商人さんがやってきた!③

「いいか? 俺が村をぐるっと見てくる。リリファとゼールはジーゲさんを護衛しておいてくれ」

「わかった」

「はーい」

「よろしくお願いします」


 辺境伯が最近来たという話だったのでそこまで危険はないと思うが、とりあえず確認しておいたほうがいいだろう。


 堀の近くを歩いてみる。

 堀は予想以上に深く、落ちたら這い上がるのは難しいだろう。


 入り口と思しきところには跳ね橋が設置されていて、外から入るのは難しそうだ。

 と言うか、これ来訪者とかがきたらどうするんだろうか?


 堀と塀はずっと続いている。

 村を大体半周したが、ここまで切れ間はなかったし、塀も同様だ。


 これほどのものを作るには一体どれだけの労力が必要かわからない。


「ん?」


 村を半周したあたりで視線を感じた。


 魔の森の方を見ると二人の人間が村に向かって歩いてきている。

 あちらは俺の方を認識しているようで、警戒しているようにゆっくりとこちらに向かってきている。


(敵か味方か……。まあ、この村の村人だろうけど。手を振ってみるか)


 もし村人であるならば敵対する必要はない。

 向こうはすでに俺のことに気付いているみたいだし、何かをして反応を見たほうがいいだろう。


 俺が手を振ると、あちらも手を振り返してくる。

 向こうも害意はないようだし、こちらも特に敵対するつもりはないんだから話しかけてもいいだろ。


 俺は二人組の方に駆け寄った。


 二人はまだ成人して間もないくらいの男女のようだ。

 少し警戒しているようだが、男の方が女を守るように一歩前に出る。


 いきなり外の人間が訪ねてきたんだったら仕方ない。


「やあ。君たちはあの村の人間かい?」

「……そうですけど。お兄さんは何者ですか?」

「いや、怪しいものじゃない。俺はこの村に来たがった商人を護衛してきた冒険者だよ」

「? 商人? こんな時期に商人が僕たちの村になんの用ですか?」

「その辺は直接商人に聞いてほしい。俺が喋っちまって商談に差し障ると今後の冒険者生活に関わってくるからな」

「……そうですか」


 ある程度の話は聞いているが、どの話をどの程度するかは商人側が判断することだ。

 もしここで俺が話したことが原因で商談が破談になんてなったら今後俺に護衛を依頼してくれる商人はいなくなるかもしれない。


「それで、その商人さんはどこにいるんですか?」

「あぁ。正面の方の門の前にいるぞ」

「わかりました。跳ね橋を下ろすので、連絡しておいてください。いいよな? アリア」

「えぇ、それで大丈夫よ」


 アリアという名前は聞いたことがあった。

 辺境伯の姪っ子で、確かこの開拓村を任されているんだったか。


 つまり、この村の村長だ。


 おそらく、村長自ら対応してくれるんだろう。

 このこともジーゲさんに伝えておいた方がいいな。


 俺はジーゲさんたちのいる村の正門の方へ向かって走り出した。


***


「おかえりなさい。ラケルさん。急いで戻ってきたようですが、どうかしたのですか?」

「裏門の方で村長と会った。正門の方を開けてくれるらしい」

「おぉ! それは僥倖ですね。うまくいけばこのまま交渉ができるかもしれませんな」


 俺の知らせにジーゲさんは喜ぶ。

 まあ、わざわざこんなところまで来て交渉もできずに帰るのは嫌だろう。


 辺鄙な村では外のものを村の中に入れてさえくれないところもあるのだ。


「あ。それからリリファ!」

「え? 何?」

「今回リリファは村の中で声を出すのは禁止だからな!」

「え〜!? なんで〜!」

「お前が話し出すと商談が進まなくなるだろ? 今回は依頼できてるんだから我慢しろ!」

「ブー。わかったよ」


 不満そうにしながらもリリファはうなずく。

 彼女も冒険者の端くれだ。

 最低限の分別はあるだろう。


「商人様、お待たせして申し訳ありません」


 そうこうしているうちに跳ね橋が下され、中から先ほどアリアと呼ばれていた少女とさっきはいなかった少女が出てくる。

 先ほどの少年はいないようだが、どこにいるのだろうか?


「外は冷えますので、中へどうぞ」

「ありがとうございます。では失礼します」


 ジーゲさんが深々と頭を下げた後、少女たちの後ろについていく。


 村の中は思ったより雑然としていた。

 掘建て小屋のような小屋がいくつも立っていて、あの壁と堀さえなければ普通の開拓村に見える。


「こちらへどうぞ」


 そう言って案内されたのは中央に鎮座していた石造りの家だった。


 開拓村は魔物の襲撃のために中央に避難小屋のような家が建てられるという話だから、おそらくここがその家なんだろう。

 小さな開拓村ではその家に全員で住むときいたことがあるからここが彼女たちの家なのかもしれない。


 俺たちは少女たちに続いて家の中に入った。

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