黒砂糖

ほどよく

 我が家では白砂糖の代わりに、黒砂糖を使う。

 黒とはいうものの、きな粉より少し濃いくらいの茶だ。


 黒砂糖は健康にいいらしい。美肌効果もあるらしい。


 ……嘘か真か。祖母の持論が母に伝わって、おりに触れて俺にも伝えられてきた。




 小さなジャガイモみたいに大袋に詰め込まれた固形の黒砂糖を、摘まみ出す。

 欠片を一つ、口に放り込む。


 ざらつき、じんわり甘さが広がり、消えていく。


 白砂糖よりも控え目だけど癖のある甘さ。慣れていれば美味しく思う。


 それは「優しい甘さ」と呼ばれるもので。


 でも甘いもの好きでない俺は、最初は美味しいけれど、やっぱり食べ続けると胸がむかむかしてきてしまう。


 欲張っちゃだめだな。ほどよく、ほどよく。


 俺たちはその加減が分かっている、とおごっている。


 けれどたいてい、甘すぎて吐き気がしてきてうんざりしてから、ようやくりすぎに気づくのだ。


 甘さが悪いわけじゃないのに、むしろそれを求めていたはずなのに、見たくもないと吐き捨ててしまえる。




 俺は携帯端末の側面をコツコツ、と叩いた。

 理想論ばかり暑苦しく語るバイトの先輩に辟易へきえきしてきたのだ。


 小説家になりたい。


 それを友人の前で口にしたことはなかった。


 キャラじゃないと思われるのがオチで、せいぜい「へー、頑張って」とうわつらの応援が返ってくるだけだから。


 いや、俺自身が夢見がちだと自覚していて、夢を恥じていたのかもしれない。


 だけど、そんな俺の夢を否定しないで聞いてくれたのが先輩だった。


 先輩も漫才師になりたい夢があった。小説家と近いような遠いような夢だ。

 確実に言えるのは、先輩は俺よりずっと苦労を知っている。


 先達者の知恵を貸してくれて、あれこれ世話を焼いてくれる人に俺から近づいた。


 最初は、先輩の情熱が心地よかった。


 でも、だんだんその理想論に発展がないことに気づき出した。

 この人また同じこと言ってる……、とうんざりし始めた。


 多分俺は、先輩の熱意が眩しかった。


 眩しすぎて直視するのに疲れたから、今では、仕方なく付き合ってやってる、というポーズを自分のなかで作ってしまう。




 いつも変なタイミングで端末に送られてくる先輩の励ましのメッセージ。


 そのどれにも既視感きしかんがあるように思えて、響いてこない。


 響かないから受け答えも散漫さんまんになってしまう。


 甘すぎるなら摂取せっしゅをやめればいい。

 また、甘さが欲しくなった時まで忘れていればいい。


 でも、人間はそうはいかない。

 つながりは積み重ねだから。


 どれか一つでもないがしろにしたら、自分は忘れても傷ついた人には苦さが残るだろう。


 甘さが欲しくなる時と、らなくなる時と、そのタイミングが相手と自分でぴったり同じならいいのに。


 ――ああ、もう疲れるな……。……最初に安易に甘さを求めたつけを払わされているのか。


 だとしても、それにしても。


 唐突に、その思考がくつがえされた。


 先輩から次に追加されたメッセージ。


『ごめんな、長々と。こんな聞いてくれるのお前くらいだわ』


 こんな、の言葉の意図は『こんなに長時間』なのか、『こんな風に親身に』なのか。

 先輩のことだからどっちも含んでいそうだ。


 それで、分かった。


 先輩にも色々あるんだな。

 当たり前か、相当な苦労人だし。俺には苦さを隠してたんだな。


 急に気分が浮上した。

 俺も現金なものだ。そして先輩は甘え上手だ。


 俺はくっ、と一つ伸びをしてから、返した。


『ま、色々言ってもやっぱり論より証拠ですもんね。

 お互い結果残せるように頑張りましょう!』


 ほどよく甘く、つかず離れず。




〈完〉





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒砂糖 @kazura1441

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