邪竜との決戦
イルクナー上空では、轟音が鳴り響いている。遠くからでも聞こえるくらい、激しい戦闘が行われていた。
時々大きな爆発が起こり、爆炎が散って、青々とした空の色を変える。イルクナーは、もはや別の場所となってしまっていた。
鮮やかな港町は、もうそこにはない。
小さく飛びまわるに何かと、微かにドラゴンだと視認できる魔物。その二つが空中で戦闘を繰り広げている。
そんな空で時々白くきらめくのは、ドラゴンのブレスだ。容赦なくその小さき正義を襲っている。圧倒的な冷気を伴うそれは、あたったらひとたまりもないだろう。
それに応戦するように、小さき者の放った魔術が光る。的確に龍を狙い、ごうごうと激しい音と共に光を放ち、そのドラゴンを射抜かんとしていた――。
――ハインツのブレスが、アリスの左腕をかすめる。ただほんの少し掠っただけだというのに、ピシパシと高い音を伴って左腕が凍っていく。これぞ彼のブレスの威力だ。幹部でなければ、無事では済まない。
アリスの腕はたちまち凍傷となった。凍ってしまったことにより、腕はガチガチに固まり、動きを止める。
その腕に対して、アリスはふっと息を吹きかける。ただの息ならばまだしも、口から出てきたのは炎だった。ハインツの圧倒的な氷のブレスを解かすと、今度現れたのは火傷で動かなくなった腕だった。
しかしそれも、ものの数秒で完全に治りきってしまった。痛みこそ伴うものの、有するスキルによって数秒待てば完全回復出来るのだ。アリスだけができる荒業である。
「チィッ……」
アリスは隠そうともせず、大きく舌打ちをした。
ハインツの氷のブレスによって、一進一退を強いられている。体のどこかが凍れば動きが止まり、それを解かすのに時間を要する。そればかりに気を取られていれば、戦闘が疎かになってしまう。完全に相手のペースだ。
何よりもアリスとドラゴン形態のハインツでは、体格の差がありすぎる。移動にも差が出るし、巨大な口から吐き出されるブレスは、避けるのも一苦労だ。
ハインツは幹部の中でも、ステータスはトップクラス。体力値もさることながら、攻撃に対する耐性が非常に高い。だからこそなかなか体力が削れず、苦戦を強いられているのだ。
(あーあ……もしや、対人バフが発動してたりする……? 私の種族には亜人種も含まれてるし、微量に発動しているのかも……)
ハインツの有するスキル、〈
純粋な人間であれば、その力を全て発揮できるだろう。しかしアリスは欲張った結果、〝混ざり物〟だ。魔物も混ざっていれば、亜人種も混ざっている。
スキルがどういう形で判定しているのかは、アリスには分からない。しかしそれでも、この戦闘においての進行具合の悪さ。それを考えれば、〈
もちろんアリスがそれに耐えられないわけではない。アリスはエキドナの常時発動スキル〈
だがこの戦闘は、いわば〝宣伝〟だ。演技をして、敵と味方を生み出し、アリス・ヴェル・トレラントの素晴らしさを広めるためのもの。戦闘が長引けば長引くほど、アリスに対する安心感や、信用度に関わってくる。
街を地獄に変えた邪竜を、一瞬で倒した強者。颯爽と現れて、素早く処理していく。それがベスト。
「しょうがない……! ――〈
「――!!」
アリスがスキル・〈
〈
効力が強いスキルであり、下手に低レベルに対して使うと、戦意だけでなく全ての気力を喪失させる。何かを成し遂げたいという気持ち、生きる気力。それら全てを奪い去る。感情を失い、傀儡になってしまうことから、余り使うことのないスキルだ。
だがハインツのように強い相手ならば、純粋にその名の通り戦う気だけを削ぐことが出来るのだ。
「申し訳ありませんッ! アリス様!」
「ホントだよ! ハインツともあろうものが、楽しみすぎ!」
「して、アリス様は!?」
「楽しかっ――じゃなくって!」
アリスも十分楽しかったのだ。まともに張り合える相手と戦うなんて、滅多にない事。幹部レベルではないと、アリスの手合わせは出来ないのだから。
故にアリスもちゃっかり楽しかったのだが、作戦がある以上素直に言うわけにもいかない。我儘の権化であるアリスなのだから、ここで言っても問題はないが――勇者は、刻一刻と近付いている。とっとと街の侵略なんて終わらせて、備えねばならない。
「もう、本題戻るよ。せっかく魔術を展開してるんだから」
「はっ!」
アリスが〈
もっとも演技とは言え、かわいい子供たちが殺し合おうとしているのは、彼女としては見ていられない――というのも理由の一つだ。
そんなわけで、アリスは今回この魔術を使用したのだ。ハインツが興奮して本当に戦いを挑んできたのは、それはそれは想定外だった。
「ほりゃ。なんとかビーム」
アリスが適当な技名をつぶやき、それらしい動きをつける。陸からはほぼ視認できないだろう。
しかし、派手なエフェクトは遠方からでも見えるだろう。〈
アリスの手から、物凄い光が放たれたのだ。空を覆うのではないか、というくらいの激しい光だ。それは誰もが、あの邪竜へ攻撃しているのだとわかった。その光はハインツに放たれて、そのまま彼を包み込んだ。
もちろん、幻覚だ。ただそれっぽいエフェクトが空一体を覆っているだけで、実際ハインツに与えられたダメージは一つとしてない。
「会話が聞こえない場所だからと、手を抜きすぎです!」
「もう~いいじゃん。ほい、〈転移門〉」
ぎらぎらと光のエフェクトの中、アリスは〈転移門〉を生成した。サイズは人間サイズだ。ハインツはそれを見ると、徐々に人間態へと姿を変えていく。
ハインツは〈転移門〉の前に立つと、アリスへ向けて敬礼をした。
「ありがとうございます!」
「エキドナに〝娘〟二人を回収するよう言って」
「クリーチャー・ホムンクルスはどうされますか!?」
「適当にディオンと蹴散らすよ」
「承知しましたッ! ではお先に失礼させて頂きます!」
ハインツが無事に〈転移門〉の中へと入って行くのを確認すると、アリスはすぐにエフェクトをやめた。地上からは、アリスの強大な魔術がハインツを滅ぼしたように見えるだろう。
あれだけ街を破壊し尽くしてきた邪竜が討伐された。イルクナーの人々は、感謝してもしきれない。そして計り知れない力を持つ彼女に対して、様々な気持ちを抱くだろう。
恐怖か。信仰か。それは人によって異なるだろう。アリ=マイアが深く信じられ、根付いているイルクナーにとって、アリスを新たな神として取り入れるのは難しいこと。
だがそれを得意とする部下だっているのだ。彼女を神として仕立て上げられるよう、励んでもらうほかない。
「よし。〝邪竜〟は片付いた。地上に降りるか」
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