迷い子2
アンゼルムとコゼットが覚束ない足取りで暫く歩いていると、前方に人影が見えた。背の高い、二人の人影だ。濃霧と距離の具合で、様子は確認できない。
「……君達! 街のものか? 冒険者組合まで案内するから、そこで待機するんだ!」
「待って、アンゼルム。なんか変だよ……」
「何?」
アンゼルムとコゼットが、その二人へと歩みを進める。アンゼルムが声をかけながら近寄っていくが、〝動物的直感〟なのか、コゼットが違和感を感じ取った。
普段から動物と触れ合う事が多い彼女は、そう言った第六感のような直感に優れていたのだろう。
彼女の受け取った違和感の通り、目の前に現れた二人組は危険で異質な存在であった。
「おい、エキドナ嬢。あいつらってあの御方が言ってた、勇者の仲間じゃねぇの? 俺達運がいいな!」
「そうで御座いますね……。ちょうど仲間の方とは……分散して頂いたようですし……。非常に喜ばしいですわ、喜ばしいですわ……」
姿は見えずとも、何を言っているかは聞き取れる。アンゼルムが耳にした言葉は、明らかにおかしい。
一人の言い方はまだ意味が通じれど、もう片方の女が言う言葉はまるで――勇者一行がばらけて喜んでいるようだ。
アンゼルムはそこに来てやっと警戒をした。いつでも魔術を発動できるように集中すると、横に並ぶコゼットに注意を促す。
「……コゼット」
「わ、分かってる」
コゼットも、勇者の仲間として年単位で一緒に戦ってきた。こういった状況で気を抜くほど馬鹿ではない。
普段あれだけアンゼルムに馬鹿にされていようが、それでもアンゼルムたちについてこれている熟練者だ。
あの世界の頂であるオリヴァーと一緒にいても、周りから咎められないくらいには、コゼットも優秀なのである。
「つーか、戦うにあたって俺らもこの霧……邪魔なんだけど」
「ルーシー様にお伝えしましょうか……」
「おう!」
――などと言う会話のすぐあと、アンゼルム達を包んでいた黒い濃霧は晴れていく。アンゼルムは自分達では分からなかった霧の正体が、たったの一瞬で晴れていくことに困惑した。
そして会話を聞いていれば、この霧を生み出した正体の仲間であることは歴然。
より一層警戒を高めた。
アンゼルムとコゼットの前に表れたのは、蛇のような柄の独特なドレスに身を包んだ色白の美人――エキドナ・ゴーゴン。
そしてその横に立っているのは、軽装に身を包んだダークエルフの女――ディオン・ヒミネ・スライネン。
アベスカの民であれば、一度は見たことがあるかもしれない。しかしパルドウィンにとっては、見たことのない者たちだった。
「よう、ガキンチョ。俺はダークエルフ次期国王候補で、あの尊敬する御方の部下だ」
「わたくしも……この世で一番崇高な御方の部下に御座います、御座います……」
「ダークエルフゥ!?」
「チッ……、コゼット! 油断するな!」
「わかってるよ!」
ダークエルフが何でこんなところに、とコゼットは言いたいのだろう。
世界各地にエルフは点在するが、大抵は魔王城のある大森林付近に住み着いている。つまりパルドウィンのこんな街中に出現するほうがおかしいのだ。
それはコゼットだけではなく、アンゼルムも分かっていたことだ。だから彼の頭の中は余計に混乱していた。
「おっと、悪いがここからは通すなと言われてるんでね」
「申し訳御座いません、御座いません……」
二人への警戒を緩めない、アンゼルムとコゼットに対してそう言った。
――エキドナとディオンの、本作戦での役割は足止めである。
ディオンが「運がいい」と言った通り、相手にするのはコゼットとアンゼルムの二人であった。そのため、たまたま出くわしたことに感激しているのだ。
もちろん、ルーシーがエンカウントするように転移させたのもあるが、作戦通りにアンゼルムとコゼットが、セットになっていたのは本当に幸運だった。
そしてディオンにとっては、アリスの配下になっての初陣。それが勇者相手だというのだから、いつもよりも気分が上がっていた。
「くーっ、しかし勇者の仲間か! 嬉しいねぇ、レベルが高ぇんだっけ?」
「ええ、そうでございます……」
「じゃあ俺が本気でやっても、死なねーってことだろ?」
まるで子供のように、キラキラと目を輝かせている。ある時は紳士のような振る舞いをし、ある時は野蛮な戦士のように振る舞う。そして今は無邪気な子供のようにはしゃいでいる。
コロコロと様子を変えるディオンに、エキドナは小さく微笑んだ。
しかしながら、今回の作戦で勇者の討伐に関しては、許可が下りていない。彼女達の仕事は、他の幹部が無事に作戦を成功出来るよう、〝邪魔者〟を足止めすることだ。
「それは……。ディオン様は強化されておりますから、下手すれば死んでしまいます、死んでしまいます……」
「んだよ、つまんねぇな」
ちぇ、といじけながら、アンゼルムたちに向き直る。逃げる様子はなく、果敢に立ち向かおうとしている。〝正義の味方〟として、長い間過ごしてきたからだろう。己の安全よりも、周りの――民の安全を願うのだ。
次期ヨース家当主としても、そういったことは大切だ。一族だけでなく、彼の場合は自領も管理しなければならない。領地の民を置いて逃げるなどというものは、言語道断。きっと彼の両親が許さないだろう。
二人の闘志を受け取れば、ディオンのバングルが淡く光って腕を包む。アリスから受けたアイテムの説明を思い出せば、ディオンはニヤリと笑った。
