第六章 淘汰
お告げの内容
アリスは珍しく、魔王城の玉座の間にいた。
同じ空間に、エンプティとハインツもいる。彼らは戦争直前となった今、主にやって来ていた仕事を一時停止していた。勇者達がいつやって来ても対応できるために、時間に余裕を持っているのだ。
アリスはだらしなく玉座へと座り、幹部達へ通信魔術を投げかけている。
久方ぶりに会った神。そして彼から聞かされた事実を、幹部に伝えるために。
「――と、いうわけなんだよね」
アリスが神に言われたことを伝え終えると、一同から驚愕している反応が戻る。
それもそうだろう。アリスはゴミを処理する存在で、この世界はゴミ捨て場。そう言われたのだ。
アリスを深く愛している幹部であれば、怒りに震えるのは当然のことだった。
「な……その神という存在は、本気で言っているのですか!? まるでアリス様に労働をさせるかのような……無礼です!」
『このスライム女に同意するのは、些か不愉快ですが……。その通りですぞ!』
『そーそー! 最悪だっつの!』
エンプティが声を張り上げて怒りを顕にし、パラケルススもルーシーも、通信の先で憤怒している。
当然だが彼らと一緒に生活していくなかで、こういった返答が来るのは予想できていた。だからアリスは彼らの激しい怒りを、必死に止める気はない。
優しくなだめるように、次の言葉を発する。
「まぁまぁ。とりあえずそうやって必要とされている間は、私達が死ぬ心配はないわけでしょう」
「……」
すると今度は、シンと静まり返ってしまった。
アリスとしては同意の言葉が返ってくると思っていたため、これは予想外の反応。その場にいるエンプティもハインツも、言葉を紡ぐことはない。
ただただ黙ってアリスを見つめていた。
「あれっ?」
『我々はアリス様の死など、考えたことがございませんなぁ』
「そう? 命あるもの、いずれ死ぬでしょ。私も、誰でも」
アリスのステータスだけを見れば、彼女は最強だろう。誰もが勝てないと確信するはずだ。
けれどそれは、この世界の中での範囲でだ。
アリスがもしも、別の世界に飛ばされたのならば。アリスがもしも、神によって殺されたのならば。その結果は変わってくる。
今はまだ〝世界〟に必要とされている。そうである以上、死ぬことはない。
だけど、それはいつまでか。そこまでは分からないのだ。
てっきり、幹部も説明を聞けばそこまで理解してくれるかと思っていたのだ。
アリスよりも強い存在が、この世界の外にいるのならば。いずれやってくるであろう、終わりが存在するのだと。
『や、やだやだやだぁー! アリス様が死ぬだなんて……あーし、考えたくないし!』
「る、ルーシー?」
いつも以上に礼儀のなっていないルーシーの、叫び。エンプティもパラケルススも、そんなルーシーを咎めることはなかった。
ただの我儘な子供のように喚くルーシーを、ただただ黙って見聞きしているだけだ。
「で、でもね? 相手は神様で、私と皆を作ったとも言える人だよ?」
『知らないですっ! アリス様が死んじゃうなんて、ぜーったい、ムリ! 悲しすぎてつらぴなんですケド!』
『自分も同意ですぞ』
『わ、わたくしも……』
『あたしも! アリス様が死ぬなんて、考えたくないです』
「えぇ?」
ルーシーに並び、同意だと言う幹部たち。ルーシーやエンプティだけではなく、あのエキドナですら反論していた。通信から流れてくる幹部達の言葉に、驚いているばかりだ。
アリスにはその様子が不思議に見えた。
絶対的な力の前では、人間は死を待つだけだということと同じで、アリスも神の前では同じ立場になるのだから。みな、どうしたのだろうと頭を抱えている。
アリスは不安になって、その場にいるハインツへと視線を投げた。
「ハインツも分かるよね……?」
「はい! 当然、ルーシーとパラケルススの言い分は理解できますッッ!」
「そっちじゃなくって!」
返ってきた言葉は、ルーシー達に賛同するということだった。
ハインツはそのままエンプティの方へ、同意の言葉を投げかける。エンプティはずっとこの会話の間、だんまりだったがここでようやく口を開いた。
「エンプティもそう思うだろう!」
「……ま」
「うん!?」
「アリス様! なんてことを仰るのですか!?」
エンプティは声を大にしてそういった。それどころか、まるで子供のように号泣しているではないか。
