王と姫と
「……久しいな、聖女マリル」
「はい、お久しぶりで御座います。ニークヴィスト様」
アベスカに通されたウレタの姫、マリル・キャロル・ウレタ。
食事と衣服の着替えを終えた彼女は、こうしてライニールの元へやって来ていた。
とは言ってもここは彼の書斎だ。謁見するための玉座は、もうアリスの所有物。
そして玉座の間は、アリス率いる幹部達が転移してくるポイントとして設定されている。そのため、あの部屋を安易に使用することは避けられていた。
ライニールは己のデスクに座り、マリルは客人用のソファに腰掛けていた。
「チッ……」
マリルの両親であるならばまだしも、娘であり姫のマリルとはあまり交友がない。交友したところで、メリットがなかったからだ。
だから〝おもり〟をしなくてはならないことに、少々不満を抱いた。
しかしその舌打ちを聞いたのは、眼前のマリルだけではない。
この部屋にはもう一人いるのだ。
「王様~?」
「ひっ、申し訳ありません!」
ルーシーがにらみつければ、ライニールは縮こまってしまう。その様子に、マリルは首を傾げた。
彼女の記憶にあるライニール・ニークヴィスト6世とは、異なっているからだ。
ライニールはわがままで、暴君として君臨していると聞かされていた。実際に会った彼もその通りで、興味のないマリルに対して冷たくあしらっていた。
だから誰かに怯えるということが想像できなかった。そもそも一国の王である以上、ライニールを脅かす存在がいないのだ。
しかしこの目の前にいる少女。見たこともない衣服に、聞いたこともない言動。
見た目からして十代かそこらの少女だ。だから、ライニールが怯えている理由が分からなかった。
「と、とにかく! トレラント殿が保護を頼んだ姫君だ。アリ=マイア連合内ということもある。無下には出来ん」
「はぁ? トーゼンっしょ」
「あ、はい、すみません」
ここで無下にするという選択肢を、ライニールには与えられていない。
彼はアリスがすると言えば、実行しなければならない。義務なのである。
それに先日の汚職の件もあって、ルーシーからの当たりが厳しくなっていた。アリスに隠れてコソコソと汚いことをしていた国王など、幹部の誰が許容できるだろう。
「部屋を用意してある。……おい、そこの者案内してやれ」
ライニールが指名した先には、無表情の使用人が立っていた。余りにもゾッとするような表情のなさに、マリルも驚愕する。
いくらライニールが嫌いとは言え、上のものに仕えているのだから多少の愛想を弁えるべきだろう。
しかしこの使用人は、ホムンクルスである。
仕事ができれば良い程度生成されたため、愛想は二の次。代わりにまともな仕事ぶりは望める。
「あれはねー、ホムンクルスだよ」
困惑しているマリルのもとへ、ルーシーがやって来て説明をする。
異国から来たマリルには、この国の現状を把握するにはことが起こりすぎている。
「ホムンクルス……! 噂には聞いたことがありますが、実在するとは……。これはえっと、ルーシー様? が、お作りに?」
「ううん。大事な仲間――同僚が作ったんだよ」
「素晴らしい出来栄えですね。その方はどちらに?」
「…………勇者にやられて、城で安静にしてる」
パリン、と軽い音がして、ライニールの机に置いてあったティーカップが割れた。
突然割れたカップに驚くライニール。そして水浸しになっていく机の上。書類が汚れないようにとライニールが慌てふためいている。
原因はルーシーから漏れ出ていた魔力であった。
ルーシーは非常に頭にきていた。忘れようとしていたことを、こうして思い出させられたこと。あのとき自分が何も出来なかった不甲斐なさ。
怒りに震えて溢れ出た魔力が、部屋中の様々な箇所に影響を及ぼしている。空気が震えて、壁や棚に亀裂を入れている。
目の前にいるマリルが酷く驚き、怯えているのが目に入ると、そっといつものルーシーに戻った。
部屋の惨状を直すことはなかったが、漏れ出ていた魔力の流れを止める。
「……んー、まぁ。マーちゃんには関係ないことだよ」
「ま、マーちゃん?」
「マリルだからマーちゃん!」
「あ、は、はあ」
あのライニールが恐れる存在であること、先程の流れ出た魔力。
それらも相まって、マリルは強く言うことをやめた。他国の姫と分かってもなお、この友達のような態度をやめない彼女は、相当な地位なのだとマリルは己の中で決めつける。
「あーしが連れてくね。ホムンクルスはついてきてもいいけど、待機」
「畏まりました」
水浸しの机上を片付けているライニールをよそに、ルーシーはマリルを連れて部屋を出た。
廊下を歩く二人は、目的地である客室に向かうまでに会話をすることにした。ここで保護されるにあたって、知っておくべきことを。
「マーちゃんはさ、アリス様のお姿を直接見たから分かると思うけど、あーし達人間じゃないんだぁ」
「……はい、薄々気付いておりました。貴女からは膨大な魔力を感じます」
マリルがそういうと、ルーシーは拍子抜けした。
アリスならばともかく、他の幹部達は比較的人に似せて創ってある。それはアリスの趣味であり好みである以上、誰も文句を言わないことだった。
だが言うならば、人に似せたせいで〝化け物〟であると分かりづらいこと。大抵の人間はひと目では彼らを見抜けない。
美女がスライムであることも、頭のかたい大男がドラゴンであることも。
肌はただれようが小綺麗な錬金術師がゾンビであることも、長い前髪に隠された先が多眼の虫少女であることも。お淑やかな彼女が蛇女であることも。
そして、ルーシーが人では考えられない魔力を有する――堕天使だという
「ありゃ? 分かるんだ?」
「はい。わたくしは僭越ながら、国では聖女として扱われていました。そういった訓練を受けておりましたので、魔力の感知でしたら多少は心得ております」
「ふぅん……」
(
そんなことを会話し、考えながら歩いていれば目的の部屋へとたどり着く。
魔王城とは違って過度にいじっていないアベスカ城は、必要としている部屋へと行くまでに時間がかからずに済む。
こればかりはあの迷子になりやすいアリスも、部屋の位置などをきちんと覚えられた。
「あ、この部屋だよ」
「有難う御座います」
部屋を案内したというのに、マリルは入ろうとせず入り口に立ってモジモジとしている。何か言いたいことでも欲しいものでもあるのか、とルーシーは察して口を開いた。
「あ、何かいるものはある~? 表にホムンクルスを置いておくから、その都度言って欲しいっていうか」
「い、いえ。今のところは……。……あ、あの」
「?」
「国は……助かるのでしょうか」
マリルにとっては大切なことだった。
愛すべき故郷。今はもう見られないあの美しい景色を、再び拝めることが出来るのか。
復興に多大なる時間がかかれども、また一緒に家族と笑い合うことが出来るのだろうか。――そればかりが不安で仕方がない。
自分はこうして小さな怪我まで治してもらい、手厚いサポートを受けているというのに。国では今も家族や仲間たちが、土地を守ろうと戦っているかもしれないのに。
「アリス様を信じるし! マーちゃんも見たっしょ?」
「……そう、ですね。あの御方には感謝しかありません」
「そーそー。アリス様はすごいんだから、カンシャするし」
「では……。私は少し、休ませて頂きますね」
「おけまる!」
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