天啓の雲
古寂湧水 こじゃく ゆうすい
第1話
1
お香屋をやっていて五年程たつが、仕入価格が三倍に値上がりになり、販売ができなくなり終了をしてしまった。次に何をやろうか思案中に、小さくて狭い一戸建ての自宅にかなり大きくても幼さが残る二歳程度の犬が迷い込んできた。
とてもパワフルで外見は怖そうだが呼んだら尾を振って近くにやって来た。私も犬好きなので、インターネットで世界の犬の種類をいろいろと見ているが、これは護畜犬のアラバイと四国犬のミックスのようである。
でも大きい、すでに60㎏はありそうな感じである。
金もないのに、こんな大飯喰らいのバカでかいのを飼えるのかな。と思ったがでも面白そうで、なんか将来にツキがあるように感じられたので試しに、ちょうど年末の有馬記念に当たったら飼ってもいいかなと思った。
当たっても外れても、連勝複式いわゆる枠連の一点勝負である。
犬を近くに呼んで、「いいか当たったらお前を飼ってやる。ハズレたらここから出て行くんだんだ。
2
今は汁かけ飯しかあげられないが、ドッグフードになるかもしれんのだ。気合を入れて来そうな馬を教えろ」人気順に読み上げても全く反応がない「いいか飯だぞ、飯がかかっているんだぞ。」
5番人気キタキタテイオー武豊騎乗と8番人気オムライス安藤勝己騎乗で37倍枠連5-6で・・・ウォンウォンと尾をさかんに振ってきた。
「おまえこれ人気薄だぞいいのか」と目を見たら、強い意志で鋭い目つきをした。
「よし1点勝負で2万円買うぞ、勝ったら74万円ゲットでどうやら年を越せる。それにしてもこの犬、俺の言葉が全部わかっているようで不思議な感じだ。よっしゃ明日の日曜日に錦糸町の場外に行ってくるけど、当たったらドッグフードを買ってくるからな。」
次の日の昼頃に寒空の中、船橋駅から錦糸町駅に降り立った。相変わらず懲りない面々が、1年最後の運試しに来ている。
3
1点勝負の馬券を買い、近くの喫茶店でテレビ観戦である。周囲は競馬新聞と赤ペンを持ち、自説をブツブツ独り言をはいているものが多い。
やっとメインの有馬記念の場面になった。パドックでは人気馬3頭が仕上がりが順調で、ほれぼれするような馬体と気合をみせていた。狙い目のキタキタテイオーとオムライスはどこか影が薄い感じで、安藤勝己騎乗のオムライスは逃げ馬なのに胴体が太く短足でまるでカバのような感じで、パドックを見ているファンも失笑しているのが多い。
「こんな馬最初にペケで消し」という声もしている。私は犬の強い意志を感じて買ってしまったが、不安になってしまった。
ファンファーレが鳴って各馬いっせいにスタートをした。安藤勝己のオムライスは好ダッシュを見せまさかの大逃げをかまし、1週目の向こう正面で2位とは20馬身差である。「あれ~」っという表情が多い。「あのカバ馬狂ったのか」なんていう言葉も聞こえる。
4
「どっちみち、タレちゃうだろう」向こう正面で10馬身差に追い上げられ、3コーナーから4コーナーにかけて1馬身差に並ばれてきた。武のキタキタテイオーもいい感じで追い上げてくる。
「やばいな埋没かな」と思ったがその時に安藤勝己の水車ムチの連打につぐ連打、最後はブーツの踵についている星形のギザギザの拍車を使って、横腹をグリグリとひっかくと馬はたまらずに「痛て~」といって鼻先をグイッと前に出したところがゴールであり見事な鼻差勝ちである。
武のキタキタテイオーが2着になり、予想通りの37倍の配当であり74万円ゲットである。私は思わず店で万歳を三唱してしまった。
ほとんどのお客さんはハズレ馬券を空中に放り投げ頭を抱えている。私だけニタニタ笑いをかみ殺して静かに店を後にした。
両替をし現金を手にして船橋駅近くのイトーヨーカドーで犬の首輪と洋犬と和犬用のドッグフード2種類を購入した。MIX犬なので混ぜたほうがいいかなと思ったからである。
