ご機嫌取り2

(変な味……。いや、変な味? 違う、これは……)


 皿から一口、二口と掬って口に入れる。やはり微量ながら、体力値が減っている感覚がある。

アリスは確信した。

 この料理には、毒物が含まれている。


「エキドナ」

「はい。ここに、ここに……」

「あーん」


 皿からつまんだ一口大の料理を差し出せば、エキドナがびっくりしている。

そして当然エンプティも。

エキドナはアリスを困らせて待たせるわけにもいかない、と突き出されたフォークから料理を頬張った。

 その様子を見ていたエンプティが、何の反応もしないわけがなく。両目を見開き〝有り得ない〟といった顔で、二人を見ていた。


「は!? アリスサマ!?!?!?! 直々……エキドナ!? アリスサマ!?」

「……、! これは……」

「ん~、ご飯としては良いスパイスなんだけど……」

「是が非でも捕らえます、捕らえます……」

「お願いね」


 食べたのは一口だけだったが、エキドナはアリスの言わんとすることが即座に理解できた。

エキドナは防衛を担当している以上、アリスに敵意を抱いた存在を、アリスに危害を加えた存在を許したこととなる。

そしてそんな許してしまった侵入者を、このまま無事に帰せるはずもない。

 例えアリスには全く効かない毒物だったとしても、すでにアリスの口に運ばれてしまった。

敵意や殺意を抱いてこの行為を行い、微量ながらもアリスの体力値を減らしたというのは――最早攻撃に他ならない。


「ベル様……」

「うい?」

「アリス様のお食事に、毒が御座いました。逃げ足が早かったら困ります、困ります……」

「りょうかい! 捕まえてくるね」

「わたくしも城内を探しますので……」

「はーい!」


 そういう二人は、ダイニングルームから即座に飛び出た。

 魔王城は増改築を繰り返しているため、案内人がいなければ城外の存在は簡単に迷ってしまうとは言えアリスが食べたのは、四品ある中で一番最後だ。その間になんとか逃げ果せている可能性だってある。

