襲撃開始
二人が廃墟と化した城下町を探索していると、ルーシーから通信が入る。
『アリス様』
「ん? ルーシー? どったの?」
『先程預かったマリルという姫についてなのですケドォ……』
「うん、なになに?」
『聖女としての教養があるみたいです! あーしの魔力が強いことを見抜きました』
アリスとしては聖女よりも、他国の姫というステータスの方が気になってしまったため、最初に情報を吸い上げた時に忘れてしまっていた。
改めて言われれば聖女という役職は、アリスに対して余りにも強みがある。
しかしそれが気にならないほど、マリルという少女は弱かった。
武力に自信があるパルドウィンやジョルネイダの聖女となれば、アリスもそれなりに身構えただろうが、忘れてしまうほど些細な内容だったのだ。
「……あー。確かにそんなことも〝書いてあった〟かな……?」
「あの小娘……! 自ら言わないとは……危険です!」
「落ち着きなって、城じゃ身動き取れないはずだよ。それにルーシーの魔力見たあとだったら、何もしないでしょーに」
「まぁ……確かに、その辺の石ころと変わりない雑魚でしたね」
「うん……」
言い方は腑に落ちないが、エンプティが〝マリルは安全〟と納得してくれたのならば、もうそれでいいと諦めた。
二人のやり取りが終わると、ルーシーは話を続ける。
『それで、なんかに利用できないかなーって思ったんです』
「その何かとは何なのかしら?」
『それが分かったら言ってるっつの!』
「じゃあ考えておくね。とりあえず保護するていで動いて、監視は続けて。聖女となると、パラケルススの天敵でもあるから」
『……はい』
アリスが最後の言葉を付け加えれば、あからさまルーシーの声が落ち込んだ。落ち込んだトーンのまま「失礼します……」といって通信を切る。
パラケルススとルーシーは、短い間だが、同じ土地で仕事をしていた大切な同僚だ。
それに何と言っても、ルーシーはパラケルススに侵食していた、光魔術を除去する作業を頼まれた。その悲惨な有様を、直接その目で見たのだ。
いつもエンプティと軽口を叩き合っているパラケルススが、あそこまで弱っているのは驚くだろう。それと同時に、気さくで優しいルーシーは、心を痛めたはずだ。
「落ち込んでたねぇ」
「左様でしょうか?」
「ルーシーとベルの関係でいう〝友達〟じゃないけど、パラケルススとルーシーって兄と妹みたいな仲だったでしょ?」
「まぁ、ヒトでいう、兄妹というもののようでした」
仕事熱心な兄と、明るく人懐っこい妹。二人の関係はそんな兄妹のようなものだった。
趣味も共通していて、余計に仲が良かったことだろう。
「その慕っていたお兄さんがボロボロになって帰ってきたら、そりゃあ落ち込むし――怒るよね」
「――アリス様。我々はアリス様の命令に、背くようなことは御座いません。あるとして、アリス様の身に危害が加わるかと思われたときです」
「そうだね」
別にアリスはルーシーが、あのマリルを危険に晒すなどとは思っていない。
しかし〝パラケルススの天敵〟と聞いた彼女が、あの瞬間に少しだけ不快そうにしたのは確かなことだ。
アリスとて自分で創った子供を信じてあげたいし、命令に逆らって裏切る形になんてなってほしくない。
だからエンプティの言わんとしていることはよく分かっていた。
「だから、彼女を信じてあげてください。ルーシーは自分の感情を優先して、復讐するような者でもありませんから」
「分かってるよ」
同僚を思いやるエンプティを見て、慈しみの目を向ける。エンプティが、ルーシーが。パラケルススが。幹部の誰もが、毒舌を吐き悪態をつくなどしても、本心では相手を嫌とは思っていない。
みながアリスのために存在し、お互いを尊重している。
そうでなければ、あのパラケルススの一件の際にエンプティは、いつものように毒舌を吐いていたことだろう。
それがなかったということは、あの時に彼女も静かに怒りを抱いていたということだと、アリスは解釈していた。
「! ……サンドドラゴン」
二人が会話している場所に、影が落ちた。雲により太陽が隠れてしまったのではなく、空を見上げれば数匹のドラゴンが飛んでいた。
この地にやって来て何度も見た砂が、パラパラと二人に降り注いでくれば、上に何かがいるのだと分かる。
雪山でのワイバーンとは違い、今度こそ確実にドラゴンで間違いなかった。
数匹いたドラゴンは、一匹、また一匹とどんどん上空に集まっていく。上空を多数のドラゴンが覆い尽くして、地上は完全に影となっていた。
