リーレイ、冒険者になる
「その、リーレイ様。本当にありがとうございます」
「んーん。ここまで来たら、最後までやっても変わんないよぉ」
あれから、リーレイはレジーナを送迎することとなった。
当たり前だがあんな目にあったあとに、じゃあねと帰宅させるわけにもいかない。――などという、紳士的な精神ではない。
完全にお礼目当てである。
レジーナの実家の家業を聞いてしまえば、もうリーレイとしては何としてでもしがみついてしまうのだ。
しかしレジーナはそんなことを知らない。単純に親切な優しい〝人〟だと思っているのだ。
何と言っても彼女にはもう既に〝王子様〟として映っているリーレイだ。
何をしようとも補正がかかってしまう。
「リーレイ様は旅行者でしたよね? 宿泊先はお決まりですか?」
「決まってなぁい!」
「よかった。でしたら、是非うち――」
「ありがとぉ!」
「はっ、はい」
即答である。違和感を覚えられようものならば、ガシッと両手を掴んでしまえばそれでもう終わりだ。リーレイの整った顔でじっと見つめられれば、一瞬浮上した不審感など拭い去る。
リーレイに対して恋心に近い何かを覚えているレジーナにとって、これ以上のねじ伏せ方はない。
そんなわけでブルー家に、リーレイの宿泊が決定した。
アリスのために宿を探すのは、後日でも構わない。この偵察任務は、終わりを告げられていないのだ。
しかも世界で一番広い国とされる、リトヴェッタ帝国である。
情報を吸い上げるにも時間がかかるだろう。
二人は夜の街を歩き続けて、ブルーの屋敷に辿り着いた。
ただの仕立て屋にしては巨大な邸宅だ。小さな貴族と言っても間違いはない。
ドレスを扱う一族にしては、少々質素なデザインということは置いといても、宿泊施設と考えれば十分豪華だ。
レジーナは家を飛び出して来ていたため、家族に見つからないようにそっと扉を開ける。
しかしその配慮も意味はない。
入り口に母親であるパメラ・ブルーが、仁王立ちして待っていたからだ。
「どこ行ってたの、レジーナ!」
「げっ……」
逃げるすきもなく、発見されてしまったレジーナは怒鳴られている。
思春期真っ只中であるレジーナからすれば、勘弁してほしいことだろう。
しかしそんな彼女を心から愛して、心配しているのは誰でもないパメラだ。何と言っても現在は、女性を狙った犯罪者が蔓延っているというのだ。
心配も加速するだろう。
「今は夜中危険だから、出ないでって何度も……ん? その子は?」
「そ、その、助けてもらったの。それで……」
「助けた……?」
「あたしが、その……」
レジーナがモゴモゴと言い淀んでいると、ニコニコと笑顔を振りまきながらリーレイが口を開く。
当たり前だが、彼には〝空気を読む〟ということは出来ない。
時と場合によっては可能だが、それはアリスが絡むこと。レジーナはただ宿泊、帝国偵察任務にて必要と感じたから利用しているだけなのだ。
たとえレジーナがリーレイに恋愛感情を抱こうとも、リーレイには関係のないこと。
彼女を庇ってやる義理も人情もないのだ。
「巷で噂の暴漢に襲われていたから、僕が助けたんだよぉ」
「なっ……それは本当なの、レジーナ!」
「うぅ……」
パメラによるお叱りは、更に加速することになった。
「ほら! 来客用の部屋を用意してきなさい!」
「はぁい……」
数分して、パメラは言いたいことを言い終えたのか、そう告げる。
トボトボと悲しい背中を見せながら、レジーナは屋敷の中へと消えていった。
玄関ホールに残されたのは、パメラとリーレイだ。
リーレイは特にすることがなく、「早く一人になりたいなぁ」くらいにしか考えていなかった。
「えぇと、リーレイくんだっけ?」
「あ、はぁい!」
「ありがとうね……あんな子だけど、大切な娘なの。にしても、暴漢数人を簡単に倒すだなんて、冒険者か何か?」
「え?」
リーレイはそこでハッとした。最初からそう言っておけばよかったのだ。
そうすれば変に思われることも、詮索されることもなかった。魔術が使えても問題ないし、こんな時期にわざわざ川を渡ってくる理由にもなる。
自分の力が強いと、証明できる職業だからだ。
(そっかぁ! 冒険者って言っておけばよかったんだぁ……。人形師って無理があるよぉ……)
己の詰めの甘さに、猛省する。
いくらアリスに創られたばかりとはいえ、抜けているところが多々ある。
これ以上アリスに迷惑をかけられないと気を引き締めることにした。
「まぁいいさ。服に関わらない事柄は、私にとっちゃ関係のないこと」
(よかったぁ……)
「帝国滞在中はうちを好きに使いな」
「ほんとぉ? ありがとぉ!」
えへへ、と愛嬌のある笑顔を見せる。
自分を可愛いと理解しているリーレイは、どうすれば可愛がられるかも熟知している。
パメラは笑顔のリーレイをうんうんと頷きながら見つつ、その衣装をじっくりと観察していた。
本職は服を作ること。ドレス職人として時代を築き上げてきたブルー家だが、他の衣服に興味がないわけではない。
「にしても……」
「?」
「斬新な衣装だね。お前は男だろう? 女性物に見えるんだがねぇ」
「……僕の大事な人が創ってくれたんだぁ」
「そうだったのかい。それならとやかく言うのは野暮ってもんだね」
ここで否定するようなものならば、この屋敷が血の海になっていたことだろう。
