対魔貴族の生活はどうみてもブラック①

「……『風刃』」


 俺の放った風刃は十メートルはありそうな熊の首を切り落とす。

 熊は大きな音を立てて倒れ、後に魔石だけを残して空気に溶けるように消える。


「ふぅ。これで終わり」


 俺は狩り残した魔物がいないことを確認する。

 大型の魔物が出るときは多くの取り巻きを連れていることが多い。

 今回も超大型の熊が一匹と中ぐらいのクマが十数匹が群れを成して襲ってきていた。


 普通、熊は群れを成さないはずなんだが、異世界のクマは違うのかもしれない。


 どうやら、狩り残しはないらしく、あたりは静まり返っていた。


 俺は十五年前、対魔貴族としてこの異世界に生を受けた。


 最初は驚いた。


 前日まで普通に会社員をしていたのに、いきなり赤ん坊になっているのだ。

 驚かないほうがおかしい。


 記憶のある最後の日は金曜日でしこたま飲んでいたので、そのまま急性アルコール中毒か何かでぽっくり行ったのかもしれない。

 それはさておき、俺を生んだ母親は対魔貴族だったらしい。


 対魔貴族は魔の森や魔の谷などの魔境と呼ばれる場所の近くでそこから出てくる魔物を狩る仕事をする貴族のことだ。

 正直ほかの国にそんな制度があるのかは知らないが、この神聖ユーフォレシローリウム人民聖王国ではそういうことになっている。


 まあ、貴族とは名ばかりで、野蛮人扱いされることが多いのだが……。


「ご苦労だったな」


 俺がそんなことを考えながらあたりの確認をしていると、三十代の男が話しかけてきた。

 こいつは王国軍所属の軍人で、結構下っ端だったはずだ。

 本来、対魔貴族とはいえ、貴族の末席にいる俺に対して、役職もない軍人が話しかけるのは不敬に当たるらしいが辺境でそんなことを気にする奴はいない。


 まあ、王都でおんなじことをやったとしても少し叱責されるだけだろうけど。

 対魔貴族なんてそんなもんだ。


 下っ端軍人は俺に一言掛けた後、魔石の回収に出発していった。

 大方、話しかけてきたのも、あたりの魔物がちゃんと一掃されたのか確認するためだったんだろう。


 魔物が残っていたら俺も注意するからな。

 俺の見落としで人が死ねば寝覚めが悪い。


 魔石回収をしている軍人に背を向け、俺は軍の天幕へと戻っていった。


***


「ご苦労だったな」


 軍の天幕に戻ると、四十代くらいの男が声をかけてきた。

 こいつも軍で言うと百人長くらいの役職だから、俺にこんなことを言っては不敬に当たるんだが。


 まあ、生まれてこの方、ずっと辺境で魔物を狩っていて貴族らしいことをしたことがない俺にとっては別にどうでもいいことだ。


「ほれ。今月の給料だ。ありがたく受け取れ」


 そういって、百人長が俺に布の袋を投げてよこす。

 そういえば、今日は給料日だったか。

 すっかり忘れていた。


 百人長が放り投げてきた袋の中には銀貨が十枚入っていた。


 銀貨一枚で大体一万くらいの価値があるので、俺の月収は十万円くらいということになるのだろう。

 正直、めちゃくちゃ安いとは思う。


 だが、家の庭で野菜や米を作っていて、肉は魔の森で動物を狩って調達しているため、お金はいらないのだ。


 だってこの国パン食の国なんだもの。

 日本人としては米が食べたいから自分で作るしかないのだ。


 それに、やっている仕事も、大型の魔物が森から出てきたときに狩るというだけなので、一日数時間しかとられない。

 だから、時間給で言うとそこまでひどくはないのかもしれないが……。


 俺は月収の入った袋を懐にしまう。


「じゃあ、また出たら呼んでくれ」


 俺がそういって天幕から出ていくと、百人長はにやりと笑う。


「あぁ。また『呼ぶことがあれば』その時は頼むよ」

「?」


 百人長のセリフに少し引っかかる部分はあったが、俺は気にせずに天幕から出て近くの町へと向かった。

 給料が出たらいつも町へ行くことにしているのだ。


***


 俺は辺境の町に来ていた。

 町とは言っても、最前線の軍人に食料を売るための簡単な町だ。


 軍が移動すればそれについて移動する。

 そのため、簡単な堀と町壁に守られているそこまで広くもないエリアに所狭しと商店が立ち並んでいる。


 商売相手が軍人のため、ほとんどの店が武器店や食料店などの軍に必要なものを扱っている店だ。


 あとは西のほうには水商売の店が立ち並んでいるらしいが、その辺は治安もあまりよくないため行ったことはない。

 こんな場所で水商売をしているような娼婦は病気を持っていることも多いらしいし。


 軍人は病気にかかっても回復魔術で治してもらえるので、結構儲かってはいるのだとか。

 俺は対魔貴族なので回復魔術は自前で掛けないといけないんだけどな……。


 まあ、魔術をメインで使うし、自給自足の生活をしてる俺は武器店や食料店には用はない。

 当然、水商売の店に行くつもりもない。


 俺の用事は別にある。

 俺は一軒の店へと向かった。


***


「ジルおじさん。およそ一か月ぶり。まだ生きてるかー?」

「……おぉ。レインの坊主。今日も来たのか」


 俺が来たのはこの町に一軒しかない本屋だった。


「今日はなんか面白い本は入ってる?」

「お前さんが来ると思って、魔術に関する本をちゃんと仕入れてあるよ」


 俺はここで魔術に関する本をいつも買っている。

 だって異世界に来たんだぜ?