ドラゴン達は、アリスとエンプティの上を、ぐるぐると円を描いて飛んでいる。
こんな閑散とした廃墟の中では、二人の存在は目立つことだろう。ドラゴンでなくても視認出来るはずだ。
「奴ら、完全に我々を捕捉してますね」
「そうみたいだね。撃ち落とせる?」
「お任せください。〈
先程は使わなかったスキルを、再び発動する。三つの酸から選んだのは、黄色。
中程度の酸であり、戦闘で最も使う酸だ。一番強い強酸でも戦闘は可能だが、相手が溶けてなくなってしまうというデメリットがある。
もちろん、姿かたちも残さぬほど消していい戦闘ならば使うだろう。
しかしアリスは〝撃ち落として〟と命令した。消滅させろとは言っていないのだ。
エンプティはその黄色い酸を、上空へと放った。
速度を伴った酸の液体は、正確にドラゴンを狙撃する。そして外れること無く、一匹のドラゴンへ命中した。
地上にまで聞こえるジュワという音。程なくして、酸による激痛を得たドラゴンは、地上の方へと落下してくる。
それを見た他のドラゴンが、慌ててこの場を去ろうとしている。たった一撃で、相手にしてはいけないと気付いたのだろう。
むしろ一撃食らってから気付くのでは遅すぎるのだが――彼らが事前に相手の力を見極められなかったのが敗因である。
「一匹も逃さないで。生け捕りにして」
「はっ。スライム達!」
エンプティが〈スライム生成〉にて三体ほどの美女を生成する。
エンプティはスライム美女達を引き連れて、駆け出した。ドラゴンはまだ上空を飛んでいる個体が多く、空中戦が得意ではないエンプティはその都度撃ち落とさなければならない。
その点に関しては、先程の正確な狙撃を見れば問題がない。
〈スライム生成〉で生み出したスライムも、中程度の酸攻撃は使用できるため各自でドラゴンたちを狙撃していく。
まるで蚊取り線香のコマーシャルよろしく、空中からボトボトと落ちていくドラゴンは滑稽である。
少しすれば、ドラゴンの首元を掴んで引きずるエンプティと、スライムたちがアリスの元へと戻ってきた。
アリスの知る中では対ドラゴン戦は初戦のはずなのに、その姿は妙に手慣れているのだった。
「なんか、様になってるね……」
「そうでしょうか? たまに龍形態のハインツと、戦っているからですかね……?」
「え!? そんなことしてるの!?」
「デスクワークだけですと、体が鈍ってきまして……」
「あー……」
エンプティに言われてアリスは気付かされた。同じ仕事を任せていていいのか、と。
〝設定〟などはアリスが作り込んだものだったが、この世界にやってきて活動しているのは彼らの意思だ。
いずれ「こうしたい」「ああしたい」という意見が出てくるだろう。
同じ仕事には飽きてくるかもしれない。
であれば外仕事と内仕事を、交代制にしたほうがいいのではないか。人事異動ではないが、ある程度ローテーションにしたほうが彼らも退屈しないで済むのでは、と。
パラケルススも、外に出て仕事がしたいと要望を投げてきた。結果的にあのような惨事になってしまったが、内勤だけでは疲れてくるのも事実である。
「あの、アリス様。深く考えなさらないでくださいね。適材適所とも御座いますから」
「うん?」
「エキドナは城から離れれば防衛が薄れますし、ハインツも魔族の管理を共にやっておりますので。欠けてしまうと、それらが回らないことも御座います」
「そう……そうだよね」
幹部と同じレベルの力を使える部下がいない以上、外したことにより欠けた人員を埋められる術がない。
つまりローテーションを組むというのは、現実的ではない考えだった。
「……ですが、たまにこうして羽を伸ばせれば――いえ、私がアリス様に意見など不躾ですね」
「いいんだよ、みんな仲間で家族だもん」
「アリス様……♡♡」
エンプティがアリスの言葉に感動し、恋する乙女な表情を見せていた時だった。
未だ彼女の強固で破壊的な握力に、首を掴まれていたままのドラゴンが悲痛な声を上げる。
「あ、あの、ぞろぞろ、ぐるじ……」
「はあ? アリス様との大事な話を――」
「エンプティ、ステイ」
「はい♡」
エンプティは返事をすると、掴んでいたドラゴンを手放した。ベシャリと無惨に地面へ落とされたドラゴンは、ようやく開放されたことにホッとする。
そろそろ本題に戻るべきだろう、とアリスは動く。
「それじゃあ、お前の上官のところへ案内しろ」
「よ、よろこんでぇ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます