「ちょっと待ったー」から始まる婚約破棄劇④

 婚約披露パーティーの会場を追い出された俺とルナンフォルシード伯爵が案内されたのは王城内の小さな部屋だった。


 さっきの部屋に比べれば家具や調度はかなり見劣りする。


 窓もなく、狭苦しい印象を受ける部屋だ。

 ろうそくが何本もつけられているのでそこまで暗くはないがさっきがこれでもかというくらいきらびやかだったので少し暗い印象を受ける。

 おそらく先ほどの部屋に比べて格の落ちる部屋なんだろう。


 俺とルナンフォルシード伯爵が同じ部屋に通されたのは正式に伯爵と親子となったからかな?

 まあ、今はそんなことはどうでもいいだろう。


 今問題なのは伯爵だ。

 伯爵はこの部屋に入ってきてからソファーに座ったままうつむいてぶつぶつとつぶやき続けている。


 正直、伯爵とは二か月前に初めて会ったので親子の情的なものは全くない。

 それどころか、高圧的でこの人いやな人だなーと思っていた俺から見てもさっきの伯爵はかわいそうだった。

 あんな大勢のしかも自分より偉い人たちの前でピエロにされたのだから。

 日本だったらパワハラ事案だ。

 封建社会のこの国ではそんなもの絶対に認められないだろうが。


 正直、婚約者がだれでもいいと思っている俺でさえ今日のあれにはちょっと来るものがあった。

 今日の婚約を心待ちにしていた伯爵からすればかなりの精神的ダメージだろう。


「えーっと。伯爵閣下?」


 正直、なんと話しかけていいかわからないが、こんなくらい部屋にいればもっと精神的に落ち込んでしまうだろう。

 それだったらさっさと家に帰ったほうがずっといい。


 そう思い帰宅を提案しようと声をかけると伯爵は俺のほうをにらみつけてきた。


「お前のせいで!」


 そして、おもむろに立ち上がり、こぶしを振り上げて殴りかかってきた。


(うわ。パンチおそ)


 だが、伯爵のパンチはかなりゆっくりに見えた。

 辺境で魔物と戦っていたので、この程度のパンチであればよけるのは余裕だ。

 よける必要すらないかもしれない。


 だが、ここでよけてしまったり、当たっても効いていない様子を見せれば伯爵はさらに激情しそうだ。


 ここはいい感じに殴られたふりをするのがいいだろう。

 うなれ! 俺の大阪人の血!(前世は大阪出身ではありません)


「ぐぁぁぁぁぁぁ?」


 案の定、へたくそな受け方になってしまった。

 とりあえず転んでみたけど、どうだろうか?


「お前が! お前が!!」


 横になった俺のすぐそばに立って伯爵は俺のことをボールを蹴るかのように蹴ってくる。

 どうやら、伯爵は人を殴りなれていないらしく、俺が自分のパンチで沈んだと思ったようだ。


「お前のせいで! お前のせいで! お前のせいで~~~!」


 口に砂が入ると嫌なので俺は伯爵に背を向け、頭の後ろで手を組んで頭を庇う。

 

 伯爵はそんな俺の様子を気にする様子もなく俺の背中を何度も蹴ってくる。

 ……うん。たぶんけってる。全然痛くないけど。俺の防御力はいつの間にか結構高くなっていたらしい。


(これは伯爵が落ち着くまでこのままのほうがいいかな〜)


 俺も前世と合わせれば結構な年だ。

 何かに当たりたくなるときがあるというのも十分にわかる。

 伯爵にとってはいまがそのときなんだろう。


 俺は伯爵に蹴られつつ、ここ数ヶ月のことを思い出しながら伯爵が落ち着くのを待った。

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