下水道での戦い②
「何? こいつ……」
私のいる広間に入ってきたそいつは、濁った液体のような体で、小屋くらいの大きさだった。
体から生えた何本もの触手がウネウネと動き回っている。
そのうちの一本が私に向かって伸びる。
「くっ!」
私はその触手を必死に避ける。
触手は鞭のようにしなり、私がいた場所に小さな穴を穿った。
あんなものを受けたら怪我ではすまない。
「そいつはスライムだよ」
「スライム?」
聞いたことのない魔物だ。
記憶を遡ってみるが、王都で読んだ本にもレインの説明でも聞いた覚えがない。
「やはり無知だな。知らないなら教えてやろう。そいつらは古代魔術師文明時代の人工生命体だ。なんでも捕食する。古代魔術師文明時代は操る方法があったらしいが今では失われてしまっている」
「人工‥‥生命体……」
「そうだ。そいつには王国の騎士団長ですら勝てない。お前に勝てるはずがないだろ?」
そういえば、古代魔術師文明時代はそういうものがたくさんいたと聞いたことがある。
キーリが作ろうとしているゴーレムもその一つだ。
(もしゴーレムのようなものなら、倒せないわけではないはず!)
私は松明を左手に持ち変え、右手で腰に吊るしていた片手剣を抜く。
「……おい、ルコ。あの落ちこぼれ、武装したままじゃないか」
「申し訳ありません。部屋に訪ねたときにはすでに完全武装状態でしたので。武装解除しようとすると怪しまれる恐れがあったので武装解除は求めませんでした」
「そうか。それなら仕方ないな。……『火球』」
リグルはルコと話しながら私に向かって火球を打ってくる。
「な!?」
私はとっさにその火球を右手に持った剣で切り捨てる。
「やはり、あれがデイルの火球をかき消した魔剣だったか。おい落ちこぼれ。その魔剣をこっちに寄越せ」
リゲルは私が火球を切り捨てたのを見て満足そうにそういう。
何を言っているのだ?
これが魔剣?
たしかに、魔力は通りやすいように加工してあるという話だったが、これはなんの仕掛けもないただの剣だ。
「……それをこちらに渡せば助けてやることも考えてやるぞ?」
リグルはいやらしい顔で私の方を見る。
おそらく、剣を渡したところで助ける気はないだろう。
そうでなくても私の答えは決まっている。
「死んでも嫌よ!」
確かに、これはただの剣だ。
だが、この剣はレインが私のために用意してくれたもので、キーリが何度も直してくれたもので、私と仲間をこれまで守ってくれた戦友だ。
あんな卑怯者の手に渡すなんてぜっていに嫌だ。
「ふん。生意気な。『火球』。『火球』。『火球』」
「くっ!」
私はリグルの火球を避ける。
避けた先でまたスライムの触手が振るわれ、間一髪それを避けた。
(ここで戦っちゃダメだ)
リグルの火球はそれほどのダメージにはならないと思うが、受ければ足が止まってしまう。
その隙にスライムの攻撃を受けて仕舞えばいっかんの終わりだ。
「どうすれば……」
だが、スライムは私を待ってはくれない。
次の攻撃のために触手の一本を振りかぶる。
(考えている時間がない!)
私は攻撃に備える。
しかし、スライムの次の攻撃対象は私ではなかった。
スライムはリグルに向かって触手を再び振るう。
「リグル様!」
「うわっ!」
ルコがとっさにリグルを突き飛ばした。
どうやら、あいつは無差別に攻撃を繰り返しているらしい。
おそらく、魔術を使ったことであのスライムに認識されたのだろう。
「リグル様。下がりましょう」
「くそ。これだから魔物は。俺の高貴さも理解できないとは」
(今のうちに!)
スライムがリグルに気を取られているうちに私はスライムのいない方の通路に駆け出した。
***
「くそ。あの落ちこぼれめ。俺の魔剣を持ったまま行きやがった」
俺は穴から少し離れると、スライムの攻撃は止んだ。
あのスライムは下水道の外には出てこれないのだ。
どうやら、作られたときにそう設定されているらしい。
そうでもなければあんな魔物がいる場所の上に王都を作ることもなかっただろう。
スライムはすぐにあの落ちこぼれの後を追って行った。
スライムがいなくなった頃に穴の中を覗き込む。
穴の中にアリアの姿はなかった。
アリアの持っていた魔術を打ち消す魔剣も残されていない。
あの魔剣が手に入ったから武闘会に参加したのだろうが、あんなものをタネさえわかってしまえば恐れるものではない。
だが、役には立つのでもらってやろうと思ったのだが、さっさと渡せばいいものを。
「所詮、落ちこぼれですから、道理を弁えていないのでしょう。それより、リグル様。アリアは逃げてしまいましたがいいのですか?」
ルコは少し不安そうに俺に質問してくる。
まあ、こいつは貴族の名を騙るという罪を犯しているのだ。
バレれば斬首にされてもおかしくない。
「お前はあいつを見るのは初めてだったか。心配するな。たとえ生き残ったとしても、落ちこぼれの言葉など、誰も信じない。それに生き残ることはまずありえない」
「? どうしてですか? あいつはそこまで速そうではなかったので、逃げ切ってしまうこともありえると思うのですが」
俺はルコを抱き寄せてニヤリと笑う。
そして、あいつが逃げきれない根拠を教えてやる。
「地下にいるスライムは一匹だけではないからな」
俺の発言を聞いてルコは安心したように体を預けてくる。
「明日は試合だ。それほど時間は取れないが、今夜も相手をしてくれるか?」
「光栄です」
俺の腕の中でルコは頬を赤らめる。
俺たちは馬車に乗って屋敷への帰路についた。
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