武闘会に出場④
「……」
私は昨日と同じ宿の汚い一室でベッドに突っ伏している。
武器や防具を外す気力すらなく完全装備のままだ。
ベッドが汚れてしまうかもしれないが、もともと汚いベッドだったし、そこまで怒られることもないだろう。
試合の後、どうやって帰ってきたかは覚えていない。
会場にいた貴族の反応は私の予想以上に私の心をえぐった。
もう、貴族じゃなくなったことを気にしていないつもりだった。
だが、頭では分かっていても、心ではまだ貴族のつもりだったようだ。
成果を残せば認められると思っていた。
ちゃんとした結果を残せば、貴族に戻ることができると期待していたのかもしれない。
だが、現実は今日見てきた通りだ。
私はもう貴族崩れで、これから先どれだけの成果を出しても認められることはない。
まして、貴族に戻るなんてことはもうありえない。
子供の頃のように、父と母に囲まれた暖かい生活に、もう戻ることはできない。
「……もう、諦めたつもりだったんだけどな」
私は父さまと母さまのことを思い出していた。
私の母さまは父さまの正室で、魔術も得意な人だった。
子供の頃は父さまと母さまは私のことを本当に可愛がってくれたと思う。
欲しいものは何でも買ってもらえた。
誕生日や年末などの節目には必ず一緒に過ごしてくれた。
父さまの光魔術はお願いすれば見せてもらえた。
母さまも、事あるごとに火の魔術を見せてくれた。
お願いすれば一緒のベッドで寝てくれた。
私が寝るまで絵本を読んでくれたこともある。
(いつからだろうか? 二人が私のことを見てくれなくなったの)
父さまは側室の子であり魔術の得意な同じ年に生まれた兄に、母さまは五つ年下の弟にばかり構うようになって私のことを全然見てくれなくなった。
きっかけは十歳から魔術の訓練を始めて、私は一向に成果を出すことができなかったことだ。
数ヶ月で魔術が発動できるようになるはずなのに、一年経っても、三年経っても、私は最初の『身体強化』さえ使うことができなかった。
次第に家ではいないものにように扱われるようになって行き、一年前、家を出る直前は使用人にすら無視されていたっけ。
家を出て、叔母である辺境伯様に拾われて、開拓村で村長を任されて、レインの訓練を受けた。
(家族以上の存在ができたから、本当の家族のことはもうどうでもいいと思っていたのに……)
頭ではそう思っていても、心では子供の頃に戻りたいと思っていたようだ。
「……寂しいよ。キーリ、ミーリア」
私は村の仲間のことを順々に思い出す。
「リノ、スイ」
顔を思い出すだけで、冷え切った心が少しだけ暖かくなるように感じる。
私は首から下げたネックレスをギュッと握る。
それだけでもっと心が暖かくなる。
「……レイン」
――コンコン
村のみんなのことを思い出していると、部屋をノックする音が聞こえてくる。
私はベッドから起き上がり、扉の方を見る。
「だれ?」
ノックの主は答えない。
再度扉がノックされる。
窓の外を見ると、日が傾き、空が赤くなってきている。
試合があったのが朝一だったから、かなり長い間ベッドの上にいたようだ。
今はおそらく夕食前の時間だから、人が訪ねてくること自体はおかしなことではない。
私はこの宿に泊まっていることをだれにも教えていない。
というか、この王都には知り合いがどこにもいない。
「もしかして、レイン?」
レインが私を心配して訪ねてきてくれたのかもしれない。
そうだ。
ネックレスをくれるときにレインは挙動不審だった。
もしかしたら、このネックレスに私が落ち込んだら知らせが飛ぶような仕組みがついていたのかもしれない。
そうであれば、ネックレスを使って私の居場所を探れるかもしれない。
村との距離だって、レインならば何とかしてしまうだろう。
なんてったって名前も聞いたことがないような遠い国からきたんだから。
そうだ。
そうに違いない。
私は急いで扉を開ける。
「レイ……ン?」
部屋の前に立っていたのはレインではなく、貴族っぽい雰囲気の女の子だった。
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