廃墟

「さてと……」

「参りますか?」

「うん。気を付けて行こうね」

「はい♡」


 アベスカへ姫君を押し付けた二人は、倉庫の外に出る。

倉庫の内装から既に察してはいたが、外は激しい戦闘の跡が残っていた。

 美しかったであろう自然は荒らされていて、緑豊かな木々や草花はボロボロに踏みにじられている。焦げ臭いにおいが辺り一帯に漂い、周りを見渡せばまだ火の手が収まらぬところも見て取れる。

 周囲には何名もの兵士の遺体が横たわっていた。武器を持って息絶えるものや、そもそも体がちぎれて元の姿すらわからないもの。

折れた剣や、落ちている矢など。必死にこの備蓄を守ろうと戦ったのだろう。

 結果はご覧の通り、惨敗である。誰一人として生きているものは居なかった。


 アリスは少しでも恩を売るために、微かに息があれば即座に回復させてやろうと思っていた。

しかしながらそんなものは一人もいなかった。

 ――彼女の有する魔術であれば、死者の蘇生も簡単なことだ。

しかし魔力をわざわざ消費して、死者を生き返らせるほどの価値は見いだせなかった。


「抵抗した跡だな……」

「ですが簡単に蹂躙されたようですね」

「アリ=マイア全体的に武力はないってことかぁ」

「支配するのであれば課題のひとつですね」


 生存者がいないこと、むごたらしい死体の数々を見れば、力の差がはっきりするだろう。

 そして何よりも、地面に散らばっているのは砂。このウレタの土地にもとからあるような土ではなく、明らかに砂漠などにあるサラサラとした砂だ。

 元々聞いていた魔物の名前を思い出す。〝サンド〟ドラゴンであれば、砂を纏っていても何ら問題はないだろう。


 これで多少は、あの姫のいう魔物に信憑性が出てきた。であるならば、そのドラゴンについて学習しておかねばならない。

 アリスは通信魔術を、ユータリスへと繋げた。遅延などなく即座にユータリスが返答する。


「ユータリス」

『――はい、こちらに』

「サンドドラゴンについて教えて」

『〈教典リベレーション〉……えーと、サンドドラゴンは、砂のある場所に住むと言われるドラゴン種の一つで、砂漠地帯の寒暖差にも耐えうる体と、硬い鱗が特徴です』


 スキルにて召喚したこの世界の知識全てが入る本、〈教典リベレーション〉。

そこからサンドドラゴンを探し出し、ユータリスが読み始める。

 自分でやっても良かったなぁ――などとアリスは思いつつ、部下に仕事を与えるのも上司の仕事か、と納得する。

 ユータリスは問題なく読み上げていたものの、ある箇所に来ると不思議そうにして、その口を止めた。


『あら?』

「どったの?」

『サンドドラゴンは、飛翔能力はさほど高くないと記載されています。飛べてもせいぜい数十メートルだとのことです……』

「シスター・ユータリス? なら、どうしてジョルネイダから、ウレタまで飛んできたというの? あの広大な河川は数十メートルでは済まない幅よ。それが間違いなのではなくて?」


