商人さんがやってきた!④

「私は村長をしているアリアと言います」

「どうもご丁寧に。私は領都で商人をしています。ジーゲと申します。こちらにいるのは私の護衛をしていただいている、ラケルさん、リリファさん、ゼールさんです」


 家の中に入ると、大きなテーブルが置かれており、それに対面するように座って自己紹介をする。


「粗茶ですが」

「おぉ。これはこれはありがとうございます」


 アリアさんと一緒に来ていた少女が俺たちの前に茶を出してくれる。

 アリアさんが口をつけたのを確認してから俺は茶に口をつける。


 こういった場所で毒をもって商人の積み荷を奪おうとするというのはどこにでもありふれた話だ。

 毒などの耐性は俺が一番高いのでこのパーティではいつも俺が毒味役だ。


(俺、リーダーなんだけどな……)


 些細な毒でも感じ取れるように味覚に集中してお茶を口の中に入れる。


「!? うま!」


 思わず声が出てしまった。

 なんたって今まで飲んだお茶の中で一番うまかったのだ。


 ほのかに甘みがあり、適度な苦味と酸味が味をさらに引き立てている。


 俺は二口三口とお茶を口に運びあっという間に飲み干してしまう。


「あ!」


 飲み干してやっと自分が毒味をしていたことを思い出す。

 俺は顔を真っ赤にして手足を確認する。


 最低でもすぐにしびれなどの症状は出ないらしい。


「気に入っていただけて嬉しいです」

「と、取り乱してしまい申し訳ありません」


 俺は頭を下げる。

 この年でここまで恥ずかしい思いをするのは久しぶりだ。


「ほう。これは美味しい。ラケルさんが思わず取り乱してしまうのも仕方ありませんな」


 ジーゲさんがお茶を口にして俺のフォローをしてくれる。

 だが、その目には驚きの色も宿っていた。


 おそらく自身もそのおいしさに驚いたのだろう。


「な、なあ、ラケル。俺たちにもそのお茶、飲ませてくれよ!」

「(コクコク)」


 リリファとゼールが俺の近くにやってきて小声で飲ませてほしいと言ってくる。


「……だめだ。念のために二人には飲まないで置いてほしい」

「……わかったよ。次きたときは飲ませてもらうからな」

「あぁ。次は譲る」


 今は護衛中だ。

 できるだけ冒険者は自前の食事で用を済ませる方が望ましい。


 俺は毒味も兼ねて口にしたが、最低でも二人は何も食べないでおいてほしい。

 何度も来ているところならそこまで気にする必要はないが、俺たちはこの村に今日初めてきたのだ。

 用心はしておいた方がいい。


「お二人には後で茶葉をお渡ししますよ」

「え!? 良いんですか?」

「えぇ。魔の森で取れるハーブを乾燥させただけのものですので」


 どうやら俺たちの会話は聞かれていたらしい。

 少し恥ずかしいが、厚意は受け取っておくべきだろう。


「私の護衛にお譲りいただけるということは、私に売っていただくこともできるということですか?」

「ちょ、ジーゲさん?」


 俺たちの会話にジーゲさんが割り込んでくる。

 まあ、これだけ美味しいお茶であれば商品になるかもしれないが、そんなことをして仕舞えば、二人の分も買い取れと言われてしまうかもしれない。


「大丈夫ですよ。ラケルさん。ここでわざわざこのお茶を出したということはこのお茶を商品にしたいということだと思います。その前に提案したお二人への贈呈分を買い取れとは言われないでしょう」

「そのような無体なことは致しませんよ」


 そうアリアさんがいうと、先ほどの女性が俺たちの前に小さな袋を置いてくれる。おそらくこの中に茶葉が入っているんだろう。

 その袋は俺とジーゲさんの前にも置かれる。


「おや? 私たちまでよろしいのですか?」

「えぇ。私たちにとってはそれほど珍しい物ではありませんから」


 アリアさんはにこりと微笑む。

 俺にはわからないが商人的な駆け引きがあるのかもしれない。


「なるほど……」


 ジーゲさんは袋を開けて中身を確認する。

 自分の分を確認してみると、緑の乾燥した葉っぱが中に入っている。

 これで紅茶十杯くらい入れられるだろうか?


「これ一袋でこれくらいでいかがでしょうか?」

「ふむ。少し安くないですか? この国ではここでしかとることのできない茶葉ですよ?」

「でしたら……」


 ジーゲさんはそういって手でしるしを作る。


 言葉には魔力が宿る。

 だから、この様な交渉事にはハンドシグナルを使うことが多いらしいが、俺はそのハンドシグナルがいくらなのか知らない。

 正直、冒険者である俺たちにはそれを勉強する必要はないのだ。


「……では、それで手を打ちましょう」

「よい売買ができて光栄です」


 どうやら、交渉はまとまったらしい、ジーゲさんもアリアさんも満足そうな顔をしている。


「ところで、こちらの錬金術師が『土液』を販売していると風のうわさで聞いたのですが、今も販売していますか?」

「『土液』ですか?」

「……はい。土属性の緑の液体で、錬金術の材料などに使えるものなのですが……」


 アリアさんは『土液』と聞いて首をかしげる。

 全く身に覚えのないという顔だ。

 これはハズレかもしれないな。


 今回の本命はこの村で高位の錬金術師がいることを確かめるのがジーゲさんの目的だったはずだ。

 この茶葉で少しは利益が出せるかもしれないが、錬金術師の件がスカなら利益としては少なくなってしまう。


「アリア様、お耳を……」

「なに? ミーリア」


 俺たちが困っていると、給仕などをしてくれていた女性がアリアさんの近くに寄っていき、何かを耳打ちする。


「あぁ。あれの正式名称は『土液』というの?」

「おそらくそうなのではないかと」

「じゃあ、レインに聞いて余っている分があればもらってきてくれる?」

「わかりました」


 少し会話をして、ミーリアと呼ばれた女性は下がっていく。


「申し訳ありません。領主様にお譲りしたもののことでしょうか?」

「あぁ。それです。あまりがあるのであれば買い取らせていただけないでしょうか?」


 ジーゲさんはほっと胸をなでおろす。

 彼としてはここに錬金術師がいるとわかっただけで大きな収穫だ。


 そのうえ、現物が購入できるとなれば大収穫だろう。

 嬉しさが隠せないのか、隠すつもりがないのかジーゲさんはいつにないニコニコ顔だ。


「お待たせしました」


 そういってミーリアさんが持ってきた大きな瓶いっぱいの『土液』を見てジーゲさんの顔が凍り付いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る