次の侵略
「やぁ、レイモンド。どうだった?」
短い旅を終えて、レイモンドを迎えたのはアリスだった。
連れ回されたのにも関わらず、レイモンドは顔が比較的明るい。というより、アベスカの現状を見てどんな反応をするのが正しいことなのか、まだ分からないのだろう。
「……なんというか、貴女様でないと成功しない国の形と見受けられました」
「それは……褒めていると受け取っておこう」
様々な意味合いで受け取れる発言だったが、敵意も殺意もない相手に、これ以上の負荷をかけるわけにはいかない。傘下に入るのは決まったことであるし、アベスカの今を見てきて複雑はあろうが、マイナスにしか受け取れない発言はなかった。だからこれ以上深く踏み込むのは辞めるのだ。
ここで悪意と受け取って、滅ぼすことだって出来る。だがアリスはそれをしない。
イザークが潰したあの島国のように、まっさらな状態で作り替えられるのは楽だ。しかしそこに民がいなければ、果たして国と言えるのか。それはイザークにも問うたことである。
「……私は今ウレタとエッカルトで、魔術師を育てている。学術と実践に分けて、学校を開くつもりだ」
「……はい?」
ふと、アリスは思い出した。今やっていた事業のことだ。アベスカで人員を募っていようが、それに限界はある。一番被害にあっていたアベスカは、人口も少ないことから立候補も少ない。
それにアリ=マイア全てを手中に収めるのならば、アベスカ以外からでも学生を募っていいのだ。
「もしもオベールで立候補者がいれば、試験をする機会を与えよう」
「あの……」
「どうした。質問があるならさっさと言え」
レイモンドは口をモゴモゴとさせて、ハッキリとしない。うまく思考がまとまらないのだ。情報が一気に押し寄せて、混乱している。
アベスカの現状を見ただけでも驚きなのに、今度はアリスが人材育成までしているというのだ。一体、目の前にいるこの魔王は、どこまで人間を驚かせれば気が済むのか。それとも、無知なだけでこれが世界の王としての常識なのだろうか。レイモンドは一人、悩む。
そして、口ごもった彼は、アリスに急かされてやっと言葉を続けた。
「我々は……捕虜ではないのですか? 占領された奴隷と、成り下がるのでは……」
「馬鹿を言うな。勇者と戦うにあたって、土地を管理していなければ不安だっただけだ。アリ=マイアは地続きだろう?」
「……」
アリスの言葉に嘘はない。手の届く範囲の国は、全て支配しておきたいだけだ。アベスカはこの大陸における、最南端の地。ここに至るまでに、国境を二度ほど通らねばならない。
だからもしも、アリ=マイアの大陸に侵入者や、歓迎するべきではない来客がやって来た場合――そしてそれが、アベスカへと向かっていた場合。情報は一刻も早く欲しい。
中継地点であるオベールは、そういう理由もあって手中に収めておきたかった。
「それに、アリ=マイアは魔術が弱すぎるからな。いい機会だろう」
「そう、ですね」
レイモンドはチラリと国の惨状を見た。アリスの言う通りだった。たった数名の魔族で、国は半分も滅んでしまっている。抵抗虚しく……と言えればいいが、実際は一方的な虐殺だ。実力が開きすぎている相手に、自分達が殺されていくのをただじっと待っていたにすぎない。
だからアリスの言う〝弱すぎる〟という言葉は、痛いくらいに心に刺さる。
「心配するな。あとでちゃんと、ウレタとエッカルトも見せよう」
「はあ」
もうアベスカを見ただけで説得力がある。レイモンドは返事する気力もなく、はっきりとしない返答をした。
国王を説き伏せた――諦めさせたことで、アリスの目的は別へと移る。勇者が此方へ来るまでに、アリ=マイアを全て手中に収めねばならない。
くるりとイルクナーの方角へ向き直ると、出立する準備に取り掛かろうとする。具体的には〈転移門〉だ。
「さて、このままイルクナーに向かうか……」
「アリス様……」
魔術を展開しようとしたアリスに、エキドナが話しかけた。彼女の様子からして、なにかの意見があるということだ。
この世界にやって来たばかりの彼女と比べれば、大層な成長である。最近は意見を述べることも増えて、話し合いがより賑わうのだ。
それになんと言っても、今連れている幹部はエキドナのみだ。お喋りなルーシーも、アリスに話しかけたがるエンプティもいない。それに甘んじて意見をしなかった彼女だが、補佐に回った以上それは許されない。
誰かが意見を出すのを待っているのでは、遅いのだ。思いついたならば、言わねばならない。
「ん?」
「イルクナーこそ、恐怖政治は避けるべきでは……御座いませんか、御座いませんか……?」
「あー……」
イルクナーはアリ=マイアの玄関だ。強敵となり得るパルドウィン、そしてリトヴェッタ帝国に一番近い場所にある。
つまりアリスに敵対している人間と、
なによりも、船という足がある。魔術で通信が取れる技術がなくとも、船を出してしまえばそれが可能となる。少なくとも、アベスカの人間がパルドウィンなどに密告するよりかは速い。