5
有馬記念が終わると、正月5日の金杯まで中央競馬はお休みである。
船橋駅からバスで30分、御滝不動の近くの小さな一戸建ての借家で、ゴン太と呼び始めたセントラルアジアシェパードドッグ(通称アラバイ)と四国犬のミックス、2歳くらいで約60kgのどでかいのと暮らし始めたが餌だけやって放し飼いであるが全然問題はなかった。
糞はたぶん近くの公園でしてくると思うのだが、それに普通だったら野良犬で通報されて収容されてしまうのだがどういうわけか、それは全くなかった。
不思議な力が備わっているのかもしれない。近所の子供たちが面白がって近づいてくるが、尾を振ってとても愛想が良い。老人にも人懐っこくてかわいがられている。
Mixだが身体はほとんどアラバイの成犬に似ている(現地の本物は垂れている耳と尾っぽを切って、オオカミや闘犬で戦いしやすくしている)がこのMix犬は四国犬と同じように耳が垂れていなくて巻尾になっている。
6
顔の輪郭は四国犬特有の少し長い感じになっていて、愛嬌のある親しみやすい印象である。体色は赤ゴマで胸から腹は白毛に覆われている。でもこんな特徴のある犬だから警察に届けが出ていないのか当然に気になったが、天から与えられたものと割り切って普通に飼うことにした。
この犬の半分の血であるアラバイの原産地はトルクメニスタンのカフカフ地方の砂漠地帯で放牧が盛んなところである。ー20度~+40度になる砂漠地方特有の寒暖差の厳しい地方である。オオカミから羊などを護る護畜犬で、首に大きなトゲを付けた鉄の首輪を付けオオカミの対応をしている。
暮れの有馬記念で大勝ちをして、余韻冷めやらぬまま新年を迎えたがとても5日の日刊賞金杯まで待てない。ちょうど船橋競馬が3日から始まっていたのでスポーツ新聞を買ってきて、ゴン太に勝負レースを3つ選んでもらい一点買いを5,000円づつ3点である。
7
全部当たれば大穴もあるので、50万円を超えることになる。よしゃ~あ勝負である。久しぶりに船橋競馬場駅に降り立ち、闘志がわいてきた。100円の入場券を買い、すぐに勝負レースがあるのでパドックに行った。
中央競馬と比べると、いかにも狭く小汚く馬も貧弱である。ゴン太の予想はみんな穴馬ばかりだから、クズ馬ばかりである。こんなもんほんとに来るのかな~と思ったが、まあ決めたことだから半信半疑でも最初の狙い目通り枠連1点勝負8Rに5,000円を投入した。
ファンファーレが鳴った。購入の馬は2頭とも中断から後方に待機していたが、3コーナーから徐々に追い上げ4コーナーではそれぞれ3馬身と4馬身差に迫っていった。
いつもはここらへんまでで一応は見せ場を作って消えていく運命なのだが今回は違った。鞍上は腕達者の桑島孝春と石崎隆行である。信じられないがクズ馬2頭の叩きあいの結果1,2着で決定したので25万円のゲットになった。
8
続く9Rはこれも穴で20万円、10Rは万馬券で50万円で合計が95万円になった。うわぁ~これは大変なことになってしまった。ゴン太は普通の犬でないのがはっきりしたのだが、天からの使いかなそんな感じがしてきた。帰りに200gのステーキ用牛肉を6枚買ったが自分用には1枚で、犬用にはなんと5枚を買ってしまった。
ゴン太様さまである。自宅で茹でたのを嬉しそうにほおばり、”これからも任せてよ。”というような頼もしい表情をしている。
夢でないのかな、ほんとうなら暗い人生が逆転できる。何事もゴン太の気持ちを第一に考え、あまり浮かれすぎないようにしようと思った。
次の日の船橋競馬も50万円をゲット、5日の中央競馬の金杯は50万円のゲットである。一気に金銭的に楽になってしまった。でもいくら小金を貯めても馬券師では社会的な信用がない。他の見せかけでいいから職業を持たないといけないと思い、ゴン太の顔をじ~っと見つめながら考えた。
