リーレイ、帝国へ来る1

 人形の少年・リーレイは、無事に赤い船から降りていた。

あれから本人の宣言通り、船に乗っている間は一度も部屋から出なかった。

少々部屋に招かざる客トラブルと――腹の立つことがあったものの、航行は無事に終えられた。

 アリスと約束した通り、到着後にすぐ連絡を取った。幸い本人も暇だったようで、一分ほどの短い時間だったが会話も出来た。

それだけでリーレイは幸せになれたのだ。やすい部下である。


「はーあ、生まれてすぐ会えなくなっちゃうなんてぇ、僕ってば……」


 ため息をつきながら歩いている港は、シンと静まり返っている。

 それもそのはず、時刻は真夜中。

到着したのは夕方前だったが、荷物の検査やら不審物のチェックなどで止められたのだ。

 まさか乗客である自分にも関係するとは思ってもなかったため、大変なタイムロスを起こしてしまった。


 結局船を降りれたのは、夜も回り深夜に差し掛かる頃だった。

リーレイを乗せた船がやって来たのは、イルクナーの港からだった。それでも他国で戦争が起きている時期だ。

 国などを偽って乗り込んで来られても、帝国側としても困るというもの。

だから入念なチェックが必要だったのだ。


「だめだめぇ、弱気になっちゃあ……。ここでの調査任務を成功させてぇ、アリス様に褒めていただくんだからぁ!」


 そうなればまずは宿である。ただ宿泊するだけではなく、もしもリトヴェッタ帝国へアリスがやって来たときに、オススメ出来る程度の宿を。

 となればただの、一般人向け宿泊施設では物足りない。神たるアリスを、そんな下々の者と同じ場所に泊まらせるわけにもいかない。

そう奮起しているリーレイだったが、アリスが娯楽旅行の際は野宿もしたことを知らないのであった。


 しかしながらこんな深夜も深夜、草木も眠る丑三つ時に開いている宿なんてあるはずもない。

人っ子一人いない港をうろつきながら、どこかに明かりがないかと探して回る。


「えーっ、ホントになんにもないのぉ? 初日から野宿なんて、勘弁してよぉ」

「よーう、嬢ちゃん。困ってんのか?」

「ヒヒヒッ、かわいいじゃねぇか」

「!」


 数名の男がリーレイを囲う。

「かわいいじゃねぇか」にはリーレイも同意したが、人間程度の雑魚が話しかけてくるのは無礼極まりない。

 とは言っても、愛するアリスから「必要外の戦闘は避けること」と命令をされているため、この場は――


「逃げっ!」

「あっ! クソアマ!」

「へーんだ! 僕ってばぁ、男だもんねぇ!」


 べーっと舌を出しながら、脱兎のごとく駆け抜ける。

人間らしいスピードかつ、きちんと逃げられる速度で。

 とはいえ逃げる先など決まっていない。宿街も真っ暗で、客を招き入れる様子もない。

夜が明けるまで数時間、どこかで過ごさねばならない。


「撒いたかなぁ? ……はあ、可愛いとこういう事もあるから、大変だよねぇ! 僕ぅ罪な子ぉ。まあハインツおじさまとか、パラケルススおじさまみたいな方じゃないから不快だけどぉ」