裏切る可能性が大いにある以上、イルクナーの制圧はより一層慎重にならねばいけない。アベスカのように、心からアリスを敬愛するような国を作らねばならないのだ。
「でもどうやって? アベスカを懐柔したのは、時間が掛かったけど出来たこと。そう簡単に……」
「出来ましょうとも……」
そう、アリスがヒーローになればいいのだ。それこそ本来、ウレタでやろうとしていたことだった。イルクナーを恐怖や心配事から救い出して、彼女が素晴らしい存在であると認めさせれば良い。
手っ取り早い方法だが、確実だった。
問題なのは、イルクナーにその〝心配事〟が存在しないということ。取り除くべき要素がないのであれば、エキドナの言うこの計画は破綻してしまう。
「なるほど……でも、イルクナーはアリ=マイア連合国きっての優良国だ。魔物に襲われる心配要素もなければ、国民は信心深いアリ=マイア教徒だよ」
「えぇ……ですから、ですから……。新たな敵を生み出すのです……」
「まさか……ひとつ芝居を打つってこと……?」
「はい……」
アリスはそれを聞くと、ブルブルと震えだした。
エキドナは「なにか不味いことを言ってしまったのでは……」と心配していたが、次のアリスの発言で全てが杞憂となった。
「なにそれ〜! 楽しそうじゃん! 案はあるの!? ないなら考えていい!?」
「勿論に御座います……」
キラキラと目を輝かせているアリス。エキドナの提案した内容は、有り得ないくらいに彼女に響いた。
過去の麻子としての彼女は、〝物語〟が好きだった。内容は……どうであれ、誰かが演技しているものを見るのがとても好きだった。時々妄想をしたこともあったが、それを形にする技術など持っていなかった。
友人もこれと言っていなかったし、ただただ毎日、何かを見て感銘を受けては、吐き出す場所のない想像を生み出すだけ。
何がいいたいかと言えば、演じることに興味があった。正義の味方というのが少しだけ引っ掛かるが、一刻も早くイルクナーを手にしたい彼女にとってたいした問題ではない。そこは勇者を殺すことで、解消するのだ。
「城に戻って人を連れて来なくちゃ。エキドナはこっちが落ち着くまで、監視出来る? あと、娘を借りたい」
「おまかせくださいませ、くださいませ……」
アリスはオベールから魔王城へ戻ると、早速ハインツらを捕まえて内容を話した。アリスに仕える彼らが拒否するはずもなく、それら全てを受け入れた。
簡単に言えば、作戦はこうだ。
まず、幹部がイルクナーを襲う。そしてそこへ、救世主であるアリスが登場するのだ。混乱に陥った国を、颯爽と登場したアリスが救う。それが計画の中身。
だが救世主とはいえ、そう簡単に信じてはくれない。だから待つのだ。じっと、タイミングを待つ。ただ街が崩れただけでは、数名の兵士が死んだだけでは心は揺れ動かない。
平穏な毎日が、もう二度と戻らないのではないか、と泣き出して、死を覚悟するくらいに。愛する人が死んでいくさまを、ただ見ている他ない絶望を味わったあとに。――まるで、女神のように登場する。
そんな計画に選ばれたのは、ハインツだ。彼は敵として仕事をすることになる。そして彼の〝部下〟としてサポートをするのが、エキドナの娘たち――キマイラとヒュドラだ。
ヒュドラには毒攻撃があるが、今回もそれを禁止にした。人間程度は、治す間もなく死んでしまうからだ。解毒方法も簡単ではなく、高ランクの魔術でなければ完全に効果を消せない。
この作戦ではイルクナーを滅ぼしに来たわけではないので、そう簡単に死んでしまっては困るのだ。
そしておまけとして、低レベルのホムンクルスを数百体用意する。見た目も化け物らしく、クリーチャーのような容姿を生成する。
それらを倒し、賛美される側。ヒーローとしての役割を担うのは、当然アリス。補佐にパラケルススとユータリス、そしてディオンだ。
パラケルススとユータリスは、もはや布教で必要なセットである。神の御業とも言えるその治癒能力で人々を癒やし、絶対的な信頼を得る。そして綻んだ心の隙間に、ユータリスという営業を入れる。生まれそうな〝顧客〟を逃して離さないためだ。
ディオンは火力不足を補うためのサポーターだ。ハインツ、キマイラ、ヒュドラの三人の相手は、演技としての戦闘が発生する。その三人相手であれば、パラケルススでもユータリスでもうまく立ち回れるだろう。しかし、クリーチャー・ホムンクルスは制御が効かない。
ある程度の民を減らす前提でクリーチャーを生成しているので、国民がそこそこ死んだところで問題はないのだが――全て死んでもらっては困る。と言っても、パラケルススとユータリスでは少々力が弱いところがあるので、対ホムンクルスの戦闘はディオンが働くところなのだ。
何よりも幹部で一番人らしい彼女だ。人命優先で戦うはず。
しかも長い間戦いの場に立っていたこと、民を懐柔させる――人を引き付ける次期国王としてのセンスもある。幹部において適切な人選とも言えるだろう。
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