リーレイにとってアリスとは、最上で最高の神。
そしてリーレイ自身は、神が作り出した最高傑作であり、この世界において一番可愛い存在。
だからそれを否定しようものならば、ここにいるのは人間ではなく、邪魔な肉塊でしかない。
切り裂いて、粉々に砕いて、血という血が無くなるほどぐちゃぐちゃにしても許されない。
たとえそれが衣服に精通した一族であっても、だ。
つまりパメラはこの発言で命を失わずに済んだのだが、それはリーレイしか知らないことだった。
「部屋を貸してやるとはいえ、金までは貸せないよ」
「はぁい」
「冒険者やって稼ぐなりしてくれ。王国ほど必要とされてる仕事じゃないけどね、飯代くらいは作れるはずさ」
「えー? もっと稼げないのぉ?」
「馬鹿言ってんじゃないよ。帝国じゃ冒険者の立場は弱いんだよ」
リトヴェッタ帝国は、徴兵制を採用している。
この国における成人年齢である17歳に達すると、20歳になる三年間国に尽くす必要があるのだ。
徴兵期間を終えれば、後は好きなようにしていい。しかしそのまま従軍していれば給金も貰えることから、兵士として働き続けるものもいる。
そんなこんなで、リトヴェッタ帝国は戦力が不足することなどなかった。
国に頼めば兵士が問題を解決してくれるし、小さな手伝いですら行ってくれる。
兵士の給金は税金から賄われており、別途で金を取られる心配もない。何よりも国が直接指導してきた兵士だ。力も真面目さも保証される。
それ故にこの国での、冒険者としての立場は弱いものだ。
わざわざ個別の金を払って、依頼したい人間など少ない。
「ふぅん……。起きたら行ってみます!」
無論リーレイが寝ることなどない。適当に部屋で日が昇るのを待つだけだ。
するとしても義体のメンテナンスくらいだろう。今夜はよく動いたから、より入念に行う。
フラフラとレジーナが玄関ホールへと戻ってくる。
リーレイの部屋を準備すること自体は堪えていないだろうが、パメラに言われた叱咤が響いているのだろう。
思春期で反抗期のレジーナとて、今晩のような目にあえば否が応でもパメラの正論が正しいと分かる。
怖い目にあったこと、心配させたこと。それらが彼女の中で渦巻いているのだ。
本来であれば彼女は優しい良い子であることを表していた。
「お母さん、部屋……準備したよ……」
「そう。早く寝なさい。明日も仕事よ」
「うぇえ~っ」
「えーじゃない! ……それじゃ、リーレイくん。おやすみなさい」
「はぁーい、おやすみぃ!」
リーレイは案内された部屋にて休息を取った。
月が高く登り、星々が輝いている夜中。街中は犯罪者を捉えたことにより、一層静けさを増していた。
その中リーレイは一人起きていて、脚部のチェックを行っている。
時々ベッドに寝転がって目を瞑ってみたり。人形の彼に眠気が訪れないのは、生まれたときから分かっていることだ。
それに飽きれば再び手足を取り外し、メンテナンスに明け暮れていた。
翌朝、レジーナが朝食だと呼びに来た。
――が、既に部屋にはリーレイは居なかった。整えられたベッドにメモが一切れ。
〝用事があるから出るね〟とだけ残して。
元々リーレイは調査に来ただけで、人間と馴れ合うようには言われていない。
無駄な戦闘を避けて、人を傷つけないように命令は受けているものの、人間として振る舞うような命令は無かった。
リーレイにとって、レジーナとは――ブルー家とは、単なるいいように使える存在でしかないのだ。
何よりも人形であるため、食事など必要がない。
下手に食べてしまえば体の節々から零れ落ちるのである。
「あっ、あれかなぁ?」
リーレイは聞いていた場所――冒険者組合へやって来ていた。
こじんまりとした組合で、看板も小さい。よく探してやっと見つけられる、というレベルだ。
本当に規模が小さいのだと教えてくれる。
安っぽい扉を開けて入れば、中は更に閑散としている。
受付に一人だけ女性がいるのみで、冒険者など一人も存在しない。
狭いはずの室内が、過疎というせいで酷く余裕のあるように見えるのだ。
(わぁ、本当にこんなのなんだぁ……)
国としては帝国兵が優秀であるという、喜ばしい自体だろう。
しかし組合からすれば、泣きたいくらいだ。この建物を運営しているだけでも赤字になりそうなほどである。
受付の女性はリーレイに気付くと、パァっと輝くような笑顔を向けてきた。
あまりにも暇すぎて、やって来てくれた仕事に喜びを隠せないのである。
「久々の来客……じゃなかった、ようこそ! ご依頼ですか?」
「違うよぉ。僕、冒険者になろっかなぁって」
「と、登録ですか!? しばらくお待ち下さい!」
女性は焦りながら分厚い本を取り出した。ちらりと見えた表紙には〝マニュアル〟と現地語で書かれている。
それを引用しなくてはならないほど、滅多にやらない業務なのだろう。
これには流石のリーレイも苦笑する。
(滅多にいないのかなぁ……)
数分して女性の「ありましたぁ!」という叫び声にも近い大声を聞いて、驚いたリーレイが怒鳴り返すなど一悶着あった。
だがリーレイは、無事に帝国にて冒険者デビューを果たしたのである。
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