下水道での戦い④
「ゴホッ……ゴホッ……」
ちゃんと息ができない。
身体中が痛い。
霞む視界にゆっくりと近づいてくるスライムが見える。
スライムはもう触手をふるってくる気配はない。
私が大人しくなったので、後は近づいて食べるのだろう。
(食べられたら、痛い……のかな。苦しい……のかな)
なんとかして逃げないといけないのに、体が思うように動いてくれない。
「死にたく……ないよ……」
剣は……もうない。
松明もさっき吹き飛ばされたときに広間の端に飛ばされてしまった。
逃げるためにはあれを拾いにいく必要がある。
「……う……そ」
ちらりと松明の方を見ると、私は信じられないものを目撃した。
通路から、スライムがもう一匹入ってきたのだ。
迫りくる二匹のスライムに、私の中で何かが折れた。
「勝てるわけ……ないよ……」
頬に涙が伝う。
「誰か……助けてよ」
涙で何も見えない。
最後に思い出したのはレインの顔だった。
「助けて。助けてよ。レインー!」
ドーン!
直後、雷が落ちたような音が聞こえた。
あまりの大きな音に驚いて、涙が引っ込む。
外は雨が降っていなかったので、雷が落ちるはずがない。
それに、ここは地下だ。
雷の音が聞こえるはずはない。
「な、何が?」
「すまん。場所がわかりにくかったから遅くなった」
「!!」
とても聞き覚えのある声。
今一番聞きたかった声だ。
私は涙をぬぐう。
目をしっかり開けると、あたりの状況は一変していた。
天井には大穴が空き、そこから月明かりが照らしている。
そして、私とスライムの間に、人影がある。
レインだ。
レインが助けに来てくれた!
私は無意識のうちにレインに向かって飛びかかっていた。
「うわっと。ひどいけがだな。ほんとにごめん。もう少し早く来れればよかったんだけど。『回復』」
レインは私を優しく抱きとめてくれる。
レインは私に『回復』の魔術をかける。
その温かい魔力が、体だけでなく、心の傷まで癒してくれる。
そんな気がした。
ズズッ……
「! レイン! 後ろ!」
レインが来てくれたことで安心してスライムのことを完全に忘れていた。
二匹のスライムはレインに向かってその触手をふるう。
「ん? あぁ」
だが、二本の触手はパシッと軽い音を立ててレインの手の中に納まる。
私が命からがらよけたあの触手もレインにとっては取るに足らないもののようだ。
「ちょっと邪魔だな。『風刃』」
そして、レインが『風刃』の魔法を使うと、二匹のスライムは支えを失ったように崩れる。
二つの水たまりとなったスライムの中には真っ二つになったスライムの核が浮かんでいた。
***
「……よかっ……た」
「うわ! アリア? って、気を失ってるだけか」
スライムを倒した直後、アリアは糸が切れた人形のように力を失った。
俺は慌てて抱きとめる。
よく観察してみると脈拍も普通だし、呼吸も落ち着いている。
どうやら、ただ意識を失っただけらしい。
「しっかし、間一髪だったな」
アリアが出発した後、しばらくして辺境伯様の執事長と名乗る人がやってきた。
その人が、辺境伯様の代理として、俺たちが王都に行く許可を出してくれた。
どうやら、ジーゲさんが手を回してくれたらしい。
その人曰く、アリアの試合は大会二日目になるだろうということだったので、それに間に合うように急いで王都にやってきた。
まあ、馬車は辺境伯様が出してくれたので、急いだと言って良いかは微妙だが。
なんとか前日の今日、閉門ギリギリに王都に入ったという状況だ。
「しかし、王都に入ったらいきなり救難信号が届くとは思わなかった」
俺はポケットに入った救難信号の受信機を取り出す。
その魔道具はアリアのネックレスについた宝石を掌大に大きくした見た目のものだった。
アリアに渡したネックレスと対になるものだ。
まあ、ネックレスの親機みたいなものだ。
これは対魔貴族に代々伝わっているもので、子供がある程度強くなれば、このネックレスを子供に持たせて一人で修行をさせる。
俺も、母さんにこのネックレスをもらってからは一人で修行をしていた。
まあ、多分、自分の修行をするためだろうけど。
子供の修行をさせるようなところでは自分の修行ができないからな。
このネックレスはかなり高性能なのだ。
所有者が危機に陥ったら対となる魔道具に信号を送るようになっているし、一撃だけ致命傷を防いでくれる。
信号は親機で受信ができて、ネックレスのある方角が親機を使って調べられる。
前世であった子供用の見守り携帯みたいだなと思ったのは秘密だ。
「本当にアリアにこれを持たせておいてよかった。そうじゃないと探すだけでも一苦労だったからな」
俺は王都に入ってすぐにアリアの居場所を探して、すぐにこの上の広間まで来た。
ここで親機が真下を指した。
だから、地下にいることは分かったが、行き方がわからない。
迷ってるうちに、アリアが致命傷を受けたという信号が届いたので、地面をやむをえずぶち抜いて駆けつけた。
「‥…豪快に壊したけど、大丈夫かな?」
俺は大きく穴の開いた天井を眺めながら少しだけ不安になった。
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