開幕宣言
「おお、こんなに。よくまぁ、すぐに集まったね」
魔王城、バルコニー。
アリスはバルコニーから眼下を見下ろして、そう呟いた。巨大な城に広く取られた敷地には、アリスが支配下に収めていた魔物や魔族がひしめき合っていた。
弓を手入れするもの、強固な鎧を纏うもの。魔力のチェックをしているもの。誰もが戦闘に向けての支度を整えており、ザワザワとざわめき合っている。
口々に発せられる言葉は不安などではなく、戦いに向けての闘志や喜びばかりだ。
それもそうだろう。前代の魔王であるヴァルデマルは、あの勇者に怯えて頭を下げた。床に額を押し付けて、見逃してくれと懇願したのだ。その行為に酷く失望し、ヴァルデマルが束ねていた魔族達は散り散りになった。
実際あの場にいたのならば、ヴァルデマルの判断は正しいと分かっていただろう。だが、あの場に居たのはヴァルデマルと右腕であるヨナーシュ、フィリベルトだけだ。
そんな中、圧倒的な強者としてアリスが現れた。その強さに関する噂は、すぐさま森の中を駆け巡った。実際に対峙して部下になるもの、噂を聞いて自ら志願するもの。それは多種多様ではあったが、かつてヴァルデマルが配下としていた魔族達は、今となってはアリスのものになっていた。
「こういうときのために、元々近辺にいるよう躾をしてあります」
「へー、そっか~」
常日頃から、決戦に向けての準備はしているものの、あちら側の動向ですら管理できるわけではない。だからいつも魔族達には、すぐに出立できるよう近辺で待機しろと命令してあるのだ。
魔族達もそれを否定することなく受け入れている。何よりも、稽古や訓練してくれる存在が、魔王城に常駐しているのだ。そういうことを加味して、彼らも近くにいたほうが利点になる。
少々言い方が引っ掛かったが、もはや気にしている暇もない。アリスはエンプティの発言を無視し、ハインツの方へと向き直る。
「それで、練度はどれくらいなの?」
「はッ! 私のスキルに耐えられる程度には高いかとッ! しかし死にはせずともッ、極度の疲労を伴うのでッ、良くて2回が限度ですッッ!」
「十分だよ。マイラが連れてきていた、
「それは当然ですッ!!」
以前、マイラを殺した際にもハインツのスキル〈
このスキルはレベルやステータスが低い相手だと、後遺症――最悪の場合、生命すら奪うこともある。それだけ強力だということなのだ。
しかしそれ相応のスキル効果が得られる。攻撃力は大幅に増加し、防御力も上がるのだ。普段では有り得ない力が出せるというもの。
ハインツを始めとする幹部たちが、率先的に部下を育成していたのはこのためでもある。もちろん、アリス率いる軍が少しでも弱いのが許せなかった、というのもあるが。
「じゃあ軍の指揮は、ハインツに任せるよ」
「お任せ下さいッッ!」
「よし……」
アリスはバルコニーの前へと出た。視線を向けるものもいれば、まだまだ各々で会話を続けている者たちもいる。
これより始めるのは、開戦にあたっての演説だ。だから誰もがアリスに注目せねばならない。
そんなわけで、アリスは魔術を展開した。拡声器やマイクにも似た役割を果たしてくれる魔術だ。
「聞け、我が軍たる魔族達よ!」
アリスがそう告げれば、一同の目線はバルコニーへと集中した。喜びの声が上がってきている。
少し前ならば、アリスに対する恐怖が植え付けられていたため、アリスを見るなり怯えていただろう。だがアリスが味方だと知れば、それは変わる。あの圧倒的な強者であるアリスが、己の上に立つもの。新たな魔王。
情けないくらいに敗北した魔王戦争が、希望に満ち溢れてくる。今度こそ、勝てるのではないか。それも尋常ではないほどの、綺麗な圧勝を刻めるのではないかと。
何よりもアリスは、彼女が普段から耳にタコが出来るほど言っている「邪魔しなければいい」という言葉。
邪魔がなければ無関心だし、協力的ならば手を差し伸べてくれる。暇なときに顔を出しては、訓練を見学していたし、怪我をすれば治してくれた。
