小物と小石

「……誰だお前? 俺様の城に入ってくるとは、愚かな奴だな」


 王の椅子に鎮座するイザークが、アリス達に向けてそう言い放った。

自信に満ち溢れた、王たる話し方である。ライニールがそうであったように、ヴァルデマルがそうであったように。

そして、アリスがこうであるべきだと言うふうに。

 しかしイザークの言葉を聞いたエンプティは、明らかに落胆している。わざとらしく大きなため息を吐きながら、アリスへと話しかけた。


「はぁ、期待外れですね」

「こらこら、エンプティ。頭ごなしに言わないの」

「あ? なんだ?」


 アリスの実力を見抜ける存在か、それともそれすら出来ない無能であるか。二つに一つだ。

 ライニール達のように、愚かで知識もなく魔術も使えず、ましてや相手の実力をはかることなど出来ない者達。

彼らは明らかに味方ではないと判断した結果、直ぐに攻撃へと移る。もしくは、今のイザークのように相手を舐めきって対応するだろう。

 スノウズのように、知恵も知識も、相手の力を見る技術にも長けるものであれば、命が惜しいのならば服従するだろう。長く生きたいのであれば、相手を否定せず自分を過信せずに下につくのが最良である。

もっとも、つく相手を間違えれば死を覚悟しなければならないのだが。


 だからこの場合、たとえどんなに実力に自信のあるものだとしても、アリスの非常識な力を把握出来なかった時点で〝ハズレ〟なのだ。

 相手がどれだけハズレだろうとも、アリスは一応挨拶をする。


「私はアリス・ヴェル・トレラント。最近魔王になった者だ」


 相手は仲のいい直属の部下でも、アリスをよく知る元・魔王の三人相手でもない。

ここは相手に見劣りしないようにアリスも、王らしく振る舞う。


 アリスの自己紹介を聞いたイザークは、フッと笑いを零す。その態度にエンプティが微かに怒りを顕にした。

しかしアリスがまだ動いていないことを見て、いつものように大きく出ようとはしなかった。

普段から足りない〝アリス成分〟を十二分に補充が出来ているおかげか、冷静な彼女でいられたのだろう。


「魔王? フン、まさかこの俺様を迎えに来たと言うのか。それならば受けよう。全く。それならばもっと早く言うべきだろう、俺もここまで高圧的な態度を――」

(随分と強い態度で来るなぁ。相当な実力者なんだろうか)


 イザークがつらつらと長話を続けているが、アリスは既に二言目くらいで聞くのをやめていた。

ここまで威圧的な態度を続けられるのならば、実力に自信があるのだろう……と解釈する。

 とはいえアリスを越えられる存在が、この世界にいるはずがない。もしもこのイザークがアリスを越えていたとしたら、たった二つの国を制圧しただけで満足出来ないだろう。

それこそ世界を掌握していてもおかしくない。アリスがノロノロと準備をしている最中に、勇者をひねり殺していても不思議ではない。


(最大レベルに到達出来る存在は、限られている。私の知る中でも、勇者だけだ)

「まさか俺様がスカウトされるだなんてな。やはりこの強さは他国にも漏れてしまっていたか? クククッ、流石は俺様だ。お前達を連れて早く次の国――」


 依然としてイザークは、一人で喋り倒している。これはある種の才能とも言えるだろう。

もう既にアリスは考え事にふけっていて、イザークに相槌どころか視線すらよこしていない。それだというのに、イザークは気持ちよく喋り続けている。

 エンプティはアリスの思考を邪魔することなど出来るはず無く、やることもない。冷たい瞳でイザークを見ているだけだ。

――あの下等種は、何を言っているのだろう、と。


(と、なると――ヴァルデマル以上勇者以下か? どちらにせよ敵じゃないな)