 それでいて、魔術が使えるんだ。

 いろいろやってみたいじゃないか。


 そんなわけで、俺の給料はすべてこの本屋で魔術に関する本を買って使ってしまっていた。


「なになに。『これならわかる。空間魔術』。『魔術を使った工作の手引き』。『魔道具全集五十五』」

「へー。そんな本だったのか」

「……何の本かもわからずに仕入れてくるジルおじさんもなかなかの変わり者だよね」


 古代魔術師文明の本を騙る偽物も存在するし、さらに古い魔術師の本には呪いがかかったものもある。

 古代魔術師文明の本はけっこう危険なのだ。


 俺も魔導書には一度痛い目を見せられた。

 魔導書と際どい古代魔術師文明の前期の本は一冊も持ってない。


 後期は電子書籍みたいにデータで売買していたようなのでそっちも持っていないけど。


「現代魔術が主流のこの世の中で古代魔術の研究なんてしているお前も相当な変わり者だと思うぞ?」


 魔術に関する本は古代魔術師文明と呼ばれるかつて滅びた文明に書かれたものばかりだ。

 だから、古代魔術師文明の文字が読めないジルおじさんには読むことができない。


 多くの魔術師は現代の魔術師が書いた本で現代魔術を勉強している。


 現代魔術と言っても、古代魔術の使えるものだけを抜き出しただけのものだ。

 その原理とかもわからずに使っているのが実態だ。

 現代の魔術師の書いた本は魔術の幅がそこまで広くないし、間違っている部分もあるので最近はほとんど読んでいない。


 せっかく今より進んだ文明の本があるのだから、そっちを読むほうがずっとお得だろう。


 それに、古代魔術師文明の魔術はどこかプログラミングみたいなところがある。

 専門用語も似ているし、こっちの方がとっつきやすかったのだ。


 多分どこかに俺みたいな転生者の手が入っているんだと思う。


 今世の体は物覚えもいいし、古文を読むことはあまり苦にならない。


「じゃあ、いつも通り、全部買い取らせてもらうよ。けど、足りるかな? 全部でいくら?」

「全部で銀貨三枚でいい」


 あれ?

 俺は毎回銀貨十枚の給料がもらえるから、銀貨十枚を上限で本を買っている。

 だから、ジルおじさんは大体銀貨八枚から九枚になるように仕入れてくれる。


 それに、古代魔術師文明の本はめちゃくちゃ高い。

 なんの本かわからなくても大体一冊で銀貨五枚くらいはする。


 それが三冊で銀貨三枚は明らかに安すぎる。


 俺がいぶかし気にジルおじさんを見ていると、ジルおじさんは恥ずかしそうに頬をかく。


「実はな。隣国の王都にいる孫娘夫婦に一緒に住まないかと誘われたんだ。どうも向こうでの商売がかなりうまくいっていて計算ができる俺に番頭の仕事をしてほしいらしい。ここはたたんじまって向こうに行こうかと思ってるんだ」

「そっか……」

「……俺ももう年だ。仕入れのために王都に行ってここで商売するっていうのも、もう結構つらくなってきてる。レインの坊主には悪いが、ここらが潮時だと思ってな」


 ジルおじさんの店はこの町で唯一の本屋だ。

 この店が無くなってしまうのはかなり悲しい。


 それに、五年前に母さんが死んでから俺はジルおじさんとくらいしかまともに話をしていない。

 母さんが死んだ直後は俺が子供なのをいいことに俺から搾り取ろうとしてきた大人たちから守ってくれたのがジルおじさんだ。

 正直、ジルおじさんがいなかったらさっさとこの国を出てどこか別の国に行っていたと思う。

 自慢じゃないが、当時からそれくらいの実力はあった。


 俺が暗い顔をしていると、ジルおじさんは話しかけてくる。


「まあ、死んじまうわけじゃないんだ。また会いたければ会いに来ればいいさ」

「……そうだね。隣国の王都にいるんだったらすぐに会いに行けるしね」


 隣国の王都までだと馬車で大体二か月だ。

 正直、毎日のように仕事がある俺が会いに行くのは難しいだろう。


 だが、ここで引き留めてもとどまってくれることはないだろう。

 俺にできることは精いっぱい送り出してやることだけだ。

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