リーレイ、帝国へ来る2

「んぐっ、むぐぅ!」

「クソッ、もっと大人しい女を見つけてこいや」

「んなこと言われたって、街中警戒してんだから」


 一瞬だけ、リーレイの耳にそんな会話が届いた。

街の人間はまだ気付いていないようだったが、ハッキリとわかった。

先程の悲鳴の主とも似た女の声に、数人の男の声。リーレイに話しかけた愚か者とは違う声だったが、今襲われている女と一緒にいるのは間違いではなかった。


 リーレイはほんの少しだけ速度を上げた。人間には多少視認し辛い速度で、屋根から飛び降りて声のもとへと近付く。

 そうしながら、パペット二体の召集をかける。

パペット自体の速度はリーレイほどではないので、全てが済んだ頃に手元にあればいいくらいの感覚だ。


「――見つけたぁ!」


 木箱やら荷物やらが大量に置かれた、港の薄暗い場所。

隠れるにはもってこいの上、何よりも犯罪がしやすい死角だった。

 そこにいたのは、縛り上げられて服を引き裂かれた少女。涙で顔がぐしゃぐしゃになっていて、こんな隅っこでは誰も助けが来ないだろうと絶望した表情。

そして一緒にいるのは、リーレイを見て素っ頓狂な顔をしている犯罪者共。

暗闇でよく見えないが、影からしてざっと五人ほどいるだろう。


 こんな夜中に歩き回れる強気な少女とて、五人の男に囲まれてしまえば一溜まりもない。

あれだけ街が警戒しているのだから、こんな時間に外をうろつくなと言われてしまえばおしまいだが――それは置いておく。

若い人間というものは、そういったものに逆らってスリルを味わいたい年頃なのだ。


「僕の帝国デビューの土台になってよねぇ」

「なっ、なんだこのガキッ!」

「おい、こいつも一緒にやっちまえ!」

「ふっふーんだ、君達程度のレベルじゃ僕に追いつけないよぉ〜」


 その言葉の通り、強姦殺人の男達が一歩足を動かした瞬間には、リーレイはその場にいなかった。

男達の脳みそは、リーレイが消えたことすら認識出来ないままだったが、リーレイはそんな事に構っているほど優しくはない。

 リーレイは魔術空間から、可愛らしい装飾の施されたかんざしのようなヘアピンを取り出した。

ボディが金色で、青い薔薇の宝石が付随している。

店に売っていればさぞ高価だろう。ショーウィンドウで飾られていたそれを見た場合、誰もが手に取って己の髪につけたいと思ったことだろう。


 だがリーレイのこれは、ルーシーの杖やベルの短剣、エンプティの酸と一緒だ。

どれだけきらびやかなヘアアクセサリーだとしても、リーレイにとってはアリスから賜った刺殺武器である。


「そぉーれっ!」

「がっ!?」

「ギャア!」

「は、はぁ!? いつの間、に゛っ!」


 当然だがためらうことなく、リーレイは的確に死に至らしめる急所へピンを刺していく。

世界最高速に近い高速で繰り出される攻撃を、避けられる一般人などいるはずもなく。強姦魔達は呆気なくその場へバタバタと倒れていく。


 最後の一人を倒し終えると、ピンについた血液を振って落とした。

そして塵一つ付着していない、汚れていない衣服をパタパタと手で払う。

この薄暗くも小汚い裏路地に似合わない、整った衣装。人形のように可愛らしく、少女のように可憐で、少年の如く愛らしい。

アリスが創造した、完璧な少年。


「……きれい……」

「んん?」


 自分が置かれていた状況も忘れて、そんなリーレイに見とれた一人。

あたりには血みどろの、今の今まで自分を襲っていた男達の死体が転がっているのに。

 この少女は、この一瞬で、リーレイという存在に心を奪われてしまった。


 そんなことを考えている暇もないうちに、バタバタと足音が聞こえる。

先程聞いた兵士たちの声も混ざっていることから、声を聞きつけてやって来たのだろう。

 兵士達が現場に到着するより先に、リーレイがスキルにて出していたパペット二体が戻ってくる。別段汚れも傷もなく、結局問題の敵は全てリーレイが倒してしまっていいところなしだ。

