下水道での戦い③
「はぁ。はぁ」
ズズッ……ズズッ……
どれくらい走り続けているだろう。
グレイウルフであればもうまけているはずだが、スライムはまだ私の後ろをついてきている。
通路は一直線で、左手に持った松明の光だけが頼りだ。
今気づいたが、ネックレスも淡く点滅している。
いつもは淡く発光しているのに、もしかしたら壊れたのだろうか?
いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。
どちらにしろ、ネックレスの光だけでは何もできなかっただろう。
本当に松明があってよかった。
ここは下水道のはずだが、水などは流れていない。
下水道を使うことが許されているのは貴族だけのはずだから、ここは一般市民の住むエリアなのだろう。
一般市民の住むエリアの下水道の入り口は封鎖されているので、なんとかして貴族区の方まで逃げる必要がある。
気のせいか、スライムの出す音は少しずつ大きくなっているように思える。
少しずつ差を詰められているのかもしれないが、振り返っている余裕はない。
スライムの注意はリグルたちからすぐにそれてしまったらしく、通路に入ってすぐにスライムは私の後を追い出した。
不幸中の幸いは移動中はスライムは攻撃してこないらしく、逃げている間は触手が飛んでくる気配はない。
いや、狭い通路の中では触手をふるえないのかもしれない。
どちらにしろ、本当に距離を詰められているのであれば、このまま逃げ続けることはできない。
それでも油断はできない。
たとえ触手がなかったとしてもあんなものに近づかれればどうなるかわからない。
取りこまれるかもしれないし、押し潰されるかもしれない。
どちらにせよ、死は免れないだろう。
(こんなところで死にたくない!)
この後どうすればいいかを必死に考えながら走り続けてる。
しかし、状況は私が答えを出すのを待ってはくれない。
すぐに状況に変化が表れた。
走り続けていると、再び広間に出る。
最初の広間とは違うところのようで、今度は天井に穴が空いていない。
ビュン!
私が広間の中央近くに来たときに、スライムも広間に入ってきて私に触手をふるう。
「ちょ!?」
音が聞こえたので、私は振り返ることもせずに横に飛び退く。
間一髪避けることはできた。
私がさっきまで走っていたところには縦に一直線の穴が穿たれていた。
スライムの方を向き直ると、スライムは近づき続けている。
どうやら、触手が使えなかったのは通路が狭かったかららしい。
(ちょっと遠いな)
触手を避けるために、大きく飛び退いたため、次の通路はかなり遠くになってしまっていた。
細い通路なら触手を使えないのであれば、早く通路に滑り込みたい。
私はスライムを睨みつけながら通路の方に移動を始める。
ビュン!
「え!?」
私が通路に近づこうとすると、スライムはそちらの方に触手を振ってくる。
それを避けるためには通路から遠ざかる方向に避けるしか手はなかった。
どうやら逃してくれるつもりはないらしい。
思っていたより知恵の回る魔物みたいだ。
「追いかけっこは終わりってことね」
松明の心許ないあかりの元、私は覚悟を決めてスライムを正面に捉える。
そして、スライムの観察を始める。
(……やっぱり強い)
スライムから感じる魔力はレインには遠く及ばないが、グレイウルフなんかとは比べ物にならない。
私のかなう相手ではないように思える。
だが、こいつを倒すしか私に活路はない。
(唯一の救いは触手は1本ずつしか振るってこないことくらいか)
スライムの表面には数本の触手がウネウネと生えている。
だが、さっきから一本ずつしか振るってこない。
おそらく、それがこいつの限界なのだろう。
二本同時に触手をふるってきたら避けることもままならなかっただろう。
だが、1本なら全神経をその一本に注げば避け続けることは可能だ。
まあ、避け続けていても、近づかれて押し潰されればそこで終わりなのだが。
(弱点は多分、あの赤い球よね?)
私はスライムの触手を避けながら観察を続ける。
観察して見てわかったことはもう一つある。
スライムの粘液の中に、赤くて綺麗な宝石がある。
魔力もそこから感じられる。
おそらくそれがスライムの本体なのだろう。
(わかったところでどうすることもできないんだけど)
スライムには近づくこともできない。
放出系の魔術が使えない私は遠距離攻撃の手段も持たない。
(でも、避け続ければ勝機は見つけられるはず。私には剣がある!)
その時の私は油断していた。
いや、油断はしていなかったが、スライムに気を取られすぎていた。
いや、全神経をスライムの触手に注ぐ必要があったので、これは必然だった。
「あ!」
穴に足を取られる。
スライムの触手が穿った穴だ。
(やばい)
体勢を崩した状態ではスライムの触手は避けられない。
スライムは狙い定めた様に触手をふるってくる。
「くっ!」
私は剣を盾にしてスライムの触手を受けようとする。
盾を装備した左手にはたいまつを持っていたからだ。
だが、これは大きな間違いだった。
キィン……
「え?」
一瞬何が起きたかわからなかった。
それに気づいたのはきらきらと輝く切っ先が視界に入ったときだった。
剣は甲高い音を立ててあっけなく折れた。
「う、嘘……」
思い出した。
この剣は魔力を通しやすいようにそれほど頑丈にはできていない。
必ず、使ったらキーリに直してもらうように、剣をもらった時に言われていたのだった。
王都に来るまでに村で頼まれた魔物退治をし、今日もデイルとの戦闘でこの剣を使った。
その間、剣は修復していない。
「折れた剣じゃ――きゃあ!」
剣が折れたことにショックを受けている間、スライムが待ってくれるわけではない。
私はスライムの触手をまともに受ける。
そして、私は下水道の壁に叩きつけられた。
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