審判に対戦相手。
周りを囲っていた騎士もおそらくグルだろう。
その上、詳しく聞いていなかったが、どうやら、アリアは異母兄に地下水路に落とされたらしい。
そこであの強力なスライムに追いかけられたようだ。
地下水路には近づいてはいけないと子供でも知っている。
だが、アリアは知らなかったらしい。
家の外を出歩き始める10歳ごろから虐げられていたようだし、仕方のない部分もあるか。
「ふむ」
辺境伯様は机の上においた魔道具をもう一度起動させる。
すると、またあの情景が再生されはじめる。
「この宝玉は預かってもいいかい?」
「え? はい。レインは返って来なくても仕方ないと言っていましたので、問題ないかと」
「そうかい」
辺境伯様は顎に手を当てて少しだけ考えを巡らせる。
「これがあればなんとかなるかもしれないね」
「なんとか、ですか?」
私が聞き返すと、辺境伯様は説明をしてくれる。
「こいつは伯爵家の子供だ」
そう言って辺境伯様は映像の中の男を指差す。
まあ、映像の中で名乗っていたのだし、間違い無いだろう。
「確かに闇討ちは禁止ですが、貴族の子が貴族崩れを襲った程度では何も起きないのでは無いですか?」
「そうだね。証拠がなければね」
「あ!」
貴族崩れが貴族に襲われたと言っても、誰も取り合ってはくれない。
だが、確たる証拠があれば取り合ってはくれるのでは無いだろうか。
「これを大会側に提出して、この怪我を理由に不参加を認めてもらうのですか?」
「いや、これ全部を公開することはできない。拘ってる人間が多すぎる。地下水路のことだけでは不参加は認められないだろうしね」
辺境伯様は首を振る。
どうやら、私の予想は外れていたらしい。
たしかに、受付嬢も背後には貴族がいるだろうし、審判も騎士も一緒だ。
これを公開すればその全てが辺境伯様の敵になる。
そんなことは貴族としてできないだろう。
「? じゃあ、どうするんですか?」
「これと引き換えにアリアをウチの養子に貰うのさ」
辺境伯様の突拍子もない発言に私は目を大きく見開く。
「……そんなことできるんですか?」
「おそらく乗ってくるだろう」
辺境伯様は宝玉を転がしながらいう。
「でもどうしてですか? アリアが襲われたことは問題にならないんですよね?」
「少しはわかっていそうだけど、あんたもまだまだだね」
「?」
辺境伯様は私の方を見ていたずらが成功した子供のように笑う。
「貴族崩れが襲撃されたことは意味を持たなくても、貴族が襲撃したことは意味を持つのさ。この世界は他人の足を引っ張りたがるやつはたくさんいるからね」
「……なるほど」
貴族崩れが襲撃されたとしても動くものはいない。
だが、貴族の子供が武闘会の規約を守らずに襲撃をしたというのは、その貴族の敵対する貴族としては攻撃をする絶好のネタになる。
下手をすれば子供だけではなく親にまで影響が行きかねない。
その証拠となる物件はなんとしてももみ消したいはず。
もし、辺境伯様が公表しなくても、辺境伯様がフレミア家と敵対する貴族に持ち込めば、その家が公表するだろう。
公表がフレミア家への恨みがある家の行動であれば、とばっちりを喰らった貴族の大半の恨みは弱目のフレミア家の方に向くだろう。
弱みを見せた方が悪い。
貴族社会とはそういうところだ。
「この宝玉を引き渡す代わりに、アリアを私の養子にする。そうすればアリアに関する決定を私がしても問題なくなるだろ?」
「なるほど」
(それに、アリアをうちの養子にすれば、中立派のフレミア家が第三王子派に近づいたという印象も持たせられるしね)
「え?」
「いや、なんでもない」
最後に辺境伯様が何か言っていたが、聞き取ることができなかった。
辺境伯様は話を切り上げるように立ち上がったので、これ以上聞くことはできないようだ。
「あとは私に任せな。この宝玉はもらっていくよ。そのかわり、アリアのことは任せてくれていい」
「……よろしくお願いします」
話はそこで終わりらしく、辺境伯さまは慌ただしく準備を始める。
おそらく、この宝玉を使って、これからフレミア家との交渉に向かうのだろう。
アリアの二回戦は明後日だし、今から動かないといけないのかもしれない。
いや、フレミア家はまだ状況をつかめていないから、先手を打ちたいのかも。
どちらにせよ、辺境伯さまに任せておけば大丈夫だろう。
私では何もすることができないし。
今私にできることは傷ついているアリアの心のケアくらいだろう。
私は深く一度頭を下げて辺境伯様の執務室を後にした。
***
「……」
「辺境伯様、お心を落ち着けてください」
「わかってるよ」
私はミーリアと別れた後、フレミア家に向かっていた。
アリアの見た光景はかなり悲惨なものだった。
私は15歳の成人したばかりのものにあんな辛い思いをさせているとは思っていなかった。
武闘会は古くから続く我が国の伝統行事だ。
武でのし上がってきた我が国にとって武闘会というのは他国に向けた宣伝のようなもの。
その程度の認識だった。
だが、その裏であんなに残酷な行為が行われていたとは。
貴族崩れが無理して参加して死亡する例があるのは知っていた。
貴族という権利者を維持するために、落伍者を弾く仕組みは必要だ。
ある程度は仕方ない。
だが、本当に貴族の資格を持っていないものはあの観客をしていた貴族ではないのか?
「なんとか、できないかね」
「……辺境伯様、無理はなさらないように」
「……わかってるよ」
ああ言った貴族にも大きな後ろ盾がある。
排除しようとすれば必ず強い抵抗に合う。
それはあの武闘会も一緒だ。
その抵抗に抗うだけの力を私は持っていない。
もし手を入れようとすれば、おそらくフローリア辺境伯家はたちどころに潰されることだろう。
いつかは無理をしてでもああ言った貴族を排除する必要があるかもしれないが、いまはその時ではない。
「力がないことを歯痒く思うとは久しぶりだよ」
「……私も同じ気持ちです」
今私にできることは目の前のアリアを救うことだけだ。
私は口惜しい思いを感じながらフレミア家へと向かった。
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