「――しかし迎えはお前達だけなのか? もっと大々的に人を寄越すべきじゃないか。だって俺様の出迎えだぞ。このイザーク・ゲオルギー様だぞ?」


 二人から返事はないというのに、ベラベラと続ける。ここまで一人で喋れるのであれば、ある意味才能である。

そしてアリスは一旦考え事を止めたせいか、その無駄話ノイズが気になりだした。聞きたくもないのに、イザークの余計な話がどんどん頭に入っていく。

内容は右から左へ抜けていっているが、それでも雑音が耳に入るのは許しがたい。

 未だに実力差を理解できていないようだ、とそろそろ教えてやる必要があった。この場において、あそこまで自由に喋って良いのは誰であるかを。


「エンプティ、そこの小石取って」

「こちらでしょうか?」

「うん、ありがと」


 エンプティは、散乱する部屋に落ちている小石を拾った。元々壁や床の一部だったのだろう。道端に落ちている石よりかは色味がキレイである。壁の塗料が付着しているせいだ。

エンプティは、手に取った小石をアリスに丁寧に渡した。

 アリスは受け取った石を、何度かお手玉のように手元で投げ遊んで、その感覚を掴んでいる。

納得行ったのか、最後に強く握ると、ニヤリと笑った。


 そしてアリスは、その小石をイザークへと投げ放った。

投手のようなフォームなどなく、ただ本当に数メートル先の知り合いに物を投げるような、そんな格好だった。

 しかし放たれた小石は違った。ヒュン、と風を切る音が玉座を抜けていく。放たれたと同時に、イザークのもとへと着弾していた。

しかしイザークに直接ぶつかったわけではない。

 彼の顔面ぎりぎり真横を掠め、頬に一筋の線――傷を生み出す。グレーの髪の毛が小石が過ぎ去った反動で、パラパラと数本落ちていく。

掠めた頬は、時間を置いて血が滴り始めた。

 小石はイザークの背後の壁に直撃し、穴を生成していた。


「……は?」


 あれだけベラベラと喋り続けていたイザークも、流石にその口を止めた。まるで壊れた機械のように、ゆっくりと動きながらアリスと背後の壁、そして頬に伝う血液を確認する。

何度確認しようが、あの女が放った小石は弾丸のように射出され、イザークを狙った。

 正しく言えば、イザークに直撃しないようにわざと外して狙った。

あのままアリスが純粋に、イザークを狙っていたら。直撃した小石は頭部にぶつかり破裂、彼は即死だっただろう。

 アリスとてただただ簡単に、殺すために来たのではない。のために、交渉しにきたのだ。

とはいえその交渉は、ほぼ一方的なものであった。


「もう一個取って」

「はい♡」


 エンプティはアリスに言われるまでもなく、既に手の中には小石が幾つもあった。アリスの手でも投げやすいサイズをわざわざ選定して。

 エンプティがアリスへと小石を渡そうとすれば、イザークが大声を上げて止めに入った。

流石に彼もこの状態で、次に何が起こるかを理解できたのだろう。


「ま、まて! まてまて!」

「はぁ? 誰がどの口をきいてるのかしら」

「へ?」

「貴方、今までどれだけ楽して生きてきたか、知らないけれど。レベル差っていうものを、もっと知るべきじゃないのかしら?」


 エンプティはアリスに石を渡しながら、そう言った。未だに理解できていないイザークに対して、彼女にしては丁寧に答えてやった。

言われたイザークは、どうやら納得出来ていないようで、まばたきを繰り返しながらエンプティを見ている。

――どちらかと言えば、納得というよりかは、思考が追いついていないとも言える。


「レベル……差……?」

「その様子だと、他人のステータスを見れるスキルや魔術を、習得していないのだな」

「だ、だって、ウレタ……アリ=マイアには、雑魚しかいないって……」

「答えになっていないが……まぁいい」


 イザークの制止をよそに、アリスはもう一度石を投げた。今度は逆の頬を掠めたことで、両頬に一本のキレイな傷が生まれていく。

先程の投擲とは違って、今回は耳も掠めて、壁面へとぶつかった。少しだけ切れ込みの入った耳から、血が滴る。

 イザークも流石に痛みを感じたのか、パッと耳に手を当てて傷を確認していた。手にははっきりと、ぬるりとした液体が付着する。

スッパリと切れた耳から流れ出た、血液だ。


「いっ……」

「おっと、すまない。。――話を聞いてくれる気にはなったか?」

「はははははいッ! なりましたとも!」


 次に、どこに当たるか分からない。そんなことを察したイザークは、ここに来てようやく理解した。

彼女には逆らうべきではない、と。

 先程までの王たる振る舞いを捨て、完全に下のものであると表すように話し方を変える。

国を作りたくても、他人を見返したくても、死んでしまっては元も子もないのだ。


 イザークの態度が変われば、アリスももう石を受け取ることはなかった。砂にまみれていた両手を払い、ゆっくりとイザークの座る玉座へと歩み寄っていく。

エンプティも拾っていた石をその辺へと投げ捨てて、アリスに続いていく。


「それじゃあ、ウレタの者達は? 生存者を教えろ」

「せ、生存者、ですか……」


 アリスがイザークに問うと、イザークはぶるぶると震えていた。どう答えを出すべきか、どう喋れば間違いではないか。

 今まで高慢な態度を取ってきた男は、こういった状況に陥ることがなかった。

投獄されたときですら、己は間違っていないと思っていた。人を殺めたことや、魔術を暴走させるが如く使ったことにも。

 だから正しい対応と判断がつかない。目上の者に対しての、謝罪や釈明が不得手であった。


「どうした?」

「生存者は……」

「うむ」

「おりません……」

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