「ちょっと待ったー」から始まる婚約破棄劇③

 あのあと、俺にいくつかの質問をした後、国王陛下は少し考えるように顔を伏せた。

 結論は最初からあったんだろうに、演技過剰だな。


「確かに歴史のあるものは重要だ」

「! でしたら!」


 国王陛下がルナンフォルシード伯爵の発言に対して肯定的な発言をしたので伯爵はうれしそうな声を上げる。

 だが、伯爵。『確かに』ってついてるから絶対この後よくないことが起こるぞ。


 俺の予想はその直後に的中した。


「だが、その状況に見合った対応をしていく必要があると私は思う」

「……」


 伯爵は絶句して言葉も出ないようだ。


「そもそも、対魔貴族という制度自体が間違いだったのではないだろうか。そのような制度をとっているのはわが国だけだ」

「で、では、魔の森の防衛はいかがするのでしょうか?」


 恐る恐る伯爵が質問すると、国王陛下はわが意を得たりといった様子で微笑む。


「軍にやらせればよかろう。わが中央軍は精鋭だ。十歳の子供が初級魔術を使って倒す様な魔物であれば問題なく倒すことができるであろう」


 どうやら、戦争がなくなって宙に浮いた軍を魔の森の魔物討伐に充てるつもりらしい。

 大丈夫なのか? と思わなくもないが、今更俺が何を言っても変わらないだろう。


「対魔貴族は廃止する。そなたの優秀な息子はルナンフォルシード伯爵の息子として育てるがよい。そうだ、元対魔貴族にはこれまでの多大な貢献の褒美としてここ五年で広げられた魔の森の開拓権をルナンフォルシード伯爵家に与えよう」


 軍は新たな仕事を得て、辺境貴族はちゃんとした貴族の子供となり、ルナンフォルシード伯爵家はかなりのエリアの開拓権をもらうことになる。

 一見みんな得しているように見えるが、ルナンフォルシード伯爵家は実は全然得をしていない。


 五年間も切り開かれた場所が開拓されずに放置されているのはほかに開拓できる部分があるからだ。

 この国の南部には大穀倉地帯が広がっているのだ。

 安全に開拓できる場所なんてはいて捨てるほどある。

 どこでも選べるなら王都に近い場所を選ぶだろう。

 そういう場所はまだ十分残っている。


 その上、実は去年隣国から奪った土地もある。

 隣国との間にあり、どちらの中央都市にも行けるその場所のほうが開拓の優先権は高いだろう。

 つまり、この国は土地余り状態なのだ。


 辺境の開拓権など、もらったとしても実際に開拓に入れるのは何代か後になる。


「……寛大なご処置、ありがとうございます……」


 そうはいっても、天上人である国王に褒美をもらっておいて文句を言うわけにもいかない。

 たとえ、このような公の場でピエロにされたとしても、伯爵は感謝を告げるしかないのだ。


「うむ」


 うつむく伯爵に国王陛下は満足げにうなづいた。


 ……国王陛下から悪意のようなものは見受けられない。

 どうやら、国王陛下は土地の開拓権が本当にいい褒美になると思っているようだ。


 来場客の中にはいい気味だとでも言わんばかりに伯爵のことを見ている貴族が何人かいるようだから、王族と縁戚になって抜け駆けしようとした伯爵を貶めようとした貴族がいたのだろう。

 政治ってのは本当にめんどくさい。


 国王陛下は今度は公爵嫡男のほうを見る。


「して、ディズロールグランドハイト公爵の嫡男よ。そなたの勇気ある行動のおかげでわが娘は望まぬ婚約を免れることができ、対魔貴族は危険な役割から抜け出ることができた。そなたにも何か褒美を与える必要があるな」


 どうやら、この茶番劇はまだ続くらしい。

 伯爵はオーバーキル状態だが、まだいじめるつもりなんだろうか?


「であれば、アーミリシア王女を私に下さい。必ずや幸せにして見せます!」

「うむ。私も、そなたのような勇気あるものが王族に名を連ねることをうれしく思う。そなたとアーミリシアの婚約を認めよう。皆の者どうだろう? せっかくわが娘の婚約披露パーティーに集まってもらったのだ。このままディズロールグランドハイト公爵の嫡男とアーミリシアの婚約をこの場で祝ってはどうだろうか?」


 次の瞬間、会場中に拍手があふれた。

 どうやら、この場をこの二人の婚約披露パーティーにしてしまうことも予定のうちだったらしい。

 この会場の準備費用はルナンフォルシード伯爵家がほとんど出しているはずなんだが、それでいいのだろうか?


 まあ、俺の財布は痛んでないし、いいか。

 いや、俺もルナンフォルシード伯爵家の人間になったんだったか。


「皆様ありがとうございます。すぐに父を呼び、婚約披露パーティーを始めたいと思います。その前に」


 満面の笑みを浮かべた公爵嫡男君は俺のほうを向く。


「なかったことになったとはいえ、婚約者になる予定だった者の婚約披露パーティーに出るのは酷でしょう。伯爵家では家格も足りませんし、ルナンフォルシード伯爵家の方々に退出する許可を与えます」


 どうやら、お呼びでないからさっさと帰れということらしい。

 まあ、俺としては好都合だ。

 伯爵閣下もオーバーキル状態だし、二人で退室することにしよう。

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