未来のために

 ザワザワと喧騒が響くこの場所は、パルドウィンの冒険者組合だ。事件から暫く経過して、再び賑やかさを取り戻していた。

 今でもパルドウィンでも力を持つ冒険者達は、あの霧の恐怖を解き明かそうと奮闘している。


 力の振り方をここでしか知らない者。金のために仕方なく働いている者。ただただ暴力を振るい、金を得たい者。ここに集うのは、様々な理由がある。だがこの場にいるそのほとんどが、冒険者という肩書を有している。

 彼らはその様々な冒険を経て得た知識で、あの災いを解決しようとしていた。

 もちろん、中には恐怖を忘れようとがむしゃらに働く人もいる。トラウマを抱えて、もう剣を握れないと諦めた人々も少なくない。

 それでも新しい人材が、この組合の扉を叩くのだ。


 そんな組合はいつにもまして、ざわめきを集めていた。それは、あり得ない出来事が起こったからだった。

 ――オリヴァー達は、冒険者組合に転移させられていた。

 突然、不気味で巨大な門が生成されたと思いきや、そこから放り出されたのは見覚えのある勇者。組合の人間も驚いていたが、勇者たちも驚きを隠せずに居た。

 組合にいた人間は、武器を手に取ったり、受付嬢達はカウンターに隠れたりしている。先日の霧の事件もある。お互いがピリピリと警戒していた。

 だが出てきたのは魔物でもなんでもなく、勇者だったのだ。


「な……」

「どういうこと……?」

「今、門がなかった?」


 組合内はひどく動揺していて、状況を処理できていない。見知らぬ魔術であり、扉は一瞬にして消えてしまったのだ。無理もない。

 それにこの一瞬で起こった出来事を理解できるのは、パルドウィンに数名。その内の一人のユリアナは魔王の手中。そして英雄であり大魔術師であり、オリヴァーの母であるマリーナはこの場にいない。

 そして最も有力候補であるオリヴァーとアンゼルムは、現在その魔術の強大さをしっかりと噛み締めている最中だ。

 ゆえにまだ理解できていないこの場とは違い、オリヴァー達の表情は暗い。というより、焦っている。つい今、起こったことをどうしても報告しなければならなかった。

 もちろん、国の長――国王へ。


「……くっ……」

「オリヴァー! 城へ急ぐぞ」

「……ああ!」

「あぁー、あの! ごめんなさい! この兵士さんたち、お願いしまぁーす!」


 組合を飛び出るオリヴァーとアンゼルム。その勢いは、勇者たるものにしか出来ない素早さだった。突風がこの場を通り過ぎたかのように、目の前にはもう二人の姿はない。

 コゼットもそれを追いつつ、倒れている兵士を案じる言葉を投げて、組合を後にした。





「失礼します!」

「オリヴァー様、お待ちください!」


 城の会議室。

 バン、と大きな音を立てて侵入者がやって来る。侵入者と言っても、パルドウィンを誇る勇者・オリヴァーだった。

 会議の真っ只中であるそこに、オリヴァーは飛び込んだ。使用人らの制止も聞かず、礼儀もマナーも何もかも、それらを振り払ってまで押し入ったのだ。

 当たり前だがその場に居た誰もが困惑し、失礼な者だと視線を向ける。


「何事だ!?」

「勇者殿……?」

「ここをどこだと思っている、場を弁えろ!」

「……流石に勇者たる貴殿であっても、此度は許されぬぞ」


 ここは重要な会議の場。当然ながら、勇者であってもこのような乱入は許されない。

 彼は国を救う力があれども、国を自由に引っ掻き回していいという権利などないのだ。ましてや国に関することを話し合っている最中。その乱入は、勇者という立場でなければ、罪にすら問われるだろう。