 通信にはエンプティも入っていたため、疑問を持った彼女は迷いなくユータリスへと口を挟んだ。

確かにウレタとジョルネイダは、近いとは言え広大な河川が間に存在する。数十メートルしか飛翔できないドラゴンが、渡ってこれる距離とは思えないのだ。

 だからエンプティは、虚偽の情報なのではないかと疑ったのだ。アリスに嘘の情報を渡したとなれば、それが幹部だとしても許される行為ではない。


『も、申し訳御座いません。エンプティ様……』

「ユータリスの本は神様からもらったスキルだから、情報に間違いないと思うよ」

「はっ、失礼致しました」


 アリスの言う通り、ユータリスのスキルは神が与えた知識だ。

この世界の全てが詰まった場所でキャラクターを創っているため、そのことに間違いはない。

とはいえ、アリスをこの世界に送った〝神〟を、彼女自身はあまり信じていないのだが。

 ユータリスに噛みついているエンプティをそっと宥めて、アリスは思考を巡らせる。

ドラゴンが自力で来れないのであれば、原因は一つだ。


「多分、指揮官がミソなんじゃないかなぁ」

「何かを施したということでしょうか?」

「恐らくね」

『ドラゴンのレベルは50~100程度とのことです』

「ありがとう」

『いえ。……あの』


 情報を聞き終えたアリスは、通信魔術を切ろうとした。しかし、ユータリスが一言挟むので、それを踏みとどまる。

小さく、申し訳無さそうに、ユータリスは尋ねた。声は震えていて、先程のことに対して怯えているのかと思った。

 しかしユータリスから紡がれた言葉は、そんなことではなかった。


『パラケルスス様は……如何されていますでしょうか?』

「あー……」


 あの日、ユータリスが無事で居られたのは、パラケルススの犠牲があったからだ。

アリスに救援を要請し、結果的にアリス側は誰も失わなかった。とは言え、未だに仕事に戻れないくらには、パラケルススは疲弊していた。

 傷は完全に治ったとしても、光の魔術によって受けた〝毒〟にも近い攻撃は、まだパラケルススの体内に存在している。

魔王城にて瘴気を浴びることで、徐々にそれらを取り除いているものの――アベスカに復帰するには、まだかかるだろう。


 ユータリスはまだ拠点も決まっていない幹部の一人。つまり、魔王城に常駐しているわけだ。

ということは、魔王城にて療養しているパラケルススを、頻繁に見ることになる。

 そのたびに申し訳無さで胸が締め付けられているのだろう。からすれば、有り得ない話だが――仲間と認識している以上、そういった感情もあるのだ。


「今は療養中だよ。傷自体は私が完全に治したから、安心して。後は体内の毒素を抜くだけ」

『左様ですか……。その、本当に申し訳――』

「謝らないで」

『えっ……』

「あれは私の慢心と判断ミス。部下の君達は悪くない」


 ユータリスを咎めること無く、むしろ自分が悪いのだと言うアリス。

そんな言葉がかけられると思っていなかったユータリスは、更に困惑を極めた。

 彼女の中であの事件は、自分が足を引っ張ったせいで起こってしまった悲劇。アリスに悪い部分などあるはずもなく、全ては自身が弱いせいだと思っている。


『私は、私は! 今のレベルでよいのでしょうか? 皆様の足を引っ張っては……』

「くどいわ、シスター・ユータリス。アリス様が気にするなと仰っているのだから、貴女はそれを信じればいいのよ」

『はい……』


 ユータリスは食い下がるように、自身の甘さを言及していた。

現在幹部でユータリスだけが200レベルに達していない。180レベルの彼女だが、それだけでも相当に高いレベルだ。

 だがそんな彼女ですら心が折れてしまうほど、先の件は衝撃的だったのだろう。


 はい、と返事はすれど、やはり納得がいかない様子が聞いていて分かった。

エンプティは、「はぁ」とため息を吐いて、更に続ける。


「……挽回できる何かをなさい。貴女はアリス様に知識人として創造されたのですから、今は――そうね。城にいるあの魔人どもに、力を貸してやればいいと思うわ」

『はい……! 有難う御座います!』


 ようやく元気とやる気を取り戻したユータリスは、そのまま通信を切った。

これでユータリスが悩むことは無くなると良いが――とアリスは思った。


「みんな私の茶番に付き合わせているだけなのに……」

「茶番だろうと本番だろうと、アリス様がしたいことを我々が全力でサポートする――それで十分です」

「ふふ。ありがと、エンプティ」

「参りましょう、新たな土地と民が待っております」

「だね」


 エンプティに勇気づけられて、アリスは進むことにした。

 アリスたちは倉庫のあった場所から移動し、人がいるであろう城の方へと向かっていた。

どこを歩いても景色は踏みにじられたあとであり、何よりも城に向かうに連れて荒れ具合が更に酷くなっていく。

 倒れている兵士達も増え、逃げ遅れて殺された国民達が惨殺されている。

子供を抱えたまま死んでいる親、体が真っ二つになってしまっている兵士。死に方は様々なれど、周囲に大量の死体が転がっているのは間違いない。


(ここまで酷いと、国民の生き残りはいるのかな?)


