嵐のあとの幸運

 パルドウィン王国、某所――

戦後の処理も落ち着いて、ようやくマイラ・コンテスティの葬儀を執り行えるようになった。

 オリヴァー率いる勇者一行は、パーティーに多大な貢献をしてきた愛すべき友人のため、葬儀の準備を行っていた。

 マイラの葬儀はいわゆる国葬になり、戦争から生きて帰った兵士達もその準備を手伝っている。大々的に行われるであろう葬儀のため、大急ぎで取り掛かっている。


 マイラの過去がどうであれ、勇者の仲間として国に貢献してきたのは誰もが知る事実。

彼女の死は国に瞬く間に伝わった。そして誰もが心を痛めて、悲しみに浸った。――一部を、除いて。


「遺体は、彼女の故郷へ送るのか」

「……いや。あの村は……マイラが英雄として死んだと聞いても、受け入れない」

「ならばせめて、ヨース領に眠らせれば良い。第二の故郷といっても、差し支えないだろう」

「ありがとう、アンゼルム」


 あれだけ人のため、世のために貢献してきたマイラ。未だにそれを〝悪しき子〟として認めない彼女の故郷。わざわざそこへ遺体を送るほどならば、マイラを変わらず愛してくれるヨースの民の地へ眠らせてやったほうがいいのだ。

 ヨース領に住む人間であれば、マイラを拒絶することなどない。

 幼い頃の記憶のせいで、大きくなってもオドオドとしたままのマイラ。しかしそんな彼女を、ヨース領の人間は受け入れた。アンゼルムを任せられる仲間として、オリヴァーとともに戦えるヒーラーとして。


「オリヴァー様、アンゼルム様。マイラ様に救われた兵士が、話を聞きたいと……」

「分かった。行くよ」

「あぁ」


 二人の元へ兵士がやって来てそういった。この葬儀の準備中に、こうして何度も人が訪れる。〝青の天使〟と呼ばれた最高峰のヒーラーであるマイラは、多数の兵士の命を救ってきた。最終的には戦えなくなり、引退を強いられたとしても――命は繋がっている。

 そんな彼らが、若くして亡くなったマイラを弔わないわけがない。みな悲しみを顔に浮かべ、オリヴァー達のもとへとやってくる。


 オリヴァーとアンゼルムは、呼びに来た兵士達に応じるようにその場から動いた。

そうした対応を行うのも、彼らの仕事である。それ以前に、マイラと長い時を過ごした戦友だ。

 マイラへの話を聞いてやるのが、彼らの義務でもあった。


「……彼女は、本当に英雄だった」

「まさに」






「ごめんなさい。私に配膳するこのお料理は、こちらに変えてもらえますか?」

「かしこまりました」

「あとは……大丈夫そうです。ありがとうございます」


 ユリアナ・ヒュルストとコゼット・ヴァレンテは、オリヴァー達とは別の場所で準備を行っていた。葬儀を行った後の晩餐に関しての調整だ。

 国を挙げて彼女の式を行い、夜には親しい仲間だけでひっそりと食事をする。マイラとの思い出を語らいながら、共に過ごすのだ。


「ねぇ、ユリアナ」

「なぁに?」

「あんた最近、好き嫌い多くない?」


 非常に細かく指示を出しているユリアナ。それを見たコゼットは、違和感を持った。ユリアナは、普段から好き嫌いが多いわけでもない。あのマイラの薬草スープですら、ちゃんと完食しているほどだ。

 しかしここ最近は、妙に食にこだわることが多かった。これは大丈夫、これは駄目。まるで何かがあるかのように、細かく指定している。


 初めこそ、ショッキングな出来事の後で食が細くなったのだと思っていた。コゼット自身にはそんなことはなかったが、気の弱いユリアナのことだ。あり得なくもない。

 だが日に日に、それは疑問へと変わる。ショックの影響にしては、不思議と決まったものを拒否していた。


「……あー、えっと、ね」

「もしかして……あんたも知らないうちに、あのやばい奴らの魔術を受けてたの!?」

「ずっと一緒にいたじゃない、もう……」


 〝あのやばい奴ら〟とは、まだ見ぬ脅威――マイラを殺した何かに関してだ。未だにその調査は続いているが、内容は並行のまま進展はない。

 死因は兵士による刺殺と射殺、そして彼女の手持ちである杖が刺さったことによるものしかしそれ以上に、どうやってあの土地を更地へと変えたのか。一瞬で更地になったというのに、どうしてマイラは保護したのか。

 疑問が残るばかりで、しまいには未知なる存在にあらぬ噂が立つばかりだ。


 正しい情報を取捨選択出来ず、不安にかられてすべての情報を鵜呑みにしてしまっているコゼット。親友であるユリアナに対して、不安が加速するあまり変な思考へと至ってしまった。