 この場に集っていた貴族は、それぞれ怒りを見せた。もちろん、この場において中心である国王も同じだ。

 他の貴族のように怒鳴らずとも、静かに怒りを見せていた。

 オリヴァーとて、この状況は理解できている。自分がどれだけ愚かな行為を働いたということも。しかし、つい先程の出来事に比べれば、些細なことなのだ。


 元から魔王を見逃したという点で、権力を有する貴族の中でも、オリヴァーの存在を疑問視されていた。そんな彼が会議を邪魔しにやってくれば、疑問は確信へと変わる。

 貴族の中にうっすらとあった、オリヴァーに対する非難の目が強まるのだ。

 飛び込んだオリヴァーをフォローするように、アンゼルムが口を開いた。急ぎすぎて礼儀も何もかも置いてきたオリヴァーとは違い、冷静な口調で語りかける。


「今回ばかりは、許す許さないの問題ではないのです」

「……ヨースの跡取りまで」


 アンゼルムがオリヴァーをフォローするように口を挟む。殺意をも帯びたような目線が、アンゼルムへと貫いた。普通の人間であれば、己の立場を鑑みてそこで怯え始めるだろう。

 しかし今はそれどころではない。自分の命だけではなく、国――世界の未来がかかっているかもしれないのだ。


「無礼とは分かっておりますが、お聞きください。この会議が、この先二度と開けなくなりますよ」

「――何?」


 本来であればオリヴァーの口から話すべきだろうが、一貴族の跡取りとして教養のあるアンゼルムが前に出た。

 ヨース家は代々国に尽くしている。跡取りであれば、この場で発言しても多少は問題がない。

 彼も焦っていたものの、口から出る言葉は酷く冷静だった。次期当主にふさわしい言葉遣いに、話の聞き取りやすさ。理解のしやすさ。

 それらも相まって、つい先程までオリヴァー達が体験していた、この世ではありえない状況がよく理解できた。


 まだ怒りと混乱に取り残されていた貴族たちも、アンゼルムの言葉に理解が深まっていく。

 そして、アンゼルムが話を続けていけば、彼らの顔はどんどん曇っていった。その表情の変化はまさに、「オリヴァーが飛び込んで来たのも頷ける」と言っているようだった。

 アンゼルムは焦らないよう、冷静さを欠かないように話を終えた。

 アリス・ヴェル・トレラントという新たな魔王。宣戦布告を行われたこと。ユリアナの所在。マイラを殺したこと。


「……それは、本当か」

「ええ。以前の魔王が、新たな魔王と代わっていました。俺達はイルクナーに着いて、アベスカへと向かっていたのですが……」

「ああ、ああ。わかる。聞いておる。貴殿たちを送った記憶はある。部下からも出航したと聞いたが……」


 時間を作れず、国王自身はオリヴァーたちを見送りできなかった。代わりに彼の側近である貴族が、勇者たちを見送り、報告を上げていた。

 しかしそれは、数日前のこと。パルドウィンからイルクナーまでの距離を考慮すれば、片道分の時間だと分かる。

 だから今ここに、目の前に、オリヴァーたちが立っているのは、おかしなことなのだ。

 見送りを行った部下が、嘘をついた。そんなはずはない。

 つまり、オリヴァーたちの言うことは、本当だということなのだ。


「……そう、か」


 国王は、椅子へと深く座り込んだ。頭を抱えている様から、オリヴァー達の言葉を重く受け止めたのだと分かる。まずはことの重大さを伝えられたという点で、第一関門を突破したといえよう。

 それは会議に出席していた他の貴族も同じだった。全員がお互いの顔を見やり、様子を伺っている。どう考えてもいい状況ではないのは、確かだった。

 一人の男が、恐る恐る口を開く。


「どうされますか、国王陛下」

「……会議を続ける」

「国王! 俺の言ってることは嘘では――」


 重苦しい声で、国王はそう発言する。オリヴァーもそれには驚いた。まさか受け止めてなお、今この会議を続けるというのだ。

 無礼だと分かっていつつ、オリヴァーは叫ぶように抗議する。このままでは終わってしまう。魔王から守りきった世界が、再び崩壊してしまうのだ。それだけは阻止せねばならなかった。


「あぁ、だから続ける。これより、この会議は魔王との戦争に関しての話し合いに移行する」

「……!」

「座り給え、国を――未来を救おう」

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