「ちょっと待ったー」から始まる婚約破棄劇②

「な! なんだお前は!」

「その婚約、ちょっと待った!」


 謎の男が部屋に入ってくるとモーゼが海を割ったときのように人垣が割れ、俺のいる壇上への一本道が出来上がる。


(あー。これは仕組まれたやつだな)


 ルナンフォルシード伯爵は真っ赤な顔で怒鳴っているが、パーティーの参加者のざわめきも少ない。

 警備をしていた騎士も動く様子を見せない。

 この流れは予定通りの流れでこれを知らないのは俺とルナンフォルシード伯爵だけのようだ。


 謎男は壇上に向けて出来上がった道をツカツカ歩いてくる。

 そして壇上に上がると俺たちよりさらに高い位置にいる国王陛下に向かって膝をついた。


「陛下、このような場をお騒がせして大変申し訳ありません」

「よい。そなたはディズロールグランドハイト公爵の嫡男であったな。アーミリシアと同じ学び舎で学んでいたとか」

「はい」


 どうやら、謎男は公爵の嫡男で王女様のクラスメイトだったようだ。

 そこまで聞いて、俺はこの茶番劇のシナリオがなんとなくわかってしまった。

 前世でこの手の話はいくつも読んだ。


「国王陛下。お願いがあります。この婚約はどうかお考え直しください。対魔貴族と生まれがちかいからといって婚約者にされるなどあまりにも横暴ではないですか。彼女にも恋をする権利はあるはずです」

「なっ!」


 司会席からルナンフォルシード伯爵の声が聞こえてきた。

 どうやら彼にもこの茶番劇のてんまつが見えたらしい。


 この茶番劇は婚約者の略奪劇だ。

 おそらく、彼と王女は恋仲で彼女の恋を実らせるために一幕演じることになったのだろう。


 俺と伯爵に知らされていなかったのはこの劇を邪魔するかもしれないと思ったからか。


 つらつらといろいろと申し立てている公爵嫡男の話を聞き流しながら俺はそんな風に分析していた。


 ぶっちゃけかなり他人事だ。

 だって、俺にとっては結婚相手なんて誰でもいい。

 どうせ政略結婚なんだから。


 それに、辺境貴族として辺境からほとんど離れられないのだ。

 王都の人間が辺境で暮らせるわけがないので、おそらく年に数回会って子どもを作る行為だけをすることになるのだろう。


 であれば、ぶっちゃけ誰が相手でも大して変わらないのだ。

 まあ、王女は割とかわいかったので少し残念ではあるが、別に傾国の美女ってわけでもないし、この異世界は美人が多いので同じレベルの女性は探せば見つけられるだろう。


 だが、そんな風に考えられないものもいる。


 ルナンフォルシード伯爵は王族とせっかく俺経由で縁戚になれそうだったのがおじゃんになりそうなのだ。

 黙ってみているわけにはいかないだろう。


 俺の位置からは見ることはできないが今打開策を考えて頭を巡らせていることだろう。


「うむ。そなたの言い分はよくわかった」


 俺が考え事をしているうちに「公爵嫡男の主張」は終わったらしい。

 どれだけ自分が王女を愛しているかについて終始語っていたので「公爵嫡男の告白」か。


「ディズロールグランドハイト公爵の嫡男はこのように申しているが、ルナンフォルシード伯爵はどのように考える?」


 この状況で伯爵に振るとは国王も人が悪い。

 準備万端で登場した公爵嫡男と違い伯爵はだまし討ちされた側だ。


 これだけの短い時間で考えられることなんてたかが知れているだろう。


「こ、この婚約は古くから王家が辺境貴族の有能な人間と中央の人間のつながりを保つために行われていたものです。軽々と変更すべきことではないと思います」

「ふむ。伯爵の意見にも一理あるな」


 国王は一度うなずき俺のほうを見る。


「レイン=ウォルフィード。そなたに質問したいことがある」

「はい。何なりとお聞きください」


 俺みたいなこっぱ貴族は国王と言葉を交わすことを許されていない。

 もし質問されたとしても「はい」か「いいえ」で答えないといけないらしい。


 一体国王陛下は何の質問をするつもりなんだろう?


「そなたは十の時から辺境貴族として魔物を狩っているらしいな」

「はい」


 俺の返答に周囲の貴族がざわめいた。

 どうやら、十歳から魔物を狩るのは異常なことらしい。


 国王陛下は少し満足げに微笑む。

 その微笑みの意味は全く分からん。


「そのころから初級魔術の『風刃』を使って魔物を狩っているそうだな?」


 初級魔術?

 俺は基礎魔術の『風刃』を好んで使っている。


 これは原点にして最強の魔術といわれており、使い方によっては相当な威力が出せる。


 そういえば、現代魔術では『風刃』はもっとも簡単に出せる魔術として初級魔術として扱われているんだったか。

 簡単に出せるけど、魔力量や起動補正などを自由にできるから『使える』と『使いこなせる』が全然違う結構高レベルな魔術なんだけどな。


 まあ、「はい」か「いいえ」で言えば……。


「はい」

「うむ。では、おぬしは中級魔術である『風刃乱舞』や『風大槌』を使うことはできるか?」


 俺は現代魔術の中級魔術を使うことはできない。

 現代魔術の中級魔術はある特定の条件に特化した魔術を一つの魔術としてくみ上げたものだからだ。


 『風刃乱舞』なんて使うくらいだったら『風刃』を複数放つほうが軌道の補正もできるし威力も調整できてお得だ。

 『風大槌』にいたっては『風刃』を切れないようにして相手を吹き飛ばしているだけだ。

 何の意味があるのか全く分からない。


 同じことを『風刃』を使って再現することはできるが、それはおそらく使えたということにはならないんだろう。


 だから、「はい」か「いいえ」で言えば……。


「いいえ」

「そうか。わかった。参考にさせてもらおう」


 雲行きはどんどん怪しい方向に向かっていく。


 とりあえず、今後の方針は「いのちはだいじに」だな。

 無事に帰れりゃそれでいいや。

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