 ガンマンは黙っているままだったが、ショーガールは明らかに機嫌が悪そうである。


「あぁ、ごめんねぇ。あとで埋め合わせするからぁ……」

「おい! いたぞ――って、あれ? 君は……」


 先程出会った少年が、事件現場にいる。

声のした方へまっすぐ来たはずなのに、置いてきた少年が自分達よりも速く到着している。

――それだけではない。

 辺り一帯に転がるは、犯罪者であろう男どもの死体。急所を一突きされたのか、一撃だけの攻撃で死に至っている。

この現状を見れば、兵士達の頭は余計に混乱した。


「こんばんはぁ! また会ったねぇ。えーっとぉ……」

「こ、この方が助けてくれたんです!」

「え、えぇ? そうなんですか? どう見ても戦える方には見えませんが……」

「でも! 襲われていたあたしが言うんだから、間違いないです!」

「まぁそうですが――んん!? き、君……貴女は!!」


 兵士の目には暗闇でよく分からなかったが、この少女。実は街でも有名なとある一族の少女である。

 リトヴェッタ帝国で、その名を轟かせる〝スターライト・ブルー〟。

淑女であればその店の名前を誰もが知っている。

一生に一度だけでもいいから、スターライト・ブルーで飾られているドレスが着てみたい。一生に一度でいいから、スターライト・ブルーにドレスを作ってもらいたい。

 そう女性であれば誰もが願う、リトヴェッタ帝国随一のドレスショップ。

代々一族でその名を築き上げてきた、ブルー家の次期当主――レジーナ・ブルーであった。


 そんな著名一家の少女が、どうしてこんな夜中に出歩いているのか。

それはもちろん、どんな出身の少女であろうとも、反抗期というものが存在するということなのだ。


「ま、まさかレジーナ様! どうしてこんな夜に?」

「いっ、いいでしょ! 散歩よ、散歩! デザインが浮かぶかもって……と、というか! 何か服を寄越しなさいよ!」

「あ、も、申し訳ございません!」

「はい、どうぞぉ♡」


 ワタワタ、と上着を脱いでいる兵士をよそに、柔らかい生地の上着を渡すのはリーレイである。

女をあまり好いていないリーレイに似つかわしくない、愛想笑いのいい笑顔。

リーレイ自らレジーナの方に、優しく服をかけてやっているほどだ。


(何だか良い家柄の子っぽいしぃ、〝寄生〟してもいいかもぉ。〝デザイン〟とか言ってたしぃ……ファッション関係なら、僕のスキルが潤うじゃん♡)


 当たり前だがリーレイが、純粋な厚意でそんなことをするわけもなく。

完全にお礼狙いの親切心なのである。

 そして絶賛反抗期かつ恋する乙女な年齢のレジーナは、そんなリーレイに優しくされてしまえばイチコロである。


「王子様……♡」

「うん?」

「あ、あたしの王子! お名前を教えてくださいませんか……?」

「僕ぅリーレ――ちょっとまってぇ? 何で僕が王子、男ってぇ?」


 アリスが設計したリーレイは、〝男の娘〟である。

少女に見える少年なわけで、大抵はひと目ではその性別を判断できない。

リーレイもそれは理解していることだし、毎度毎度面倒なやり取りがあることも分かっている。

 だがこの姿はアリスが生み出した〝かわいい〟であること。創造者であるアリスが考えるかわいいことなので、リーレイの中では最上位の愛らしい姿だと認識していた。


「あたしはこれでも洋服やドレスのデザイン、裁縫を学んできた技術者ですよ。ひと目見ただけで、その人の体型や性別が分からなきゃやっていけませんから!」

「そうなんだぁ♡僕リーレイ、よろしくねぇ!」

「はっはい! リーレイ様! あたしはレジーナといいます……!」


 やっぱり優良物件だった、とリーレイは心の中で、はしゃいでいる。

洋服のデザインが出来るとなれば、このレジーナという少女の価値は更に上がる。

 リーレイの所有スキルの一つに、そういったデザイン絡みのスキルがあるのだ。うまく行けばバリエーションを増やすことも出来るだろう。

そうなればこの少女の好感度を上げたり、すり寄ったりして媚を売っておいたほうがいいのだ。


 何よりも兵士が〝様〟までつけて敬うことから、街でもそれなりに金を持っている家の娘なのだとリーレイでさえも推測できた。

実際その通りで、ブルー家は帝国からドレスの受注を賜るほど、高級なブティックでもあり針子でもある。


「一体どういうことだ?」

「だが確実に死んでいる……」

「!」


 レジーナと会話していて、兵士がいたことを完全に忘れていたリーレイ。

いくらレジーナであっても身元不明の旅行者である、リーレイを怪しむなという線は消えていない。

 リーレイが強姦魔ではなかったとしても、真夜中の港でウロウロしているのは普通に怪しいのだ。

 それに何と言ってもそんな少年が、この五人ほどいる男たちを倒して――殺したというのだから。


「本当に君がやったとして……何者なんだ?」

「我々よりも速く到着していたようだが……」

「え、と……あ! 僕、人形師なのぉ! ほっほらぁ!」


 まだ出したままだった〈パペット・マスター〉の二体、ガンマンとショーガールを、自身で操っているように見せている。

二体も空気を読んでそれっぽく動き回り、先程のなめらかな動きとは程遠いかくかくとした人形らしい動きを繰り出している。

 それでもやはり決定打にはならないようで、兵士らは疑いの目をリーレイへと向けている。


「こ、これ! 魔術で動かしてるんだけどぉ、僕の国だと魔術の知識がこれ以上教われないからぁ……帝国に……。その……魔術使えるからぁ……今こうやって勝てたというかぁ」

「…………」

(…………ダメかぁ!)

「なるほど、魔術師か。人形の動かし方もよく出来ているが……向上心が強いんだな」

(やったぁあ!)


 少々強引ではあったものの、無事にリーレイは兵士からの疑いの目を晴らすことが出来たのだった。

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