エッカルトへ
あの会話の後、アリスはサンドドラゴンに連れられ――ではなく、サンドドラゴンに無理矢理乗って、上官がいるとされる目的地へと向かっていた。
この世界にやってきて、最初とも言える空の旅。しかもドラゴンの背中に乗って。前世では絶対に得られない経験だ。
運がよく天気も良いため、景色は最高だ。全身を撫でる風も心地よく、初めての空の旅にしては素晴らしい経験を得られている。
そこは少しだけ感動した。
「……で」
「ひぃ、はい……」
「どこまで行くつもり?」
空の旅は素晴らしいとはいえども、ウレタ上空を飛んでから暫く経過していた。
城下町を過ぎていき、各小さな村々も飛び去っていく。
――目的地が、余りにも遠すぎるのだ。
それにサンドドラゴンの元々の飛行能力が高くないことから、アリスがわざわざ魔術を付与させてある。
指揮官のいる場所へときちんと案内してくれるのであれば、魔術の付与など造作もないこと。
しかしアリスを騙すのであれば、それは許せない行為だ。
「低レベルのドラゴンのくせに、アリス様を騙そうだなんて思っていたら――」
エンプティがスキルで腕を武器に変化させる。空中から叩き落とす前のドラゴンならばまだしも、今はそのドラゴンに乗っている状態だ。
届く範囲にいるならば、殴るなり切るなり自由にできる。わざわざ酸を使うまでもない。
エンプティが戦闘態勢に入ろうとするのを見れば、ドラゴン達の顔が青ざめていく。
「おおおおお思ってません! 大丈夫です!!」
「い、いま、俺らのボスはエッカルトにいるんす!」
「……なんだって?」
ドラゴン達が必死に抗議した内容に、アリスは反応した。
エッカルトにいる。その言葉をこの状況で聞いて、単純に観光に行っていると思えるだろうか。
普通ならばそうは思わない。
「じゃあつまりその者は、この島にある二つの国を……両方とも制圧したということなの?」
「は、はい……」
アリスは城下町にて、生命反応がないことを思い出していた。肝心の城の中を見る前に、このドラゴンたちに襲われたこともあって、完璧な探索は出来なかった。
どこかに人々が集められているものだと、頭の片隅で思いこんでいた。
しかしこのドラゴンの言い方を聞く限り、国民は皆殺しにしたように取れる。
あの静けさであれば、皆殺しと言われても納得出来る。
約束をしてしまったマリルには申し訳ないが、もう既に死んでしまった相手をどうこうする気も起きなかった。
「王様とか王女様とかは? どこかにいるの」
「さ、さぁ。自分達はドラゴンなんで、人間のそういうのはちょっと……」
「チッ、雑魚のくせに更に使えないわね」
「ひぃ!」
エンプティがそう漏らせば、エンプティが乗っているドラゴンではないドラゴンまで怯え始める。先程の戦闘が、それだけトラウマになったのだろう。
飛行に支障が出ない程度に脅してほしいな、とアリスはそっと心配する。
「まぁ、その上官くんとやらに会ってみればわかるかな?」
「分からない場合はどうされますか?」
「目視で調べるよ」
「アリス様にそんなお手間を……」
「約束したからね」
「そうですね……」
マリルと約束した以上、出来るだけ〝誠意〟を見せなければならない。
死者を生き返らせるということを除いた物事を。
死者の蘇生ができると知られれば、それこそ本当に神として崇められるだろう。しかしアベスカの民を繋ぎ止めたのは、死者を蘇らせたことではない。
あえて代替品で心の穴を埋めて、国民達を洗脳したのだ。
蘇生の魔術を使えると知られれば、それこそ勇者たちに血眼になって探されるかもしれない。
失った仲間を取り戻すため。欠けたピースを再び埋め直すために。
しかしウレタの国民は、アベスカのようにホムンクルスで心を埋めてやることは出来ないようだ。
殆どが死んでしまったのならば、そういったことも出来まい。
(他人――しかも、この世界に元から住んでいた存在が、国民を殺してしまったのならば仕方がない)
国民はアリスが関与せずとも、死んでいたということ。
見知らぬ誰かがわざわざ土地を空けてくれたのならば、そこの感謝を示すべきだろう。利用するという形で、受け入れるのだ。
(だったら、せっかく整えてくれた土地だ。有効活用するほかないよね)
「あ、あれっす!」
ドラゴンが声を上げたのを聞いて先を見れば、そこに広がるのはエッカルトの城下町。
ウレタ同様に街並みは破壊の限りを尽くされていて、唯一高くそびえる城だけが綺麗に残っている。
長年の貧困問題や、移民問題で形成されたスラムも、跡形もなく片付けられている。
まさかエッカルトもこんな形で、問題が収束しようとは思わなかっただろう。
しかし収束したところで、それを見届けられる国民はいなくなってしまったのだが。
エッカルトはアリ=マイアの中でも、最も平和な国である。
島国という点で、他国へのアクセスを考えると非常に悪い位置に存在するが、驚異となる魔族も飛んでくる砂もない。
それ故に、近年では転居者が多く見られていた。愛されている国と考えれば、とても嬉しいことだろう。
だがエッカルトは、島国故に狭い土地であり場所はない。移住者がどんどん増えていけば、その分問題が山積みになっていく。
スラムが生まれて、食糧難に見舞われ始めた。救いを求めて逃げてきた先が、絶望だったのである。
しかしそんなエッカルトも、謎の征服者によって無惨な姿に変わってしまっていた。
「人の気配はなさそうです」
「殲滅した、か」
「そのようですね」
エッカルト城の周りには、サンドドラゴンが何匹か周回している。
生き残りを探しているのか、それとも〝王〟のいる城を守っているのか。
どちらにせよ、アリスには関係のないことであった。
二人を乗せていたドラゴン達は、ゆっくりと城のテラスへと降り立った。
ぶるぶると震えながら、二人が背中から降りるのを待つ。降りていけば、ようやく〝仕事〟が終わることに安堵している。
「で、では俺らはこれで……」
「余計な動きを一瞬でも見せたら殺すわ」
「ひ! わ、わかってまっす!」
「では行きなさい」
「はいぃい!」
サンドドラゴン達は、エンプティの脅しに対して怯えながら、逃げるようにして飛び出って行った。
元々エッカルトにいたドラゴン達も、襲ってこないことを確認すれば部屋に入ることにした。
エンプティが鍵も掛かっていない扉を開ける。そしてアリスが当然のように先に中に入った。
中は広く取られた、玉座の間。
サンドドラゴンも一応そこは考えていたのか、すぐに指揮官に会えるようにここを選んだのだろう。〝人間のことはわからない〟と言っていた以上、ただの偶然というのも有り得る話だが。
薄暗い玉座の間は、所々にガラスの破片や小さな瓦礫が散乱している。ここでも戦闘が起こったのだとよく分かる。
しかし外とは違って、死体が一つもなかった。
これは指揮官たる者が、この空間を汚したくなかったからか。
そして、奥に用意された玉座には、その指揮官が座っていた。
突如として入室してきたアリスを、怪訝そうな目で見つめている。
今まで殺してきた人間の血液が反映されたのではないか、という赤い瞳。グレーの癖っ毛。
ローブから全て真っ黒で統一した衣装。
紫色の魔石を付けた、漆黒の杖を玉座の横に立てかけていた。
その様相はまさに魔王に相応しいともいえよう。威厳のある堂々とした座った姿も、誰が見ても〝王〟と捉えられるだろう。
彼こそが、魔人となった男――イザーク・ゲオルギーであった。
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