後始末
「エンプティ様、エンプティ様……残りのエルフの方々は、どう致しましょう……?」
「そうね。アリス様も一通り食べられたし、お引取り願おうかしら」
じとりとエンプティがにらめば、恐怖で愛想笑いもままならないエルフ達。
アリスはダークエルフのディオンを引き連れて、この部屋から立ち去ってしまった。
だから残されたのは、平らげられた料理とエルフだけだ。
毒物混入というイレギュラーさえなければ、アリスが総評を出してエルフ達の今後の立場が決まったのだ。だがそれもなくなってしまった。
命令を待っているまま主が消えて、どうにもこうにも動きようがない。
かと言ってエルフ側から「帰ります」なんてことが言えるはずもない。
となればエンプティ達がアリスに代わって、この場を終わらせねばならない。
「評価を述べるなら――ウッドエルフとハーフエルフは合格ね。アリス様が大層喜んでいらしたわ」
「あ、ありがとうございます!」
「感謝いたします」
エンプティも学習しないわけではない。
特に先日の旅行前には、アリスの楽しみを優先するということを学ばせられた。
だからこの時の総評にあたっても、アリスがどれだけ美味しそうに食べていたかを考慮して発言した。
直前にエルフの中でのいざこざがあろうが、強い弱いの優劣があろうが。今回は武力ではなく、その料理を振る舞ってアリスの機嫌を取りに来たのだ。
であればその料理の出来栄えで、評価するべきなのである。
「ハイエルフは……堅すぎるわね」
「確かに、確かに……。フルコースはアリス様に相応しくはありますが……食べるのに苦労されていたように見受けられました……」
「ぐっ……」
ハーフエルフとウッドエルフが評価された中、ハイエルフに下されたのは好評とは言い難い言葉だった。
反論出来るはずのないペーターは、ただ黙って唇を噛み締めている。
そしてプライドの高いハイエルフの血が流れている彼にとって、この状況は酷く不快であり、苛立つにはちょうどよかった。
言葉に出さず我慢していても、腹の中ではアリスを馬鹿にしていたのだ。
(ハーフエルフでなんぞ満足しおって、庶民ということだろう! ハイエルフの崇高なる料理を理解できぬとは、愚かな化け物むす――め?)
「貴方」
「は、はい?」
「不敬よ」
「え!?」
ペーターがアリスを馬鹿にするような思考を脳裏で繰り広げていれば、エンプティから的確に指摘される。
もちろんエンプティは、心を読めるような魔術もスキルも有していない。
つまり完全なる勘だった。
体力も魔力も圧倒的に下である存在の、思考を汲んで発言したのだ。
「どうせ雑魚のことですから、アリス様を貶しているのでしょうけれど。そもそも他が王や第二権力者が来ているのに、ハイエルフだけ側近ってどういうこと?」
「そっ、それは……その……」
エンプティは最初から、ハイエルフに対して疑問を抱いていたのだ。
ハイエルフは今回の機嫌取りの食事会だって、一番乗り気ではなかった。
アリスに対して何かをしでかしたのは、ハイエルフではなくダークエルフだったものの――アリスに対して失礼にも〝下に見ていた〟のは、ハイエルフだろう。
エンプティはこの食事中にずっと。静かに、ハイエルフは失礼極まりないと考えていた。
「プライドが随分と高いようね。虫けらなのだから、弁えなさい。現実を見せないと理解できないのかしら」
「い、いえ! そんな事ございません!」
「まぁいいわ。ハイエルフは後で直接、王に聞けば良いだけだものね。誰を行かせようかしら」
「え……? 直接……あ、ハハハ……」
ハイエルフのペーターは、領地でふんぞり返って待っている上司に対して、謝罪と怒りの念を送っていた。
元はと言えば、側近程度で済むだろうと軽率な判断をした王が悪いのだ、と。
もっとも、意見を挟むことが出来たその状況で、何も言わなかったペーターも悪いのだが――今となってはもう遅いのだ。
そんな様子を見ていたエトムントとヴィンフリートは、一歩前に出て頭を下げる。
言っておくが、これはハイエルフのために頭を下げたわけではない。
「エンプティ様、こちらの料理はお下げしてよろしいでしょうか?」
「? やらなくていいわ。食器は城にあったものを使ったのでしょう。こちらで片付けます。あなた達はもう帰っていいわよ」
「ありがとうございます。では失礼いたします」
二人は再び頭を下げると、部屋から去っていく。
それと同時に室外で待機していた、メイドのホムンクルスが中へ入ってくる。テキパキと慣れた様子で、テーブル上の料理を片付け始めた。
ペーターもそれに倣って、扉の方へと足を向けた。
しかしそれはエンプティによって阻まれる。
「何を帰ろうとしているの? 貴方は訪問予定日を調整する役割があるでしょう」
「い、今ですか!?」
「何か不都合でもあるのかしら? ……あぁ、通信魔術が使えないの?」
「つ、使えなくはないですが……その、きょ、距離がありますので」
無論これは嘘ではない。
アリス達のように、国をまたいでまでクリアな通信を可能と出来るのは滅多にいないのだ。
それはいくら魔術に精通した、ハイエルフであってもそうだ。
「はあ……。使えないわね。じゃあ一旦戻っていいわ。こちらから人を送るから、それまでに決めておきなさい」
「は、ははあ! 感謝致しますぅう!! でっでは失礼します!」
ペーターは逃げるように部屋から飛び出た。
そこにはもう威厳など存在しなかった。ただただ部族が無事に未来を迎えられるよう、急いで王へ伝えなければならないという使命だけが残っていた。
ハーフエルフとウッドエルフは、己の部族に誇りを持って帰宅。
後日訪問の予定が入ったハイエルフは、絶望の面持ちのまま自領へ逃げ帰ることとなった。
「エンプティ様……誰を送られるのでしょうか……?」
ダイニングルームの片付けも済んで、二人は部屋を移動していた。
元々あった仕事に戻るため、作業途中の場所へと向かっているのだ。
エルフ達の訪問は事前に用意されたものではなく、向こうから突然やって来たことだった。
最近はアリスの力を垣間見て、そういった輩が増えているため別段驚きはしなかった。しかしながら、こうして作業がいちいち止まってしまうのは、些か面倒でもあった。
とはいえアリスがあれだけ楽しそうに、美味しそうに食べていたのは、二人としても他の幹部としても見逃せない。
結果、己の仕事が止まろうとも、アリスが喜んでいるだけで良いのである。
そしてそんな合間、エキドナがエンプティへと話しかけたのだ。
内容はハイエルフのもとへ送るという、通信役。
幹部の誰かであれば、どんな距離においても通信は可能である。情報の齟齬が起きないように、送るのはヴァルデマルなどではなく幹部レベルの存在だ。
エキドナの問いに対して、エンプティは考えることなく答えた。
「ベルでいいでしょう。あの子ならば、移動にも時間を要さないわ」
「た、確かにそうでございますね、ございますね……。お手すきのようですし……」
「まぁ私達に比べたら遥かに暇でしょうね、あの子」
「あっ。べ、別に暇などと、あの、その……」
慌てながら弁明しているが、もうすでに遅い。
エキドナが大量の資料を抱えて歩いているところや、様々な魔族の部下に色んなことを聞かれているのは誰もが見聞きしている事実。
幹部の中で忙しいのは、エンプティとハインツ、そしてエキドナ・ゴーゴンである。
そして幹部の中で最も暇を持て余している存在こそ、ベル・フェゴールなのだ。
「貴女って本当にヘンね。もっと自信を持つべきだわ。幹部に恥じない能力と美貌よ?」
「そ、そうでしょうか……」
「誇りなさい。アリス様のお作りになった我々よ。至高で最高で頂点のお方がその〝好み〟で創られた、つまり我々もその御方に見合う存在だということなのよ」
「そ、そうですよね、そうですよね……。なるべく、頑張ります……。……でもエンプティ様は、アリス様に不敬ですからやめろとは……仰らないのですね……」
エキドナがそう言うと、エンプティは唖然とした表情でエキドナを見つめていた。
エキドナもエンプティに驚かれるとは思っておらず、そんな顔のエンプティを見て焦っている。
「不敬も何も……その性格も全て、アリス様の好みで作られたのでしょう? であれば否定することこそ、不敬という事よ。卑屈になるなとは言うけれど、その性格全てを否定するわけじゃないわ」
「あ……そうです、よね……」
「とはいえ〝産まれて〟からは、全て自分の意思で生きているはずよ。だからもう少し、貴女も自信を持っていいんじゃないかって思ったの。余計なお世話ね」
「そ、そんなこと御座いません、御座いません……!」
エキドナもやっと納得した。
というよりエンプティについて、初めて理解出来たと言ってもいい。
あれだけアリスアリスと言っている彼女のことだ。幹部なんてただの同僚で、大した考えも持っていないものだと思っていた。
だが実際は少しだけ違った。
幹部もアリスの考えのもと生まれた、アリスの好みで構成されたメンバー。そう思えば、幹部の面々もアリスの一部と言っても過言ではない。
仲間という意識では少し遠いかもしれないが、それでもアリスの思いが乗った同僚を思う気持ちはあるのだ。
だからそんな同僚を、たとえ自分で自分を貶そうとも、それは許容できることでは無い。
エンプティからすれば、アリスを否定していることになるのだ。
「それにベル程度、貶しても大丈夫よ。案外ケロっとしてるわ。先日アリス様の腹部を刺したことは、許しませんけれど」
「そ、それは……宜しくありませんね、ありませんね……」
「そうでしょう? もっと言ってあげて。エキドナから言われたらちゃんと反省するでしょう」
「ふふ。ええ……!」
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