焦燥感

 パルドウィン王国、冒険者組合――

 あの黒い霧の大混乱から、数日経過していた。相変わらず主な活動は霧による影響調査だったが、徐々に元の依頼も復活しつつある。

 探索や救護に向いていない弱い冒険者にとって、これ以上調査活動が長引いてしまうと収入に問題がある。それに普段の生活を取り戻しつつある一般市民も、元の生活をより良くするために依頼をしなければならない。

 そのため、現在まだ調査を行っているのは、ランクの高い冒険者のみだった。


 そんな組合内は、現在気まずい雰囲気に包まれていた。要因のひとつは、組合の中心に虚しく倒れている椅子。そして、それを蹴り上げたのは、あのオリヴァー・ラストルグエフだった。

 普段の彼の品行を知っていれば、こんなことが有り得ないのは分かるだろう。


 彼に起こった出来事を聞いた人ならば、ここまで荒れてしまうのも当然だと思うはずだ。いつもは見ない怒りを顕にしているオリヴァーを見て、怯える人も出てくるかもしれない。この場にマイラがいたのならば、きっと怯えていただろう。

 しかしマイラもいなければ、ユリアナもいない。五人もいた勇者パーティーは、今となっては三人まで減ってしまっている。


「……オリヴァー、落ち着け」

「落ち着いていられると思う? あの襲撃から何の進展もない!」

「オリヴァー。それは僕達も同じだろう」

「だから?」


 アンゼルムが冷静に彼を止めているが、オリヴァーは聞こうともしない。ユリアナが行方不明になってはや数日。普通に考えれば、この長い間消えていると死亡しているという話も浮上する。

 魔物や魔族が蔓延るこの世界では、特に一日二日の時間が命に関わる。ユリアナはもう一人の体ではないため、余計にそれが心配される。


「……お、オリヴァー。まだ混乱がおさまってないんだから……」

「君は黙っててくれない!? そもそも君のせいで――」

「ご、ごめ……」


 コゼットもオリヴァーを宥めようと参戦するが、火に油を注ぐようなものだった。ユリアナが誘拐されたのは、コゼットのせいだ。彼女とアンゼルムのアリバイなどを聞けば、完全にコゼットのせいではないと分かっている。

 しかし、それでも。ユリアナを失って不安定になっているオリヴァーにとって、相手が分からないオリヴァーにとって――何かに理由をつけて怒りをぶつけないと、やるせないのだ。

 アンゼルムも、あのオリヴァーがコゼットに当たるとは思わず、焦りを見せる。このまま組合で暴れられても、周りの迷惑になってしまう。彼を外に連れ出そうと提案した。


「せめて場所を変えよう。な?」

「……チッ」


 オリヴァーはユリアナが見つからない日が増えていくたびに、その不安定さも増していった。周りにはなんとか「黒い霧の影響だ」と言い訳することで、〝勇者の体裁〟を守れていた。しかしそれにも、限度というものがある。


 組合は日々調査を行っているが、その進捗は芳しくない。あの時に見たものは、魔術に発展したパルドウィンですら知らない魔術だった。学者や研究者を総動員しても、あの謎の現象は分からない。

 体調が戻っていった国民は、普段の生活に戻っていったとは言え、根底に残ったトラウマが消えたわけではない。たった数日であの地獄の瞬間を忘れ去れるはずがなく、ふとした瞬間に思い出しては怯えている。

 いつもの日常を取り戻せたと喜んでいるが、彼らの心の底に生み付けた絶望は、まだ残ったままだ。


 オリヴァーは組合の外に出て風を浴びれば、少し頭が冷えたらしい。己の行いを反省したようで、申し訳無さそうに佇んでいる。


「……悪かった」

「仕方ないことだ」

「…………アンゼルム」


 ユリアナが消えて苦しいのは、オリヴァーだけではない。仲間として、アンゼルムも心苦しい。コゼットに至っては、自分のせいで親友のユリアナが行方不明になってしまったのだ。

 たとえオリヴァーに怒鳴られて責め立てられても、反論出来ないくらいには悲しんでいる。


 三人も必死に足掻いて調査を行っていた。しかし手に入るのは、調査当初とさして変わらない情報ばかり。時間が経つにつれて、痕跡も消えていく。人々は思い出したくないと記憶を閉ざす。日を追うごとに調査は難航していった。


「そ、そういえばさ。アタシ達と戦った相手に、ダークエルフがいなかったっけ?」


 なんとか話題を捻り出そうと、コゼットが頭を使う。いつもはそんなことをしないコゼットだったが、彼女も考えざるを得ない状況に陥ったということだ。

 あの時対峙した相手のことを思い出せば、同時に相手していたアンゼルムもぼんやりと思い出していく。

 アンゼルムは気が動転していたことと、気絶していたことで記憶が所々欠けていた。コゼットも早々に大怪我を負って、退場してしまったことで覚えていることが朧げだ。


「……そう、だったな? 気絶したせいで、どうも記憶があやふやなんだ」

「………………ダークエルフだって?」


 だがその小さな情報は、オリヴァーにヒントを与えるにはちょうどよかった。

 ダークエルフは、人間から考える分類からして魔族に値する。〝亜人〟という曖昧な立ち位置もあるが、その長く生きる年数や人間とは桁違いの能力値から、純粋な人間種からは敬遠されてきた。

 そしてそんなダークエルフは、一応各地に点在している。しかし、主なテリトリーはアリ=マイアに広がる大森林だ。あの地域は人間にとっても、魔族にとっても快適で住みやすいのだ。ダークエルフのみならず、大抵の魔物や魔族はあの森に住んでいると言われるほどだ。


「まさか……。この事件は、魔王が絡んでいるってこと?」

「それはまだわからないだろう」

「でも可能性としては大いにあるだろ。国王に再調査を進言してみる」


 何も分からなかった状況が、一気に覆った。

 元々魔王を生かしておいたオリヴァーの過失――とも言えるだろうが、あの当時ではのだ。見逃すという強者にのみ許された選択肢が可能だった。

 しかし今はそれが逆転していた。あの時オリヴァーに対して、〝逃走ではない〟と言った男。例え計画の一部だったとしても、あの行為はオリヴァーが魔王に行ったものと同じだ。

 強者故に出来た〝見逃す〟という行為。男が逃げたのではなく、オリヴァーが逃されたのだ。


「これ以上勇者パーティーの人員が損なわれるのは、王としても見過ごさないはずだ」

「そだね。すぐオッケー貰えるかも……!」


 そうと決まれば、三人は国王の元へと急いだ。




 三人のような国民にも広く知られた勇者一行であれば、国王との謁見にも約束を取り付ける必要はない。城にやって来てすぐに王へと面会を求めた。

 いつも余裕綽々であるオリヴァーが、ここまで急いで焦っている様子が珍しい。王も緊急事態だと理解したのか、他の予定もあっただろうに、オリヴァーを優先した。これもある種の勇者の力とも言える。


「どうした?」

「お忙しいところ、申し訳ありません」

「よい。勇者の頼みとあらば、いつでも時間をあける」

「ひとつ、お願いがありまして」


 オリヴァーは、先程三人で考えたことを話した。再び魔王が動き出したのではないか、と提案すれば王の顔も曇っていく。

 ジョルネイダとの戦争で、完全な勝利を手にした矢先にこれだ。パルドウィンに休まる時間など許されていないかのようだった。


「分かった。すぐに隊を編成しよう。だが慎重にな。数も少ないぞ」

「感謝いたします」

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