エンプティであれば、アリスの死に関して反論してくると思っていた。だからずっと黙りこくって静かな彼女を、ちょっと不安に思っていたのだが――アリスの想像以上だったらしい。
彼女にとって――幹部全員にとって。アリスの死というのは、考えることすらできないこと。アリスが死ぬかもしれないのならば、それを止めるのが彼らの仕事。使命だ。
アリスはその部分を、酷く軽く捉えていたのだ。
「えぇ?」
「相手がたとえ神であろうと、我々はその生命を全てかけてでも貴女を救います。我々の創造者たる貴女を、失うなんてこと……」
「エンプティ……」
アリスは、確実にこのまま〝最強〟で〝悪〟のまま幸せに続けられるとは思っていない。だからといって、約束できない未来を嘘で塗り固めるわけにもいかなかった。
いずれくるであろう、魔王の死。それを否定することなど、アリスには出来なかった。
だから真実を述べた。愛する子供たちに対して素直な彼女は、偽るということが難しかったのだ。
エンプティも、ハインツですらも、アリスを見て悲しげな瞳を浮かべている。
エンプティの青緑色の瞳が、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしていた。ハインツは泣き出すことなどなけれども、今までに見たことがないくらいに慈悲深く優しい瞳をしている。
通信魔術の先で、みんなそんな顔をしているのだろう。愛するアリスをなくしてしまうという、恐ろしさを告げられて。
「みんな、ごめんね」
「……っ、アリス様、謝らないでください……!」
「……うん」
死ぬ可能性を否定はしないし、意地汚く足掻くことも約束しない。アリスは謝るだけだ。
未来がどうなるかだなんて、わからないのだ。それこそ、神のみぞ知るというものだろう。
アリスがどれだけ、送られてきたゴミ処理に勤しんでも、神々たる彼らを満足させられなければそこで終わり。元々この世界に送り込まれる前に、死亡は確定していたのだ。
この世界にいること、この世界で魔王として成っていることは、ただのおまけ。ボーナスステージに他ならない。
「あー、えっと、だからね。オリヴァーと、ジョルネイダで終わりじゃない。まだまだあるってこと」
『……覚えておきますぅ』
『承知しましたぞ』
不服そうな返事だったが、幹部達からは了承の言葉が返る。
ひとまずアリスが伝えたかったことは伝えたので、あとは各々で消化して欲しい――とアリスは思った。
「…………」
じぃ、と見つめてくるエンプティとハインツ。
今回の会議では、神からのお告げを伝えたかっただけなので、これでおしまいだ。
だがこの場にいるエンプティとハインツが、まだあるだろうと視線を投げてくるのだ。通信先からの幹部達も、まだ通話を切っていない。
アリスとて、死にたいわけじゃない。もしもまだ続けることを許されるのならば、今度はゆっくり過ごしてもいいかもしれないと思った。
悪役は憧れていたが、思っていたよりも忙しかった。
組織は想像以上に拡大し、管理することも増えた。もちろんそれに伴って、慕ってくれる者達も増えていった。それは良いことだ。
当初からアリスが想像していた悪役とは、随分とかけ離れてしまっていた。それでも今は楽しいことには間違いなかった。
今も変わらず正義の味方にはなる気はないが、次を許されるならば、どこか静かなところでゆったりと暮らしてみるのもいいかも――そう思ったのだ。
自分が作った大好きな部下達、彼らと一緒にゆったりと過ごす。きっと楽しいはずだ。
「……そうだねぇ、これだけ貢献してるんだから、老後みたいな感じでスローライフでも送るのもいいかもね」
「アリス様ぁ!」
「ちょ、鼻水! 服に付くって!」
慰めるかのように、アリスが言う。
たまらずエンプティがアリスへと抱きついて、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をグリグリと押し付けている。いつもならば無礼だの不躾だの言うエンプティが、そんな事を忘れて飛びついたのだ。
これにはハインツも止めること無く、ただ静かに見守っていた。
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