「内緒にしててくれる?」

「? いいけど……」

「あのね、お腹に……いるんだって」

「……?」

「赤ちゃん」


 そっとユリアナが告げると、コゼットが石のように固まった。目が点になり、呼吸も止まっているのではないかというほど動かない。

 しばらくしてぶるぶると震えたと思えば、この場にいる他のものが驚くほどの大声を上げた。


「ど、ぉ、えェえぇ!! んむぐっ」

「しーっ!」


 それをユリアナが急いで塞ぐ。

 コゼットの慌ただしい性格をよく知っていながら、それでも真実を告げてしまったのは、ユリアナもユリアナで気が高まっているからだろう。

 ユリアナがそっと口から手を離すと、怒涛の勢いで質問が飛んでくる。


「オリヴァーは知ってるわけ!?」

「まだ言ってないの。ほんの一ヶ月くらいみたいだから」

「その段階でよく分かったね!?」

「マリーナ様がね。私の中に別の生命反応があるって。それで微量の魔力を流して診てもらったの」

「そ、そんなことも出来るんだ……」


 コゼットはマリーナに対して、更に尊敬の念を抱いた。と、同時にユリアナの顔と腹部を交互に見つめている。この中に、勇者の力を受け継ぐであろう遺伝子がいる。そう考えると感慨深いものだ。

 なかなかに失礼な態度ではあるものの、コゼットだから許されているのだろう。この場にアンゼルムがいれば、また何かしら言ってくるかもしれないが。


「て、ていうかいつの間に……」

「……そ、そこは聞かないでよ……。その、戦争前に……。死んじゃうかもしれないからって……」

「オリヴァーが?」

「…………わ、私が……」

「あんたって案外大胆だよね……」


 親友ながら、コゼットはユリアナに感心する。普段は大人しいというのに、こういったところで積極的になるのはもはや魔性の女だ。しかしそうは思っても、今回の戦争は死ぬ可能性が大いにあった。

 たまたま相手は勇者を連れてこなかったこともあって、いつもよりも楽勝という結果が残せたものの。ユリアナの「最期になるかもしれないから」と頼む理由は、一理あるのだ。


「えぇ……でも、なんか……おめでとう……うぅ、ぐすっ」

「もう、何泣いてるのよ」


 祝福の言葉を投げかければ、実感がわいてきたのかボロボロと涙を流し始めた。勇者パーティーでは一番喜怒哀楽が激しいコゼットだ。こういったときもコロコロと表情を変えて、まるでパーティーの感情を代弁するかのようだ。

 それに大好きな親友と大好きな仲間が、こうして子供をもうけたのだ。感極まって涙してしまうのも、当然というもの。

 直前に愛する仲間を失った、というのも大きかった。失った命、新たに生まれた命。ここ最近の勇者一行の環境は、目まぐるしく変わっている。


「だって……マイラの゛ことも゛あっだからぁ……」

「……うん。それなんだけどね」

「う゛ん?」


 ユリアナははにかみながら、小さく続ける。


「もしも女の子だったら、マイラって名前にしようと思ってるんだ。もちろん、オリヴァーくんにも相談してね」

「ゆりあなぁあア゛ぁ!」

「あぁ、もう。はいはい……。ほら、鼻かんで」


 ハンカチを取り出して涙を拭ってあげながら、ユリアナの代わりに涙を流し続けるコゼット。まるで子供をあやすように親友を落ち着かせながら、残りの仕事を続けるよう促した。




 残念なことに、ユリアナの妊娠に関して、翌日にはもう国中に触れ回っていた。これはコゼットが言いふらしたのではなく、あの場に居た兵士がたまたま見聞きしてしまったのだ。

 このことは国中の話題になった。マイラの死という絶望的な話題の後、勇者の子供というニュースは大事だった。

 ユリアナはこれを避けて、〝秘密にして〟とコゼットに頼んだというのに、棒に振ってしまった。


 国民も、国王も、全てがユリアナとオリヴァーの出来事を祝福した。

 聞かされていなかったオリヴァーは、驚いていたものの、非常に嬉しそうにしていた。それもそうだろう。愛するユリアナとの子供だ。嬉しいに決まっている。


「……こうなるから、秘密にしたかったんです……」

「でも俺は嬉しいよ、ユリアナ」

「えへへ、オリヴァーくん……」


 まだ膨らみもないユリアナの腹部を、オリヴァーの手がゆっくりと撫でる。優しい手付きに、ユリアナは顔をほころばせた。ユリアナとて、嬉しい。しかも国を挙げてここまで祝福してくれるのだ。

 これから様々な困難が二人を待ち構えているとしても、お腹のまだ見ぬ子供のために頑張ろうと思えた。


「この子のためにも、マイラを殺した犯人を探し出して――平和を取り戻そう」

「はいっ! そうですね!」


 二人の間には、幸せな空間が生まれていた。

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