着手

「いやー、お待たせお待たせ」


 えへへ、とはにかみながら玉座に座り込む。

アリスのそんな言葉を聞いて、幹部達はそれぞれの反応を見せた。


「全く待っておりませんわ」

「アリス様のためであらば、何時間でもお待ち致しますッ!」

「あーしも、あーしも!」


 いつものようにエンプティが微笑みながら答え、忠誠心が声の大きさに表れているのではと言わんばかりにハインツが叫ぶ。

その二人に乗って、ハイハイと手を元気よく上げるのはルーシーだ。


「あたしも武器のメンテとか出来るし、全然大丈夫っす」

「わ、わたくしも大丈夫ですわ、大丈夫ですわ……」

「自分も苦ではありませんでしたな」


 ベルはオタク気質であるため、こういった暇な時間を潰す手段は多数持っているだろう。日々増える武器の在庫を手入れしていれば、丸一日潰れるはずだ。

 エキドナはそういった趣味も何もないが、ただひたすらじっと待っている。そしてアリスがきたら柔らかに微笑んで、「わたくしも……只今参りました……」とだけ言うだろう。

 パラケルススもベル同様、錬金術の素材整理などをしていれば時間が消えていくタイプだ。


「俺も覚えなきゃいけねぇこと多いしな。城の中歩き回ってたら、時間が過ぎてますよ」

「私も問題ありません」


 そしてディオンとユータリス。新参者の彼女達は、まず頭に叩き込むことが多すぎる。

特に知識人として必要とされるユータリスは、もっとそれが多い。

勉強に励んでいれば、自ずと時が消費されていく。


 各々が発言を終えると、ハインツが切り出した。


「それで、アリス様はどうなさるおつもりでしょう!」

「やっぱりアリ=マイアは全て


 今まで散々〝借りている〟と称してきていたアリスは、ここでようやっと〝統治〟という言葉を使った。

もはや今のアベスカとアリスの関係は、貸し借り程度では済まされない。

 アベスカ国民はアリスを王のように――神のように慕っている。そしてアリスも、国民によりよい生活が出来るよう配慮している。

これだけしておいて、未だにそんな借りているだなんて甘えた考えではいられない。

 ライニール国王は外交用の時間稼ぎでしかなく、アリスが行わない細やかな事務をこなしているだけ。

国民からの要望や、城内城外の改善、人員の確保など。戦後で一番必要とされているものは、全てアリスが賄っている。

 アリスはアベスカの〝王〟ではないが、それに匹敵する仕事を行ってきているのだ。


 それにアリ=マイアを統治したかったのは、地続きなので、情報漏えいの危険があるからだった。

一部は島国として成り立っているものの、それでも同じ連合国家である。であれば、一緒に丸め込んでしまおうと考えたのだ。

 何よりも連合内での情報不足により、パラケルススとユータリスに死を感じさせる思いをさせてしまった。

それはアリスとしては、二度と起こってはならない事態だった。


「おぉ……!」

「今まで甘えてたよね。もっと王としての自覚が必要だと思ってさ」

「今のアリス様も、十分威厳がございます♡」

「ありがと、エンプティ」


 微笑んで礼を言えば、エンプティがウネウネとうねって悶ている。

もう日常茶飯事と感じたハインツは、そんなエンプティを無視して話を続ける。


「ですが統治なりますとッ、誰を送るのでしょうか!?」

「私!」

「ウフフ、だめです♡」

「もぉー!」


 聞いたのはハインツだったが、否定したのはエンプティだった。

アリスに送る視線はいつもと変わらず熱を帯びていたが、口から真っ先に出たのは愛の言葉ではなく、否定。

 駄々をこねるアリスに対して、エンプティはつらつらと理由を連ねていく。


「確かに勇者が、あのマイラという人間程度のレベルと力なのでしたら、アリス様は絶対に負けないとは思います。ですが、王が何度も城をあけるのはどうかと思われますわ! それになんと言っても、指示を仰ぎたいときにいらっしゃらないのは――」

「エンプティッッ!!!」

「口を挟まないでくれる、ハインツ!?」


 長々と喋るエンプティに口を挟むハインツ。

室内にビリビリと響く大声は、確実にエンプティの長話を止めた。

 あまりの大声にベルやパラケルススも顔をしかめていた。叫び声だけで敵の魔術を〝割る〟男だ。間近で聞けばいい思いはしない。


「色々まくし立てているが、貴様が言いたいのは違うだろう!」

「はぁ!?」

「アリス様! エンプティは寂しいらしいです!」

「ちょっ!?」

「そうだろーねー」

「なにっ、え、あのっ!」


 ハインツから正論を言われてしまったエンプティは、今の今まで冷静に理由を並べていたというのに焦り始めた。

それに何と言っても、アリスにもそのことが知られていたと分かると、余計に慌て始めた。

 なんとか弁明の言葉を紡ぎ出そうと必死だったが、それはアリスの言葉で阻まれてしまう。


「だからね。今回の同行者は、エンプティにしようかな~って思ってるんだ」

「わ、私……で、御座いますか……」

「うん」

「……う……、その……」


 エンプティの発言が、尻すぼみになっていく。

 この世界にやって来て、アリスと外を歩いて回ったのは本当に最初のときだけ。

城を手に入れて以降は、ずっと魔王城にて事務や人員管理、城の改築増築、位置把握などなど。

 アリスが旅行に出たり、アベスカにて様々な案件を片付けている一方。エンプティは城から出ること無く、アリスと世界を見て回ることなく仕事漬けだった。


 エンプティとしてはアリスと一緒に何かをしたい、という気持ちは大いにあった。

しかしそれは己の欲であって、一番に優先して良いことではない。

 アリスが自身で供回りを決めたのであれば、嫌だろうが従うしかない。本当は自分が行きたいけれど、我慢するしかない。

帰る場所を守っていて、と言われれば喜んで応じるしかない。


 だから困惑した。焦るのと同時に、困ってしまった。

まさかこんな形で、ようやく自分の望みが叶うとは思わなかったからだ。


「安心しろ、エンプティ! なに、ディオンもいるし――彼女は国を回すことに関しては幹部トップかもしれんぞ!? それにユータリスも戻ったことだし、君もそろそろデスクワークで疲れているだろう!! たまには外に出たほうが良い!」

