建国
「ただいま」
ハインツが普段作業している部屋へと、アリスとエンプティは転移してきていた。ハインツがよく使用する執務室は、書物が大量に収められた、本棚に高級そうな書斎デスクがある。
非常に厳かな空間が生まれている場所なのだが、如何せん彼の特徴である大声のせいでその雰囲気がなくなってしまうのである。
「おかえりなさいませッ、アリス様!」
「ありがとー。今から通信で会議するね~」
「承知しました!」
結局、再び召集するのが面倒ということになり、今回は通信魔術で済ませることにした。監視としてヴァルデマルを待機させていることもあって、早急に行いたかったのだ。各地に出向いている者達が、わざわざこちらへ来る手間もないため、そう決まった。
アリスは我が物顔で執務室の来客用ソファへと腰掛ける。ふかふかとした感触は、とても心地が良い。だらしなく座ったところで、彼女を咎めるものなどいない。
エンプティはそんなアリスをよそに、執務室をあとにした。出来ることならばずっと一緒にいたがる彼女だが、外に出たのである。
アリスがくつろぎ始めたところに、何も出さないのは失礼だ。ティーセットと菓子を持ってくるため、部屋を出たのである。
何より会議が通信で済むのならば、その場にいる必要性もない。
「まあ聞こえてるはずだろうから、始めるね。まず――残念ながら、私が見に行ったウレタ並びにエッカルトは、現地を制圧していた魔人によって滅ぼされてたよ〜」
「なんと……!」
『アリス様の土地になるべき国を落とすとは、不敬にも程がありますな』
『許せないんですケド!』
『落ち着きなさい。アリス様にはお考えがあるのよ』
目の前のハインツだけではなく、通信魔術から幹部たちの声が聞こえてくる。アリスが〝約束〟のために向かった土地は、既に更地同様だった。
どんな形であれ、アリスが手にするはずだった場所。そこに破壊の限りを尽くしたというのは、許し難いことだ。
しかしアリスは落胆していない。既に決まっていた土地の活用法についてが、頭にあったからだ。
それはエンプティも一緒だ。あの場で一緒に聞いていたエンプティは、アリスがエンプティと共に考えた計画がある。
何よりも既に、土地を制圧した〝
「それでね。折角土地が空いたなら、有効活用しようかなって」
『有効活用ですか。アリス様がお使いになるならば、何にせよ有効ですな。して、どういった用途ですかな?』
『気になりますわ、気になりますわ……』
幹部のみながそう言いながら、アリスの言葉を待っている。アリスも幹部の様子を想像しつつ、どう言えばいいだろうかと思考を巡らせる。
この話はアリスが決めたものの、提案したのはエンプティだ。他人の意見を誇ったように言うのは気が引けたが、その程度をいちいち気にしていてはしょうがない。
演説のようなことが上手に出来るわけでもないため、ここははっきりと言うことにした。
「ウレタとエッカルトに、魔術連合国を建国する」
幹部からは感嘆の声が上がった。今まで土地を制圧して、民の機嫌を取ってきたアリス。しかし今回は違う――彼女の国を作り上げると言ったのだ。
この状況で喜ばないものがいるだろうか。いるとすれば、勇者くらいだろう。
「それにあたって、ルーシー」
『へ!? あーし!?』
「管理、出来るね?」
『………………え? あ、あーしの土地ですか……?』
通信から聞こえるルーシーの声が震えているのは、ノイズが入ったからではない。今までパラケルススに〝おもり〟をされている状態のルーシー。アベスカでは大した功績を上げられず、国民の機嫌を取ることくらいしか出来なかった。
かねてからアリスに頼まれていた、魔術の研究に関しても滞ったままだ。
そんなルーシーだったが、今こうして一人で国を任された。しかも、その任された国はアリスが初めて立ち上げる国。嬉しさと感動と、緊張。様々な感情が一気に湧き出してくる。声が震えるのも仕方がないことだった。
「そ。私の為に、やってくれる?」
『ぜ、是非! ぜったい、ぜーったい、成功します! おまかせくださぁい!』
「よかった。サポートメンバーは、こっちで考えちゃったけどいいかな?」
『ぜんっぜんダイジョブですっ!』
先程の震えたルーシーはどこへやら。変に気合を入れたのか、ハインツ寄りになって来てしまっていた。しばらくすれば戻るだろう――と、アリスはおかしくなったルーシーを無視して話を続けた。