打ち解ければ変な高圧的な態度もなくなった。人間らしさと魔族らしさが入り混じった、おかしな人物だったが、そんなことが気にならないくらいには部下たちに気に入られていた。
「私はアリス・ヴェル・トレラント。お前達を率いる魔王である」
おおおお! と、知っているものも知らないものも、声を上げる。見たことはなくとも、名前だけはみなが知っていた。
初めて見るものは、その様相の不思議さを頭に刻み込んでいる。見知ったものたちは、アリスに対する感謝や喜びを歓声などで、態度に表していた。
「これより、我が軍は戦争へと移行する。勇者には宣戦布告をした。数日――ないし数週後に、奴らがこの大陸に降り立つだろう」
勇者達が再びこの土地にやって来るには、きっと時間がかかる。
それはジョルネイダとの戦争から、まだ日が浅いこと。絶対的な力を持つアリスに対抗する、備えがなにもないこと。
アリスは時々自由奔放であれど、出来るだけ目立たぬようコソコソと動き回っていた。それが功を奏したのだ。
そして地道に、着実に準備を進めていた軍は、ほぼほぼ完成していた。これもハインツ達の努力のおかげだ。
アリスが旅行や、新しい土地の開発に勤しんでいる背景で、ハインツ達は軍を育てていた。決して優しい訓練ではなかったが、彼らはハインツに必死についてきた。そして今がある。
人間では耐えられなかったスキルに耐えることができ、ただの人間の兵士相手ならば、引けを取らない。まだまだレベル200の幹部やアリスには、足元にも及ばない。それでも、及第点とも言える仕上がりになるまでは出来上がっているのだ。
「君達が戦うのは、彼らの大部分を占めるはずの、人間の軍だ。指揮官はわかっているだろうが、ハインツに委ねる」
「うおぉおぉ!」
「ハインツ様ぁああぁ!」
アリスが指揮官を指名すれば、この場の熱量はより一層大きなものになった。共に訓練してきた仲として、部下たちに慕われているのだ。
何と言っても真面目で熱血なハインツだ。アリスのために軍へと入った魔物たちが質問をすれば、真摯に答えてくれる。それが魔族の中では良いことだったのだろう。
部下をただの武器だと思わず、蔑ろにしない。そんなところに惹かれたのだ。
……もちろん、同じく指導をしていたベルとエンプティは――同じとは言えない。
エンプティは「アリスにつくのは当たり前のこと。アリスのために命を捧げるのは弱者の役割」と思っているし、ベルにとっても似たようなものだ。
だからこそ、彼らの中で〝ハインツ〟という幹部は重要視されたのだろう。
「うげっ、ハインツってば、ちょー人気なんですケド〜」
「意外だね〜」
「あいつら、結構熱いやつらだからな。ハインツ殿の熱血指導が気に入ったんだろ。見たことねぇか?」
湧き上がっている眼下を見下ろして、ルーシーが顔を歪めた。彼女はこういった〝熱い展開〟などは好かないのだ。これはアリスが〝設定〟した性格であるがゆえに、仕方がないことだった。
「あーしはそーゆーの、無理よりの無理ぃ」
「あっははは、そーかよ。まあルーシー嬢は苦手そうだな」
そんな談笑をしていると、アリスの演説が終わった。
「――では、健闘を祈る」
「ウオオオ!」
「アリス様万歳!」
「魔王軍に栄光を!」
「勝利を!」
広場は熱気でいっぱいとなった。これ以上ないくらいに、闘志にあふれている。果たしてヴァルデマルが率いていたときも、こうだったのだろうか。
今となってはどうでもいいことだ。
アリスが頂点に君臨している今、ヴァルデマルのように頭を下げて命乞いをするということは有り得ない。勇者オリヴァーのほうが、アリスよりも弱いのだから。
「ふいー、こんなもん?」
「素晴らしいですわ、アリス様。もうキュンキュン致しました♡」
「うん。じゃあハインツ以外の、みんなの役割分担を伝えるね」
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