「なんだ、闘う気はあんじゃねぇかよ」
「まぁ……。恐ろしい、恐ろしい……」
アンゼルム達の闘志を感じ取ったディオンは、嬉々として構えを取る。
以前であればレベル差ゆえに負けていたであろう相手。しかし、今はアリスの与えたアイテムの恩恵で、それを遥かに凌駕する力を有している。
「なんだあれ!」
「知らない! 知るわけ無いでしょ!」
「くそ……。行くぞ、コゼット!」
「う、うん!」
「〈
混乱しながらも、目の前の脅威を排除しようと立ち向かう。
アンゼルムが〈
コゼットも武器を取り出して、戦闘に参加する。彼女の攻撃方法は弓矢だった。
二種類の攻撃が二人目掛けて飛んでいくが、二人がそれを恐れる様子はない。
「すげぇな。これもレベルアップの恩恵かよ」
「どうされました……?」
「全部
二人のもとに到達した矢は、ディオンの的確かつ最小限の動きで撃ち落とされた。
アンゼルムの魔術矢は、ディオンが拳をぶつければ消滅。コゼットの正確な射撃は、無惨にもボロボロに折れて地面へと落ちていく。
アンゼルムは魔術を素手で弾かれるとは思っておらず、その顔は驚愕に染まる。オリヴァーですら、武器や魔術を用いて対応するというのに、このダークエルフの女は何も使わずにやってのけたのだ。
――もちろん、ディオンにはバングルがあるため、多少の防御力はある。しかしアンゼルムはそれを知るはずもない。
「俺の唯一のスキル――〈
「なるほど……それは確かに、レベルの恩恵かもしれません、しれません……」
「ははっ、楽しいな!」
「あ、ディオン様……」
興奮しきったディオンは、エキドナを置いて駆け出した。近接戦をメインとする彼女にとって、遠距離にいては戦えない。相手が魔術師であろうとも、懐に入り込む必要がある。
エキドナも同じく近接タイプのため、ディオンに遅れて向かった。
「し、〈
「〈
二人が防御魔術を唱えると、キラキラと体を包み込む。しかしどれも低ランクの魔術だ。レベル200に強化されているディオンの殴打など、その程度の魔術で防げるはずもない。
元々魔力量も少ないコゼットが、未知なる相手の戦闘で魔力を多用できるはずもなく。魔術メインの戦闘スタイルを取るアンゼルムも、防御に魔力を大量に使えるはずがない。
相手の力量を知らない結果、節約を選んだせいで不幸が訪れる。
「ウラァアッッ!」
「あがっ!?」
「コゼットッッ!」
両腕でディオンの打撃を防ごうとしたが、防御魔術の最低ランクである〈
ゴキゴキ、と骨が折れる音がその場に響いた。何とか腕がクッションになったことで、胴体までに影響はなかったが、それでも両腕が使用できないくらいにはダメージを負った。
コゼットはそのまま、ディオンの攻撃の力を受けきれずに、後方へと吹き飛ばされた。
濃霧が晴れた場所から更に飛ばされ、黒い霧に覆われた街の中へと消えていく。
「くそっ……、〈
「~♪」
アンゼルムが呪文を唱えると、水の踊り子が現れる。目の前のディオンが圧倒的な力を持っていようが、召喚された踊り子は気にする様子もない。
主人と敵対する存在に攻撃する――それがこの踊り子の考えられること。それ以上の知性はない。少なくとも、アンゼルムが召喚できる踊り子はそうであった。
ディオンを踊り子に任せて、アンゼルムは飛ばされたコゼットのもとへと急いだ。
アンゼルムが霧の中に入り、視界不良の中を感覚だけで突き進む。――恐らく、コゼットはこちらの方に飛ばされていた。そんな手探りで。
運良く、アンゼルムは倒れているコゼットを発見した。まるでボロ雑巾のように、地面に横たわっている。
両腕が使えなくなったことで、受け身もまともに取れないまま地面に滑り込んだのだろう。
「コゼット!」
「う……
「いい、動くな、今治癒を……――うっ」
アンゼルムはそう言ってコゼットに駆け寄ったが、彼女の様子を見て顔をしかめた。
両腕はぐちゃぐちゃに潰されており、あらぬ方向へと曲がってしまっている。アンゼルムのまだまだ未熟な魔術では、これらを完璧に治すことは出来ない。
しかも地面に思い切り体がこすったせいで、各所各所の肉が抉れている。骨が見えそうなほど、皮も、筋肉も擦り切れてしまっている。
「……ぐ、ぅ。すまない……〈
「あ、ありがと……」
「喋るな……僕には、これが限界だ……」
先程の瀕死状態は回避されたとしても、コゼットの骨折は完全には治らなかった。逃げることくらいならば出来るかもしれないが、あのような〝化け物〟から逃走するということは不可能に近いだろう。
アンゼルムの魔力はまだ余りがあったが、ディオンはそれをも蹴散らせるほどの力を持っていた。
それにアンゼルムは、ディオンに付随していたエキドナの実力も分かっていない。
「隠れていろ。僕が何とかしてくる。回復アイテムはあるか?」
「……あ、あるけど……」
「定期的に飲め。少しでもマシになるはずだ。僕のもやろう」
「な、何いってんのあんた!」
アンゼルムは立ち上がると、フッと微笑みを向けた。まるで全てを捨てて、諦めて、これが終わりであるかのように。
「アンゼルムッ!」
暗い暗い霧の中に、コゼットを置いて。アンゼルムは再びあの戦地へと走っていった。体の隅々に痛みが響いているコゼットは、それを追うことすら叶わなかった。
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