「……ハインツ……」


 想像以上にエンプティの思いを汲んでくれていた同僚に、少しだけ感動する。

感動しているエンプティだったが、ハインツは前回のアリスのパルドウィン旅行の際に、何度か連絡を取っていたことがある。

エンプティはそれを知らないのだが――ここは言わないほうが吉だとハインツもアリスも分かっているのだ。


「エンプティは、私と行くのが……いや?」

「ととと、とんでも御座いません! むしろ行きたいです! 喜んで行かせていただきますとも!」

「ふふ、よかった」

「はいぃ……♡」


 エンプティが夢みる乙女のように大人しくなる。過去と比べて一番静かになっていたので、アリスは気にせず話し合いを再開した。


「それと、アベスカが本格的に復興に入るみたい」

「ほう! 復興ですかッ」


 アリスが〝統治〟と称した以上、アベスカはアリスのものだ。

そこに何かの変化があるのならば、幹部も把握しておくべきだ。そして、幹部達はアリスの所有物がより良い状態であるために、精進しなければならない。


 アリスは具体的にどんな復興作業が行われるかを伝えた。

今まで捨てていた村を再び取り戻し、畑作を再開する。

 城下町に集まっていた地方の者たちは、自身の故郷である集落へと帰れるよう準備をするのだ。


「それにあたって、ハーフエルフと迫害されているウルフマンを、送り込むことになったよ。転移魔術を使えるルーシーが、頻繁に駆り出されると思う」

「リョーカイです! お任せくださーい!」


 ハインツの真似をして、くだけた敬礼をしてみせる。

 パラケルススが療養中の今、ルーシーは一番忙しい幹部になっていた。

相も変わらず政には疎い彼女だが、民からは慕われている。

 故に頻繁に手伝いを任されることがある。簡単な荷物運びから、魔術の訓練、ホムンクルスの簡単な手入れまで。

 アベスカに戻れば引っ張りだこだ。

だが人と馴れ合うのは好きな彼女にとっては、別段苦労でもなかった。


「あのー、アリス様」

「うん?」


 今度はベルが声を上げる。


「どうせ畑作って、食べ物だけですよね? この間の調香師の件を聞いたのですが、薬草類の生育も視野に入れてはどうでしょうか?」

「ほうほう!」


 ベルが聞いたのは、あの美容が大好きなサキュバス・ロージーの件だ。

アリスに向けて直々にプレゼンテーションを行ったところ、それが仕事に繋がったという彼女の話である。

 あれからヴァルデマルはロージーのために部屋を作り、ロージーはアリスの期待に応えられるよう、毎日部屋に篭っては香水を作っている。


 当然だがその素材も無限ではない。いずれ尽きてしまえば、新たに調達しなければならない。

 なんと言っても医療用の薬草も用いることもある。それならば、一緒に作ってしまった方が楽なのではないか、ということだ。


「香水で金策も視野に入れているようでしたら、大量生産したほうが良いと思います。それに純粋な薬用の材料としても、戦後のアベスカには必要かと」

「そうだね。じゃあそうしよう。だったら見合った報酬も出さないと……。お金、お金かぁ……」


 となれば問題は金銭だ。アリスが今自由に使っているお金は、ヴァルデマルが巻き上げたもの。

そしてそこに、ライニールから奪った金が加算されている。

つまり一つとして、アリスが稼いだお金ではないのだ。

 他人が奪った金を他人に渡すのは、アリスとしてはあまり納得のいくやり方ではない。

出来れば自分で手に入れた資金を渡したいのだが、国レベルとなるとアリスも用意するのが困難になる。

 アベスカの国民が減っていて、用意する金額自体が少ないとはいえ。手伝いのために貸した魔族も関与してしまうとなると、また報酬が増えるのだ。


「リーレイが冒険者になった話は使えませんかッ!」

「えー? でもリトヴェッタは、依頼が少ないって言ってたよ……」

「別にリトヴェッタでなくてもッ、それこそ冒険者でなくても良いのですッ! 何かの依頼を、どこかの機関から請け負って金銭を稼ぐ――というのはどうでしょうか!」


 特段アベスカにこだわる必要はないのだ。国レベルの問題を抱えているのは、他にも存在する。

その巨大な問題を解決出来れば、潤沢な資金を得られるというもの。

 しかしこればかりは勇者殺害とは関係のないこと。本来であれば、アベスカを管理する必要などないのだから。

 だがそこはわがままなアリスである。やりたいことは全部やる。

前世では最後の最後に、楽しみにしていたことが無かったことにされた。可能ならばやれることをすべてやっておきたいのだ。


 〝神〟には、勇者の殺害を頼まれた。だが殺害した後は?

世界の均衡とやらが保たれたこの世界に、アリスは不要になるかもしれない。神の権限によって、今度こそ葬り去れられるのかもしれない。


「なるほどねー。でもせっかくなら、私も冒険者やってみたーい」

「もちろん止めません!」

「まぁすぐに作物が育つとは思えないから、急ぎの案件からは外れるかな」

「承知致しましたッ! こちらでもなにか方法を探っておきますのでッッッ」

「お願いね~」


 そんなこんなで今回の話し合いは終了した。

各々が仕事に戻り、アリスはエンプティと共に城を後にした。

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