奪取

(やはり気配がなかったのは、気のせいではなかったんだな……)


 イザークからウレタの状況を聞けば、アリスの中の疑惑が確信へと変わった。

救うものなどもはやおらず、この国は空っぽであったこと。アリスほどの強者に対して、隠蔽を施せる存在がいないということも。


「では、エッカルトは」

「お、おりません。この島国に存在する人間は、残らず滅ぼしました」

「なぜ?」

「俺様――じ、自分の国を作るためです」

「民がいないのに国と言えるのか?」

「そ、それは……」


 モゴモゴと言い淀んでいたが、出会って数分程度でイザークの性格は何となく理解できていた。

蹂躙できている事実に興奮し、気分が乗って後先考えず滅ぼしたのだろう。

 彼がそれを言葉にできるとも思えなかったアリスは、これ以上聞くつもりはなかった。

 一番の問題である〝ウレタの姫との約束〟に関してを聞けただけでも十分だった。


「まあいい、聞きたいことは聞けた。さて、こいつはどうしようか」

「アリス様。この土地をアリ=マイアの魔術強化用訓練地に、改造なさるのはいかがでしょう?」

「おぉ?」


 エンプティがそう言うと、アリスは興味をそそられた。以前からルーシーに頼んでいる魔術の開発。

進捗状況がよくないのは、ルーシーがアベスカ国民とお喋りだけをしているからではない。

 そもそも開発に必要な知識が、アベスカやアリ=マイア諸国には少なすぎたのだ。片手で数えられる程度の文献は、流石のルーシーでも読み終えてしまったらしい。


「ルーシーに魔術の開発を頼んでおりましたよね? アベスカではなかなか進まず、仕事もなくブラブラとしている日が多いと聞いております」

「そうだねー、アリ=マイア自体が魔術に弱いから……」

「アリス様が愛玩用に連れ帰った、スノウズ達も暇を持て余しております」

「そだね、宝の持ち腐れだ」


 一応建前では、魔術知識や開発も含めて連れ去ったスノウズ。

魔王城にこもってそれぞれの研究を進めているようだが、やはり幹部――魔王軍としては、もっと大々的に作業を行って欲しい。

 いくら無限にも等しく拡張できる魔王城であっても、色々と限度がある。何よりもそれを行っているヴァルデマルが多忙なのだ。あちらこちらに時間を割けない。


「ウレタの姫は聖女としての訓練を積み、知識もあると言っておりましたよね。彼女を新たな王として置き、アリ=マイアの中の魔術国家として、統治をすすめてはどうでしょうか?」