 ふと、アリスは疑問に思う。

ウレタの人口がどれくらいの規模なのかなどは知らないが、想像以上に人が死んでいる。しかもここは王国の首都付近。

これだけの人が死んでいれば、果たして城に人が残っているのか。


 そして死体に混じって、倉庫前でも見た砂。所々に大量に落ちている。

死体、砂、死体、砂。見飽きるくらいに広がる光景だった。


「アリス様。あれは城壁……だったものではありませんか?」

「あぁ……」


 エンプティに言われて、その方向へ目を向ける。彼女の言う通り〝城壁だったもの〟が目に入った。

 ボロボロに崩れ落ちた城壁。最早それは瓦礫とも言えるほど破壊し尽くされていた。

ただの重なる石の山を見て、アリスは少しだけ絶望する。もうこの城壁には城を守るという仕事は、二度と果たせないであろう。

 これを見てしまえば、更に人間がいるという希望が薄れていく。


 エンプティはいつの間にかスキルにて酸を召喚していた。彼女の周りを飛び回る三つの球体は、それぞれ色が違う。瓦礫を溶かすには一番強いものを使うため、真っ赤な酸がエンプティの一番近くを浮遊している。


「溶かしますか?」

「しなくていいよー」

「承知しました」


 アリスに言われれば、エンプティはスキルの使用を取りやめた。浮遊していた球体は姿を消して、エンプティの周囲には何も飛んでいない。

 アリスはふわりと浮き上がると、瓦礫の山を飛び越えて城下町の中へと侵入した。

エンプティもそれに続いて山を越え、アリスの後ろへとついた。


 瓦礫の山で見れなかったが、城下町は悲惨なものだった。

未だに黒い煙が上がる街の中、家屋は崩れて倒壊している。家らしき形をなんとか保っているものもあれば、城壁のように瓦礫に成り下がっている建物も散見する。

 人のうめき声すら聞こえない街は、誰もいないのか気配すら感じられない。

転がる死体は兵士が多いのもそうだが、一般市民も多くを占めている。逃げ遅れたもの、逃げる術を持っていなかったもの。

 いずれにせよ、破壊の限りを尽くされた街が、目の前に広がっていたのだ。


 そしてあれだけ見てきた砂が、また大量に撒き散らされている。

違う点があるとすれば、城下町の中には巨大なモンスターの足跡らしきものが見られたことだ。

 このサンドドラゴンは、わざわざ地上に降りてきてまで蹂躙を行ったのだろう。だからここまでに悲惨な光景が生み出されたに違いない。


「近くに人影、魔物の気配はないようです」

「みたいだね。徘徊や周回していないとなると、鎮圧は完全に終わったのかもしれないなぁ」

「どこかに集めているのでしょうか?」

「そうなんじゃないかな? だとすると――」


 アリスはそびえ立つ城を見上げた。城下町がこれだけ無惨な姿に変えられているというのに、城はさほど傷がつけられていない。

まるであえて守ったかのように、元の状態を保っている。


 エンプティもアリスも気配だけで周囲の索敵を行ったが、今一度しっかりと探知をかけた。しかし生命反応は見当たらない。

アリスレベルの存在の探知すら遮断出来る何かがあるのか、それとも純粋にこの場所には一人として生存者はいないのか。

 城下町の広大な土地を、いつもの〝意識を遠くへ飛ばす探知〟をする気にはなれなかった。

先程体調不良に陥った姫を見たせいなのか、余計に面倒だった。治癒で治せる程度の気分の悪さが彼女を襲うだけだが、それでもする気にはならなかった。


「アリス様……。恐れながらこのエンプティの、愚かな質問を許していただけないでしょうか」

「うん? どうぞー」

「もしも国が空っぽならば、魔族の土地として改めて作り直したほうが、楽なのではありませんか?」

「確かにね~」


 アベスカを使い始めるには、時間が掛かった。国王を脅し、民の信頼を得て、ようやく魔族との偏見が拭えた。

 今となってはアベスカの国民は、自身の家族を殺したのは魔王ではなく、勇者が殺したと思っている。いや、思い込んでしまっていると言うべきか。

そして肝心のアリスは、己を救済してくれた神だと言って崇め讃えているのだ。


 それにまた救済から始めるとなると、同じことを再びすることになる。

今や勇者側に、〝自分達を脅かすことの出来る存在がいる〟と情報が行っている。アベスカの頃のように、ゆっくりと物事を進める余裕はない。


「とにかく! 今の目的は征服者の発見、生存者の捜索だよ」

「かしこまりました」

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