第2話

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鼠志野は春先の海中の磯の岩のような深い味わいで、いずれも今までにないようなものだ。尾形光琳を超えた意匠と深みを増した益子の技法、こりゃあ間違いなく歴史上で一番の作陶家になってしまった。


すごいの一言で、あとはどうやって世間に知らしめるかだが、サン・リンポチェというのがペンネームで35歳、益子出身でチベット仏教に関心あり、あとは不詳。これだけの経歴と作品の写真5点を添えて超能力ではじき出したマスコミや、趣味の愛好家3000か所に展示会の案内文を出してみた。


船橋駅前の自店舗で14日間の展示会である。100作品を揃え価格はあえて出さずに、一点ずつの入札にしてみた。これで実力がはっきりするはず、さてどうなることやら。

乾山の絵付け主体の焼き物は低下度で焼成しているため、陶芸愛好者の中には絵柄はとても良いがいかがなものかという意見も多い。益子で一般的に使われている釉薬は浜田庄司が先例を作っている為に1300度の高温で問題がない。

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その技法で光琳の卓越した意匠のものを合わせれば、そりゃいいものができます。それと自信の油揚げ手の黄瀬戸に、春の海底の風景を伝える鼠志野。

プロのバイヤーやまた思いがけないハプニングが起こりそうな様子で、ゴン太も楽しみでしょうがないというような顔をしている。


開催日前一週間でまずサン・リンポチェの詳細を聞いてくるバイヤーがかなり多く、マスコミもなぞの天才が現れたと興奮状態で連絡をしてくる。

リンポチェが実は私なんですというのはあくまで伏せておいて、今回は作品の説明と反応の把握に努めようと思っている。さてどうなることやら。


展示会を明日に控えた本日は展示の総仕上げであるとともに、マスコミが大勢来る予定とともに、現代陶芸家の2代巨匠の加藤唐九郎に浜田庄司のレベルをはるかに凌駕する謎の作家が現れたということで、テレビのワイドショーに頼まれた評論家も来るようである。まあ、出たとこ勝負である。

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すずがニコニコしながら話しかけてきた。なんでも甲賀の里よりサスケという使用人が手伝いに来るということだ。父親の作陶手伝いをしていて、本人も相当に腕があり現代陶芸や骨董の目利きもそうとうなものらしい。


ゴン太は展示を終わった店内を見渡して、満足げな顔をしている。マスコミの内覧会は一様に衝撃の様子である。サン・リンポチェのプロフィールを詳しく聞いてくるが、紙面で公表していることがすべてでありそのほかのことは不詳ということで、一切の追加公表を行わなかった。


開店準備とマスコミの対応が終わって一息入れていると、小柄だが敏捷そうな30歳ぐらいの男性が入ってきた。鈴の父親に命じられて来ることになっていたが、さて何をやってもらおうか。武道はすずと同様に、甲賀忍術と観世音菩薩の秘命のために合気武道の師範を授かっている。ということは超能力も使えるということで大変に頼もしい。好きにさせて見ることにした。

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ついに展示会の開始時間になった。シャッターを開けると、およそ20人ぐらいが待っていた。ゴン太は受付のすずのところにちょこんとおとなしく座りながら、来店客を迎えている。


さすがにプロの専門家は一目見るなり驚いて、こりゃあすごいな久々の天才が現れたとささやきあっている。作品の前に購入希望金額が書き込めるようになっているが、お昼前には100点すべてに記入されているのを確認できた。また、クリスティーズやサザビーズにebayオークションなどの海外オークション番組の担当者も視察に来ている。

現存の故浜田庄司の20cmの小壺で300万円、最近人間国宝になったばっかりの作家のもので150万円である。

さて私の同程度の小壺にはいくらの価額が・・・180万円になっていた。まだ何の公式の評価もない経歴不詳の作家ではまあ、この程度が最高かなという気がするが、まだ初日なので期待が持てる感触をつかめた。