 なんと言っても、アベスカの戦力の底上げ。それらも視野に入れるとしたら、魔王城だけでは済まない。

城を覆うのは人間に耐えきれる瘴気ではないため、訓練させるにしろ招き入れることすら叶わないのだ。

 であれば新たな土地を調達するしかない。

アベスカ国内で行ってもいいが、今は農業に力を入れ始めたばかり。土地を破壊するような行為を、率先して行うべきではないだろう。

せっかく築き上げた信頼を、また地の底まで落としてしまう。


 それに各地から魔族や魔獣を取り入れていけば、いずれは魔王城でおさまりきらなくなる。

そういった時にアベスカ以外の土地を有しておくこと、訓練場を設けておくことは必要不可欠となっていく。


「むーん……いいかも」

「有難う御座います」

「じゃあその魔人も含めて、連合国内もとい、制圧地区の国民の魔術強化をここで行う」


 しかしそれにあたって、人員の調整が必要であった。既に少し前に集まって会議をしたというのに、また行わねばならない。

アリスが一声かけさえすれば、遠方に出ているリーレイを除いた全員が集まれるだろう。

 これも現地の人間が引き起こしたイレギュラーだ。再び招集したアリスに対して、何かを言うことは無い。


「一度帰って再調整、かな」

「こいつはどうされますか?」

「ヒィイ!」


 ジトリとエンプティがイザークを睨みつけた。ぶるぶると震えるイザークからは、もはや威厳など感じられない。

 それにエンプティがスライムだと知ったら、一体どんな反応をするのか。この世界においてスライムは、強い魔物とはいえない。

だからスライムであるエンプティに怯えていると知ったら、きっと面白いのだろうな――そんなことを考えながら、アリスはイザークから視線を外す。

 そして魔王城にいるヴァルデマルへ通信を投げた。幹部同様待ち時間などなく、すぐにヴァルデマルの返答がくる。


「ヴァルデマル」

『はい。如何致しました?』

「〈転移門〉を開くから、こっち来てくれる?」

『仰せのままに。玉座に向かえばよろしいですか?』

「そうだね。じゃあ玉座の間に門を作っとくよ。待ってるね」


 そう言って通信を切ると、アリスは即座に〈転移門〉を開いた。人一人通れるサイズの〈転移門〉だ。

当然だが玉座の間は普段使われていない。綺麗に保たれているものの、何か会議や謁見がなければ使用はしない。

 大抵はアリスやルーシーなどの、転移のポイントとして設定されている。広々と取られた部屋で、分かりやすい転移ポイントというのもあるのだろう。

 だから今もヴァルデマルは別室で仕事をしていた。すぐに来るのは無理があったのだ。


「ヴァ、ヴァルデマル?」

「お前本当にこの世界の人間か? 魔王の名前くらい把握しておけ」

「は、はい!」


 そんな会話をしていれば、〈転移門〉からヴァルデマルが現れる。

アリスとエンプティ、そして情けない顔をしたイザークを見る。状況は何となく察したが、一応ヴァルデマルはアリスに聞いた。


「お待たせ致しました、アリス様。――それで、こいつは?」

「ウレタとエッカルトを制圧した雑魚」

「ざ、雑魚……」


 バッサリと切り捨てると、反芻するように唱えてイザークが絶望する。

否定しない――できないのは、彼もそれを理解しているからだろう。だがしかし、まさかここまではっきりと言われるとは、思っていなかったようだ。

 ヴァルデマルはその言葉を受け取って、ジロジロとイザークを観察している。

勇者の力を見破って頭を下げただけあり、他人の能力を見極める力は心得ているのだ。


「まあ確かに、レベルが低いですね」

「ヴァルデマルより低い?」

「そのようです。……ただ、魔人化しているように見受けられます。その影響で多少の性格の歪みと、魔力の増強が見られるかと……」

「それは解析? それとも体験談?」

「……両方ですよ」


 痛いところを突かれて、ヴァルデマルがバツが悪そうに答える。

今となってはある意味〝更生〟したヴァルデマルではあるものの、以前は悪逆の限りを尽くしてきた魔王だ。

 アリスという強大な存在を見てしまった以上、今までの行いを客観視出来るようになったのだろう。


 アリスはヴァルデマルに、イザークについて簡単な説明をした。

そして頼みたいことも、同時に伝える。ヴァルデマルが断るはずもなく、他にも仕事が滞留しているのにすんなりと承諾した。


「ですが……ヴァルデマルが監視で、問題ありませんか?」

「んー」


 魔王城でのヴァルデマルの働きは、誰もがよく知ることだ。死にたくないがためだろうが、アリスにとても尽くしている。エンプティもそれを分かっている。

 しかし今、ここは魔王城ではない。アベスカ付近にある魔王城から、遠く遠く離れた島国だ。

監視を頼んだところで、城もヨナーシュやフィリベルトといった仲間も捨てて、逃げることだって出来る。

 だがもしもヴァルデマル逃げたとしても、アリスの知り得る魔術を使えば探せないことはない。この世界にいる限り、どこに行こうと探し出せる。

それは〝手間〟である上に、アリスという存在に迷惑をかけることになる。


 ヴァルデマルは焦りつつも、言い訳をすることはなかった。自らの行いを思い返せば、疑われるのは仕方がないこと。

それにあのエンプティのことだ。ここで無駄に釈明しようものならば、その怒りを買うだろう。


 アリスはそんなヴァルデマルに対して、スッと手を差し出した。相手に握手を求めるような、そんな出し方だ。


「ほい」

「?」

「握手」

「? はい」


 ヴァルデマルは何の疑いもなく、その手を受け入れた。

だが次の瞬間、強い衝撃がヴァルデマルを襲った。繋いだ部分に激しい痛みが伴う。

電撃のような痺れとも、炎にまみれる痛みとも。様々な痛みが、ヴァルデマルの手に走っている。


「い゛っ!?」


 ヴァルデマルは、逃げようとして手を離さなんとした。

アリスの手が逃さないと言うばかりに、固く強く握っている。アリスが強く握れば、ヴァルデマルが抵抗できるはずもなく。

 瞳には涙を浮かべながら、苦しそうに耐えている。

 アリスもアリスで、同じような痛みを味わっているのだが――涼しい顔で、なおかつヴァルデマルが逃げないよう力を込めている。


「〈ヴァルデマル・ミハーレクは、アリス・ヴェル・トレラントを裏切らないこと〉」

「い、がっ、あっ、ぐ……!」

「――契約完了」

「……っ、え?!」


 そう言うと、アリスは手を離した。ヴァルデマルの手には、隷属契約の紋様が刻まれていた。

ガブリエラに施したものと、同じ魔術だ。とはいえ契約内容は軽めなのだが――それはヴァルデマルの今までの働きを考慮したからだろう。

 アリスはまだ状況を理解出来ていない――困惑するヴァルデマルに対して微笑んだ。


「裏切ったら死ぬからね〜」

「は、え、あの」

「隷属契約ですね、アリス様」

「そゆことー」


 これならばエンプティも安心である。アリスを〝誘惑する〟雌豚――ガブリエラと違って、ヴァルデマルは仕事熱心で忠誠な部下。

そんな立ち位置であるならば、この隷属魔術があれば、エンプティから不安を取り除けるのだ。

 他の幹部ならばいざ知らず、アリスが直接隷属契約した相手であれば疑う危険もあるまい。


「そいじゃ、よろしく!」

「お、お任せ……下さい……」


 ヴァルデマルはアリスに握られていた手を擦る。未だに火傷をした痕のように、チリチリと痛みが伴っている。

うっすら浮かぶ魔術、契約の紋様は彼の記憶のどこにもない。全く知らない魔術だ。

 つまり解除が出来ないと言う事。

これで〝死〟を免れたともいえるが、永遠に彼の自由は失われたということとなる。


「あ……はは、はははは……」


 〈転移門〉で城へと帰っていくアリス――〝主人〟を見ながら、ヴァルデマルは一人、絶望していた。

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