 何処か知らない路地裏に入り込んだリーレイは、そのまま壁へ寄りかかる。

疲れなどないが、知らない土地で知らない人に話し掛けられ、宿も取れずにストレスは溜まっている。

 エンプティのようにスキルで魔術空間を用意することが出来れば、もっと楽でいられただろう。

しかしリーレイはそう言ったスキルもなければ、魔術の習得もない。

野宿が嫌なのであれば、どこかで宿泊をしなければならないのだ。


「しょーがなぁい。僕は真面目だから、この暇な時間を使ってぇ、街を散策でもしよっかなぁ!」

「――そこの君!」

「へ?」


 ぴかり、と暗闇を突然光がリーレイを照らす。

路地裏にいたリーレイは、その光に直撃して目を細めた。

 一瞬攻撃かと焦ったが、人が日常生活で使う明かりの魔術だとは理解出来た。


 まだその光はリーレイを照らしていたものの、既に明かりになれたリーレイの目はハッキリとその明かりの持ち主の姿を映していた。

 アベスカで何人か見た兵士や衛兵と似ている。つまり、帝国における兵士である。そして二人組。

こんな深夜の真っ只中だというのに、見回りをしているのだ。


「何をしている? 先程港で騒ぎがあったと聞いて来たのだが……浮浪者――ではなさそうだな」

「あ、えっとぉ、僕ぅ……さっき変な男の人に絡まれてぇ……逃げたんだけけどぉ……」

「あぁ、君がその騒ぎの加害者……?」

「僕は被害者だよぉ!」

「にしてもこんな深夜に、君のような子がどうして? 少し事務所に来て事情を……」


 兵士がそう言うと、リーレイはあからさまに顔を歪めた。

被害者だと言っているのにこの〝肉の塊〟は、言うことを聞いていないらしい。

 いっそ、殺してしまおうか。

ふと浮かんだ意見だったが、アリスの顔が頭をよぎりやめた。


(あぁ、そっかぁ……。この任務は、こういうのの連続ってことぉ?)


 ようやっとそこで、リーレイは納得した。

自分がどれだけ相手に苛立ちを覚えようとも、それを耐えて接しなければならない。全ては、あの愛しきアリスの為に。


「最近は物騒だからな、よくこの時間帯に女が襲われるんだ」

「だから僕ぅ! 男だってばぁ!」


 彼ら見回りが夜の仕事を終えて朝やってくると、港に襲われた女の死体が転がっているのだ。

頻繁に起こりすぎて、夜中は見回りをしていないのに駆り出されているということで、兵士達も疲弊していた。

精神もピリついていて、不審者であるリーレイに警戒したのだ。


「キャアァアアァ!」

「そうそう、こんな感じで襲われ――」

「って、おい! 悲鳴!?」


 タイミング良く、静かな港に悲鳴がこだまする。今の状況から考えて、噂の犯罪者だろう。

 兵士達はこの状況でリーレイを優先出来るはずもなく、ワタワタと焦りながらも女の叫びの方へと向かおうとしている。

しかし不審者で変わりないリーレイを、そのまま放置できるわけもない。


「少女――あぁいや、少年! 後で色々聞くから、動くなよ!」

「おい、行くぞ! こっちから声がした!」


 そう言い残しながら、悲鳴の方へと駆けていく。

バタバタと慌ただしく消えていった兵士達を見送りながら、リーレイは呆れたようにつぶやいた。


「えーっ、めんどくさいなぁ! 待ってろって言われて、普通に待ってる馬鹿いないでしょお」


 全くその通りである。別段犯罪を犯していないリーレイだったが、真面目であるわけではない。

逃れられる隙間があるのならば、そこを堂々と通る。面倒事を回避できるタイミングがあるならば、それを必ず選ぶだろう。

 とはいえ先程一瞬だけでも被害にあったリーレイは、どうにかしてでも反撃に出たかった。

しかしアリスからは、不必要な戦闘は抑えろとの命令もある。


「捕まえるのに協力したらぁ、良いかなぁ? 恩も売れるしぃ……よーっし、決めた! いっくぞぉ!」


 フッと消えると、リーレイは次の瞬間には路地裏から屋根の上に移っていた。

一瞬のうちに屋根へと駆け上ったのだ。

 超高速で移動した影響を受けた屋根が、破壊されないよう――人間並みの速度で屋根の上を駆けながら、スキルを唱える。


「〈パペット・マスター〉!」


 すると二体のパペットがその場に現れた。

二丁のリボルバーを所持しているカウボーイ、〝ガンマン〟。

ストリッパーの衣装に身を包んだ女パペット、〝ショーガール〟。

 〈パペット・マスター〉では、あともう一体生成できるのだが、今回の捜索と捕縛には向いていない。


「マイティーはごめんねぇ。捕まえずに殺しちゃいそうだから、お留守番っ」


 故意に召喚しなかった残りの一体に対して謝罪をしながら、出てきた二体に命令を下す。

それはもちろん、この港に潜んでいる犯罪者の捜索だ。


「じゃあふたりとも。この港にいる怪しい人間を捕縛して。女を襲った形跡があったら、確実にそいつだよ」

『キヒヒッ』

『フフフ……』


 ガンマンとショーガールは頷くと、すぐさま散開した。

リーレイもリーレイで、港の中を探し始める。

 下では悲鳴を聞きつけた他の兵士や、街の人間まで走り回っているようだ。

ここ最近のその犯罪に対する迷惑具合は、街一体を連携させるには丁度いいようで。誰もが血眼になって探していた。

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