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いろいろなメディアがこれらの作品を紹介していくので、一般客も見学に来る。富裕層の上客がどんな反応を示すかで入札価格が変わってくる。


2日目を迎えた。しょっぱなから押し出しが良く、貫禄がある2人連れが来店して来た。サスケは旧知のようでニコニコしている。鹿児島で薩摩茶の栽培や売買をしている会社の社長と常務だという。茶商と茶陶作家とのつながりというより、先祖の島津義弘が300人の小勢力で出陣し敗戦が決定的な中、敵陣営の真正面を堂々と横切って退いていったのは有名だがその時に身代わりとなり討ち死にした甥の豊久。薩摩に帰り着いたのはわずかに48名であったと記録されている。


その時に陰ながら食料の補充や道案内をしたのが甲賀の望月一党であり、すずやサスケの先祖である。なんでもその当時の義弘と望月の党首が友人関係で気軽な付き合いをしていたので、協力をしたとのことである。

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今日来たのは義弘と豊久の末裔の本家ではなく、親戚づきあいはしているが傍流であるということである。しかしなんと先祖返りにより叔父と甥が復活をしたのである。


島津義弘といえば、なんといっても朝鮮の役での四川の戦いである。島津本軍7000人だけで明・朝鮮連合軍20万人を薩摩軍得意の釣り野伏り戦法に引き込み、釘や鉄片が装填してある5門の大砲の前に大軍をおびき出して一挙に壊滅させたという軍神と呼ばれる伝説的な武将である。


朝鮮では子供が泣き止まないと、シマズが来るぞと言っておとなしくさせたそうである。義弘と豊久は当然に今では名前が変わっているが、先祖返りをしたのでこの名前で進めていきます。二人とも観世音菩薩より命題を受けて、ここに来たということである。

その後に真田昌幸と石田三成が加わって、総勢7名の一個小隊が出来上がった。

観世音菩薩から王が私で総大将が義弘、副将が豊久。首相が真田で能使の三成が財務であると言われた。

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王の私の直轄がすずとサスケという何が何だか分からなくなってきたが、異次元で私の祖父達が国を造り現在は祖父の仲間が国王代理として治めていて、間もなく私に代わるということだ。


陶芸展で名前を広めてくださいということなのかな、異次元から現次元に移動をしてくるので準備をしなさいよということなのか・・・それとも温暖化にプラスチックごみなどの環境問題に立ち上がって、私たちスタッフを集めたのかとも思ったがそれだけでなくどうやら世界のことを考え、中心になってやっていきなさい。という考えを一番強く思った。


顔合わせが済んだのでとりあえずサスケ以外は帰ってもらい、展示会に専念をすることにした。一行が帰った後、マスコミの宣伝が効いていて、てんやわんや状態になってしまった。口うるさげなお茶を習っている主婦の仲間はいいものだけども価格が高い、抹茶茶碗は手ごろな値段のものでいいものを数種類は欲しいとのこと。

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このときゴン太がどういうわけか愛想よく尾を振って、主婦仲間のところに寄って行き首を上下に振って、任せてくださいなんて顔つきをしている。


私はあわててゴンちゃんの様子を見たが相変わらず自信ありげな表情をしている。[展示会の後にまた寄っていただけますか、手ごろな価格で良いものがそろっている可能性もあります。]

[え~そうなの期待しているわ~ワンちゃんよろしくね]なんていいながら帰っていった。ゴンちゃん大丈夫なの、一声”ワン”と力強く吠えた。サスケとすずがにやにや笑いながら寄ってきて、大丈夫ですよと言っている。まあ、あとで詳しく考えるか。


今、抹茶茶碗は黄瀬戸と志野が一客180万円しているが見る人が見れば楽に1000万円は超えてくると思われるし、琳派の益子風茶碗もそれなりである。一般の主婦には全く手が出ない、ゴンちゃんとサスケは何を考えているのか。



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