ルーシーには悪いが、彼女だけでは国を回せるとは思っていなかった。
アベスカでの状況を見ればそれはよく分かること。友達のように人と接することが出来ても、それが国を取り仕切ることに関して言えるかどうか。ルーシーの場合はノーである。
他国の重鎮と友達感覚でお喋り――だなんて、有り得ないことだ。
「まずリーダーはルーシー。国を管理して回していくサポートは、マリルを配置するよ」
「あーし、政治とかサッパリなんで~、助かります!」
家族は結局助けられなかったが、ウレタを復興すると聞けば力を貸してくれるだろう。もとより全てを奪われた彼女に、場所などない。ここで拒否をする理由もないのだ。
元々聖女として、姫としてウレタに居た彼女だ。他国とのやり取りや、民への対応など、ルーシーが苦手とする部分を全てカバーできる。
「次にイザーク。こいつは今ウレタで拘束してる魔人ね。レベル的には弱いけど。魔人ってことと、
『新人ですか! がんばります!』
この件に関して、イザークには伝えていない。が、彼に拒否権は存在しない。きっとエッカルトの玉座にて、自身の処遇が決まるのを震えながら待っているのだろう。
彼にとって直属の上司がルーシーというのは、不幸中の幸いだ。他の幹部に比べて、まだ〝融通〟がきく。
「あとはスノウズの四人。彼らは本当に知識人だからね。毛皮の特殊さもあるから、武器作りにも役立つはずだよ」
『い、いーんですか、もふもふペット借りちゃって……』
「いいの! 私の未練がないうちに連れてって!」
そう言われてしまえば、少しだけ名残惜しくなってしまう。だがアリスには〈転移門〉もある。本当に可愛がりたいという気持ちになれば、都度会いに行けば良いのだ。
それに初めて建国した場所となれば、アベスカのように何度も訪れるだろう。何も今生の別れになるわけではないのだ。
「最後。ヴァルデマルもメンバーに入れているけど、魔王城の管理サポートもあるから非常勤って感じかな」
『あーい!』
あいも変わらず、ヴァルデマルとヨナーシュは魔王城にて必要とされている。彼らにとっては激務続きのブラック企業だが、魔人となった影響で人間よりは苦痛を感じていない。
何よりも働いている――必要とされている時点では、彼らが死ぬことはないのだ。こればかりは身を粉にしてでも働こうとするだろう。
「そんなわけで、国外へ進出している面々が増えるね~」
「パラケルススのような失態を繰り返さぬよう、互いに気を引き締めて精進するべきですねッ!」
勇者パーティーレベルをいともたやすく葬りされる脅威。それが存在するかもしれないという曖昧な情報ではあるものの、勇者に知られることになった。
まだ所在も何も相手には伝わっていないが、いずれ魔王城へ再びやって来る可能性がある。
たとえ情報が乏しくとも、〝勇者の仲間〟であるマイラをここまで侮辱するように殺すことはない。必然的に勇者たちは魔王を疑うだろう。
そうなれば今後勇者たちが捜索に乗り出す。他国へ出ている幹部は特に気をつけねばならないのだ。パラケルススを気にかけている幹部も多いが、アリスの足を引っ張ったという事実は残る。
今後そのようなことは、二度と起きてはならない。
『返す言葉もありませんなぁ。自分はアベスカに籠もっております』
『二度と顔を見せないで良いわよ、腐臭錬金術師』
『最近は香水にハマっておりますゆえ? 下手すればルーシーよりもいい香りのはずですが?』
『アンデッドのくせに気色悪いのよ』
いつものように、エンプティとパラケルススが言い合いを始める。パラケルススがまだまだ本調子じゃなかった頃には、考えられないことだ。あのエンプティですら気を遣っていたが、こうして言い合っていることからもう大丈夫なのだろう。
その様子を聞きながら、アリスは優しく微笑む。やっと日常が戻ったように感じたのだ。
『アリス様がオススメしてくださったものなんですがなぁ~』
『は、はぁ!?』
『ヌハハハッ! やはり知らなかったようですなぁ!』
「貴様らァ! 喧嘩しか出来ないのかッッ!」
ハインツの怒号が響き渡るが、二人は言い合いをやめる様子はなかった。
通信魔術の奥でベルがケタケタと笑い、エキドナがうろたえている。ルーシーが呆れたように、つまらなそうに声を漏らす。
アリスは
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