武闘会に出場⑤

「……えーっと。あなたはだれですか?」


 扉の前に立っていたのは金髪の私より少し年下の女の子だった。

 この国の正装であるドレスをきっちりと着込み、背筋をピンと伸ばして立っている。

 このボロ宿には似つかわしくない貴族みたいな出立の女の子だ。


 しかし、貴族風ではあるが、全体的に少し質素な雰囲気がある。

 そこまで爵位の高い家ではないのかもしれない。


「覚えて、いらっしゃいませんか? アリアお姉様。私、リーシャ=フレミアです」

「……フレ……ミア」


 フレミア家。

 私の生家だ。


 そのフレミア家の人間が私になんのようだろうか?


「そう警戒しないでください。私はお父様に言われてお姉さまを呼びに来たのですから」

「父さまから?」


 さっきまで考えていた人の名前が出て、私は警戒を緩めそうになる。

 だが、もしかしたらフレミア家の名を騙る詐欺師かもしれない。


 父さまが私に興味を持っているわけないのだから。


「でも、私、あなたのこと知らないわ。本当にフレミア家の人間なの?」

「ふふ。お姉様とは2、3度しかお会いしていませんものね。お姉様は正室の子で私は側室の子。身分が違いましたから」


 そういえば、何人かいる父さまの側室の子供にリーシャという名前の子供がいた気がする。

 面識はないから、目の前の少女が本当にそのリーシャかはわからないが。


「そんなことより、お姉様! 今日の戦闘は見事でした」

「え? そ、そう?」


 リーシャはキラキラした瞳で私を見上げてくる。


「えぇ。魔術が達者という噂のロール家のデイル様を完封でしたから。お父様も大層お喜びでした」

「父さまが!?」


 父さまが喜んでいたことを聞いて、私の声が弾む。


 昔の、子供の頃の柔らかく微笑みかけてくれていた父さまの顔が浮かぶ。

 もしかしたら、あの笑顔で私のことを見ていてくれたのだろうか?


「……父さまが私の戦いを見ていてくれたの?」

「えぇ」

「父さまが私のことをほめてくれたの?」

「大層お喜びでしたよ」

「そう」


 私のことを見ていてくれた。

 父さまが私のことを認めてくれた。


 それだけで今までの辛い気持ちが洗い流されるようだった。


「それで、お父さまはお姉さまと会って話したいとおっしゃったのです。お姉さまを呼んでくるように私が遣わされました」

「父さまが! 私を!?」


 もう数年間父さまとは会っていない。

 家ですれ違った際も、汚物でも見るような目で見られるだけで、言葉すら交わしてくれなかった。


 そんな父さまが私を呼んでくれている。


 もしかしたら、また私に微笑みかけてくれるかもしれない。


 そう思うと居ても立ってもいられなかった。


「外に馬車を待たせていますから、一緒に向かいましょう」

「そ、そうね。行きましょう」


 私は今にも踊りだしそうな足取りでリーシャの後に続いて馬車へと向かった。

 浮かれていた私はリーシャの口元が不気味に歪んでいることに気が付かなかった。


***


「つきましたよ」

「ありがとう」


 リーシャに案内された場所は子供時代を過ごしたフレミア家の邸宅……。


 ……ではなかった。


 それどころかどこかの屋敷ですらない。


 きれいに石畳の敷き詰められた円形の広場のようなところだ。

 中央に大きな穴が開いている。


 こんな場所に来るのは初めてだ。


 夕暮れということで、少し薄暗いが、広場をぐるりと囲むように松明がたかれていて、足元はちゃんと見ることができる。

 だが、不気味な気配は拭い去れない。


 不安な気持ちに駆られてリーシャの方を見ると、リーシャはニッコリと微笑み返してくれる。


「あれ? ここはどこ?」

「……正式に家に戻せるのは武闘会が終わった後になります。お姉さまは公式には家を出された身、屋敷で会うのは外聞が悪いのです。それでも、お父様がどうしてもお姉さまを褒めたいということで人気のないここへ」

「そうなの」

「……えぇ。ですのでもう少し待ってくださいね」


 どんな言葉をかけてもらえるのだろう。

 もう数年間言葉を交わしていない。

 もしかしたら、父さまだけじゃなく、母さまも一緒に来てくれるかもしれない。


(いけない。ソワソワしていたら父さまと母さまに叱られるわ)


 私は焦ったい気持ちを誤魔化すように周りを見回す。

 やはり、中央に空いた大きな穴が気になる。


 井戸にしては大きすぎる。

 あまり人のこないところだという話だから、もしかしたら枯れたため池とかだろうか?


「ねぇ。あの穴は何?」

「ふふ。あの穴は面白いんですよ。少し覗き込んでみてください」

「??」


 近くによって覗いてみるが、結構深いらしく、暗くて底までは見えない。

 仕方がないので、近くから火のついた松明を一本引き抜く。


 それを持って、穴の口に立ち、松明をかざして穴の中を照らしてみる。


 穴の下は大きな空洞になっていた。

 松明の光では全体を照らし出せてはいないが、リーシャのいうように面白いものが中にあるようには見えない。


「ねぇ。リーシャ? 中には何もーー」


 ドン!


「なぁ!」


 私が振り返ってリーシャに話しかけようとすると何者かに突き飛ばされる。

 そして、私は穴の中に真っ逆さまに落ちていく。


 落ちていく私の瞳には穴の淵に立つリーシャの姿が目に入った。

 彼女は私を見下すように笑っていた。

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