下水道での戦い①
「イタタ」
一瞬の浮遊感を感じた後、私は地面に叩きつけられた。
体を軽く確認してみるが、大きな怪我は負っていない。
そこまで深い穴ではなかったのだろう。
それに、上手い具合に受け身を取れたので怪我はしていないようだ。
盾役は吹き飛ばされることもあるという話を聞いていたので、レインに受け身の訓練を受けさせられていた。
それが図らずも役に立ったようだ。
「ちょっと! リーシャ? 何するのよ」
私は穴の淵に立っているリーシャに向かって大声で話しかける。
リーシャは冷たい目で私を見下ろしていた。
「クスクス」
そして、リーシャはおかしそうに笑う。
その瞳はどす黒い悪意で濁って見える。
「な、何がおかしいのよ?」
「私はリーシャなんかじゃありませんよ」
「え?」
一瞬、彼女が何を言ったのかわからなかった。
だって自己紹介をしたのはついさっきだ。
彼女は間違いなくリーシャと名乗っていた。
「じゃ、じゃあ、あなたは誰なの?」
「私はルコ。フレミア家でメイドをしているものです」
「メイ……ド?」
ルコはクスクス笑いを止めて私を見下すような顔をする。
「そうです。先ほどまで言ったことは全部嘘です」
「じゃ、じゃあ、父さまが私に会いたがっていると言うのは」
「嘘に決まっているじゃないですか。御当主様がお前みたいな落ちこぼれに会いたがるわけないでしょ?」
「な!?」
ハメられた。
私はこの時ようやくそのことを理解した。
私が喜びそうなことを言ってここにおびき出すのが目的だったんだ。
「どうしてこんなことを」
「それは俺からはなしてやろう」
「リグル様」
ルコが一歩隣にずれると、ルコの後ろから一人の男が出てくる。
金髪の男性が穴の脇に立つ。
「……リグル」
ルコの隣に立ったのは私の腹違いの兄にあたるリグルだった。
リグルは側室の子だ。
幼い頃は側室の子ということであまり会うことはなかったが、十歳になってから、魔術の訓練などで何度も顔を合わせている。
私が落ちこぼれと言われるようになってからは父さまの期待を受けるようになり、私のことを明らかに見下す態度をとるようになった。
「どうやら、落ちこぼれでも俺の顔は忘れていなかったらしいな」
「あんたがこんなことを計画したの?」
私がリグルをあんたというと、彼のニヤニヤ顔が怒りの表情に変わる。
「……口を慎めよ、落ちこぼれ。昔と違って俺は貴族でお前は落ちこぼれなんだからな」
リグルは私を汚物でも見るように見下す。
私は反論できなかった。
彼の言っていることは事実だったからだ。
私は魔術が使えず、落ちこぼれになった。
彼は今やフレミア家の後継候補だ。
私が悔しそうな顔をすると、リグルは満足そうに笑う。
「ふっ。まあいい。どうせお前は死ぬんだ」
リグルは何を言っているのだろうか?
私が、ここで、死ぬ?
たしかに、このままここから脱出できなければ明日の試合に参加できない。
もし救出されたとしても試合を汚したとして処刑されることになるかもしれない。
おそらく落ちこぼれ扱いの私の意見など聞いてもらえないだろう。
だが、それはここから脱出できなければの話だ。
私は自分を奮い立たせるためにもリグルを睨みつける。
「……こんなところ! 明日の試合までにぜったいに脱出してやるんだから!」
穴は深いと言っても身長の3〜4倍くらいだ。
このくらいの高さであれば、なんとかよじ登ることもできるだろう。
「ふふふ」「クスクス」
私のセリフに、二人は笑い出す。
「何がおかしいのよ」
「いや、ここがどこかわかっていないようだな」
「何処か?」
私は近くに落ちていた松明を拾って周りを見回してみる。
そこまで広い場所ではない。
空気が湿っぽいのは地下だからだろうか?
いや、そう言えば王都は巨大な遺跡の上に立っている。
そのため、王都の地下には古代魔術師文明時代の下水道とか言うものがあると聞いたことがある。
もしかして、ここがその場所なのだろうか?
いまは少しでも情報が欲しい。
外に出るためのヒントにできるかもしれない。
「‥…もしかして、下水道とか言う場所?」
「ほう。落ちこぼれにまで知られているとは、さすが偉大な王都だな」
「ここが下水道だったらどうたって言うのよ」
「……ふん。落ちこぼれの知識はそんなものか。ならば教えてやろう。いや、その必要もないようだな」
二つある通路の一方からズズッ、ズズッっと言う何かを引きずるような音が聞こえてくる。
音は次第に大きくなっていく。
そして、通路の奥にそいつが姿を現した。
いや、姿を現したと言っていいのだろうか。
そいつの体は半透明で表面はテラテラと光沢を持っている。
そいつは高さが私の倍はありそうな半円形の通路に詰まるようにそいつは存在していた。
だが、実際には詰まっている訳ではないようだ。
ゆっくりと、だが確実に私の方に近づいてきている。
どうやら、さっきから聞こえていたズズッっという音はあいつが通路を通り抜けようとしている音だったようだ。
(あれは、強い)
逃げるべきなのはわかっていた。
私はその場を動けないでいた。
今までグレイウルフと何度も戦ってきて、少しだが魔物の強さが私にもわかるようになってきている。
その感覚を信じるなら、あいつはグレイウルフなんかとは比べ物にならないくらい強い。
こいつからは逃げ切れるかわからない。
もしかしたら背中を見せれば一気に襲いかかってくるかもしれない。
私はその半透明の物体を睨みつける。
そして、ついにその半透明の物体はが私のいる広場にゆっくりと入ってきた。
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