9
[船橋駅から近いところで現代と骨董陶器の小さな店舗を持ったらどうか]ということをゴン太に聞いてみた。ワンワンワンワン、力強いOKサインである。資金は競馬の掛け金を増やしたので、余裕の2,000万円をプールしている。これなら裏通りの小さな店舗だったら借りられるかも知れないと思った。
タクシーで犬を連れて不動産屋周りをしたが、なかなか適当なところがなく諦めていたらいきなりゴン太が止まるように吠えたてたので、車を降りたら先導して不動産屋の張り紙の前でまた吠えた。
スケルトンだが10坪で500万円である。
まあ、本業は競馬で見てくれだけの営業だからこんなもんでいいかと思ったので不動産屋と交渉を始めてとりあえず3日の間この物件を押さえてもらうことにした。
出身が陶芸で有名な益子なので、そこら辺のつながりを生かして陶器を仕入れあとは青空マーケットで直観勝負の骨董がらくた買いである。
10
こんな構想で犬の表情を見た。益子陶器の仕入れには反対も賛成もしない態度だったが、青空マーケットのことを言ったら鳴いて尾を振ったので、目利きはゴン太に任せようと思った。
益子で5人の作家から仕入れて並べたが、ほとんど売れない。公園の青空マーケットに犬と一緒に行ってみた。大きさに驚かれていたが出品者のおばちゃんたちに頭をなでられていたが、ガラクタと思われる陶器の前で立ち止まった。
古伊万里風の壺であるが値段は3万円と記されている。どっちみ模造品だと思い躊躇をしていたが、ズボンを噛んで引いたのでこれは勝負だと思い3万円をスパット払った。
おばちゃんはえへへと御愛想笑いでかえしてきた。せっかく出張ってきたのに収穫この一点だけ、商売になるのかなと犬の顔を覗き込んだら、ワンワンワンワンの4度吠えのOKサインである。店に戻り値付けをして展示をしなければならない。
11
ゴンちゃんに5万円ぐらいかと聞いたら首を横に振った。近頃、ダメなことは首を横に振りOKの時には上下に振ることを覚えた。
犬がお座りをして手で8の字を描き追加で0を2つ入れた。なんかわからんけれど8万円かと言ったら、相変わらずに首を横に振っている。すかさず80万円という夢の数字を出してみたが同様に横振りである。やけくその800万円でどうだと言ったんではなく叫んでみたら、ワンワンワン3連発のOKサインである。激しく首を上下に動かし嬉しそうに尾を振っている。
3万円が800万円になっちゃうの・・・この犬狂ったのかと薄ら笑いを浮かべ馬鹿にした態度を取ったら、いきなり腕を噛まれた。もちろん本気でなかったが、かなり痛かった。
ほんとに800万円か再度聞いたら、ワンワンワンの3連発OKサインである。高台の裏を見たら李参平の銘である。本当かなと思ったが思い切って800万円の値段をつけて表の張り紙に新入荷のお知らせを張り出した。
12
普段は見るだけの陶器好き骨董好きが冷やかしで大勢がのぞきに来た。一様にこれ本物かと猜疑心の声をかけていく。李参平の本物が出たということで、うわさを聞き付けた青山の有名な骨董店の主人が来店した。
表情は厳しい感じだったが急ににっこりと眼鏡の奥が柔和になり、[いいものですね]と感嘆の声、[よく見つけなさった、なかなか出るものじゃありません私が買います]と手付金200万円を置いて行った。
うわ~ゴンちゃんは神犬なのか、おそれいった。ドッグフードも最高級のものにしなければな。もうご飯に味噌汁をかけた汁かけ飯なんてできんな。ゴン太様さまになってきた。10坪の狭い店だけども冷やかしオーケーのオープンな雰囲気で、それなりに人気が出てきた。
だけども本業はあくまで競馬なので店が留守がちになる。犬が店番をしているがもちろん売れない。だれか気の利いたひとがいないか・・・ガラス戸に張り紙を出してみた。
13
一週間ほど音沙汰がなかったが、いきなりホットパンツでロングヘアーの娘が中を覗き込んできた。ゴンちゃんはなぜか大歓迎で、せわしく尾を振っている。
16歳ぐらいだろうか、私も陶芸とは関係があるんですよと言いながらゴン太の頭をなでまわしている。甲賀の中学を卒業して、通信の高校に在学中ということなので暇はいつでもあるということである。土、日は必ず仕事であとは好きなようにしてかまわないという条件の、時間給のアルバイトである。それでも面白そうに展示品を見ながら、私の実家のものも並べていいですかといきなり言い出した。
なんでも甲賀の旧家で父親が陶芸家の大地主で伊賀と同じ陶土が出るので伊賀焼として作品を作っていて、それなりに有名だということだ。伊賀焼は信楽焼をしのぐ茶陶の人気NO1で、よく似ているが見る人にはきちっと違いが分かるようである。ビードロ釉がグリーンで澄んでいるのが伊賀ということである。
14
さて、ゴン太の歓迎の仕方が尋常ではないようである。オスの年頃犬だから若い娘が好きだけでないようである。
なんか約束の人のような必然的に出会ったようである。
すずというこの娘はとてもスポーティーで、甲賀忍者宗家としての基本は習っているとのことである。実家の作品は好きなように並べて、値段は犬と相談してくれと言ったらとても面白がっていた。
相変わらず競馬でかなり稼いでいるが、最近、自分をもっとグレードアップしろという、どういうわけか何とも言えない気持ちが強くなってきた。
普通のサラリーマンの息子で三流大学を卒業で不動産屋に勤務の後チベット香の専門店を立ち上げたが、中国人の原料買い占めにあいあえなく商売は終了をしてしまった。
今までで思いで深いことと言ったら、北インドのダラムサラのダライラマ法王の公邸を訪問したことである。
15
その時には全く分からなかったのだが、このことが人生の分かれ目になったというか、必然的にここを訪れたようである。
なぜならダライラマは観世音菩薩の化身とされているがそれは超能力のない形だけのものである。観世音菩薩は私の人生に大きな影響を与えるのだが、まだこの時には全くわかってなかったのである。ダライラマ法王は行住坐臥弟子に見取り修業をさせている稀有の人である。
それとは別の形で私に命題を与えて観世音菩薩の意志を伝えるべくすでにレールが引かれていることが後からわかってきた。
まず自分をグレードアップしろとの命題だが、それなら好きな道でトップを張れば有名になれるし、世間にも認められる。それにはどのようにしたらいいのか、ゴン太の顔をじっと見つめた。
作陶はしていないが陶器は好きなので、加藤藤九郎に浜田庄司の陶器作りと尾形光琳のそれぞれの3倍のセンスをくださいとゴン太にお願いをしてみた。
16
ちょっと首をひねって考えていたがワンワンワンのOKサインである。
本当に人間国宝以上になってしまっていいのかなと思ったが、この際やっちゃえと決意をした。是も世を楽しませる法楽の一種である。お香を焚いて神気を統一し、自分の好きな図柄と焼き方を考え観世音菩薩の真言オム マニ ペ メ フ ムを唱えてみた。
しばらくしてから、なんとなんと、尾形光琳の絵付けで益子焼の技法でできた大皿が出てきた。これは何というんだろう、異次元焼きとでも呼ぼうか、益子の人たちが怒こってしまうような浜田庄司を超えた出来上がりである。
自分で作って自分の作品に惚れてしまったが、いったい値決めはどのようにしたらいいのか・・・。追加でもすごいのができてきた、唐九郎を超えた油揚げ手の黄瀬戸の一輪挿し、決めては黄瀬戸の色でほんとの油揚げのような食べてしまいたいような色をしている。
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