 それはなんとしても許せるはずがない。最高機動力を有するベルを使うのは、この場において当然とも言える。


「毒だって……?」

「このタイミングで……」

「なんてやつだ」


 エルフ達もざわついている。視線は、ダークエルフのディオンに向けれていた。

ディオンはただ腕を組んで黙っているだけだった。


「エキドナ……殺す……!!」

「はいはい。待ちなさいな。じゃあエンプティも、あーん」


 一方、エンプティの殺意は別の方向へ向いていた。この状況で一番、アリスに対して心配をしなければならないのは彼女だというのに。

 アリスは出ていこうとするエンプティを必死に止めながら、せっかくなら……とエンプティにも料理を与える。

 アリスから直接料理を受け取って、モグモグと咀嚼しているエンプティ。

しかしながら納得がいかないらしく。


「私もそこそこ、毒物耐性は高いんですよ!?」

「そうだったねぇ~」

「そうですぅー!」


 なんとかエキドナを殺そうとする怒りはおさまったが、自身のことを信頼してくれなかったアリスに対する不満は拭えなかった。

しかしアリスもアリスで、この生活に慣れてきてエンプティの扱い方を学んでいる。

 少しだけ残っていた別の料理を掬って、エンプティへと差し出した。


「エンプティ。はい、あーん」

「!? あーん、です♡」

「おいしい? これは毒入ってないよ」

「うふっ、美味しゅう御座います♡」


 ハインツが見ていれば感動するくらいには、アリスによるエンプティの飼い慣らしが上達していたのであった。




 件の料理人は、さほどしないですぐに捕まった。ベルがいたおかげだろう。

結局、未だに増築を繰り返す迷路のような魔王城内で、逃げることも出来ず迷子になっていたのだった。

 ベルが発見したときには、むしろ感謝されたほどであった。あのまま迷子になって、誰にも発見されなければ、放置していても死んでいたかもしれない。


 料理人を突き出せば、ダイニングルームには緊張が走っていた。

これからが不安になっているエルフ達は、部屋の隅に固まっていた。

アリスは未だに椅子に座ったままだったが、そこから漏れる威圧感は恐ろしいものだった。


「さて……。先日、上級悪魔を拷問して腕も少し上がったのよ。どれくらいかかるか分からないけれど、どこまで耐え――」

「命令されたんです! ヨルク様に! 料理に、黒い呪縛を入れろと!」

「……あら」


 エンプティが拷問に掛けるまでもなく、料理人のダークエルフはいとも簡単に暴露した。

エルフ達はまたザワザワと話し合っている。

それは料理人が上げた名前――ヨルクというもののせいだった。


「ダークエルフ代表、説明を願おうか」

「…………あぁ。まず、黒い呪縛は花の通称だ。〝ブラック・ロベリア〟といえば、誰でも知ってるだろう」

「いや、私は知らない」

「……そうか。ブラック・ロベリアは、花弁が毒なんだ。その朝露ですら毒になる。……母は朝露を飲み、衰弱しているほどだ」


 もっと言えば、ブラック・ロベリアは即効性のある毒物だ。アリスが一口でピリリと感じたのがそれを表している。

二片も食べれば即死と言われているほど、強い花だった。

 元の紫色であるロベリアは、〝悪意〟という花言葉もある。だがこのロベリアは、そんな花言葉すら無に返すほど。

ブラック・ロベリアの致死効果を知れば、〝悪意〟というより、〝殺意〟であることが分かるだろう。


「まぁ毒物はわかった。ヨルクってのは誰のことだ?」

「ヨルクは……俺の弟だ」

「……ほう?」


 ヨルク、の名前を聞いて他のエルフが反応したのは、そういうことだった。

ヨルク・ヒミネ・スライネン。ディオンの弟であり、スライネン王国第二子息。

継承権二位の王子である。


「つまり、弟が俺の仕業に見せようとしたんだな」

「何故そう思える?」

「あいつは、俺を恨んでる」

「どうして?」

「……話せば長い」


 ディオンのせいに仕立てたにしろ、ダークエルフのせいにしろ、アリスが殺意をもった攻撃を受けたのは紛れもない事実。

何かしらで責任を取らねばならない。

 エンプティであれば「死を以って償いなさい」と言うだろうが、アリスはそれを断固拒否したい理由がそこにあった。

それは――


(このディオンというダークエルフ……すっごい好み!)


 ……アリスは男勝りな女が大好きであった。

そういえば部下にいなかったな、と思いながらも目の前に現れたちょうどいい存在に〝物欲〟が増していく。

 元々好きなキャラクターが多いアリスにとって、この人生における〝部下作り〟というものはなんとも楽しいものだった。

キャラクターメイクした幹部達は、アリス好みに創った上に彼らはアリスを好きでいてくれている。

 そんな存在がたくさんいてくれるだけで、十分に満足なのだが――この世界に来て魔王をしている影響なのか。

 日に日に貪欲になっていくのだ。目の前のものがほしいと思ったら、どうしても手に入れたくなってしまう。


(なんか犯罪のわびにセクハラを強要するみたいだけど――私は王だし? いいよね?)

「この度は弟が失礼した。俺の命をもって――」

「あ!! なら! 配下に! ならないか!?」

「……配下?」


 興奮しながら食い気味に言うアリス。

死ぬだなんて勿体ないのだ。――そうアリスは考えた。



 なんとか必死に説得をしているアリスを、ベルが傍観している。


「あー……」

「ベル様……?」

「あのエルフ、確かにアリス様の好みそうだもん」


 オタク友達でもあるベルは、アリスの好みもよく理解している。

腕を組んで「うんうん」と頷いていた。

 キョトンとしたエキドナが、そんなベルに話しかけた。


「確かに、確かに……。見目麗しい女性と思いますが、些か男性のようでは御座いませんか……?」

「アリス様は男勝りというか俺女っていうか、そういう女の人もすきだったりするんだよ」

「左様で、左様で……」

「強さ的にも気に入ったと思うよ。ヴァルデマルと同じ程度のレベルだしね~」

「それは……確かにそうですね……」


 ディオンはこの世界の原住民としては、高レベルだ。

そのレベルは170レベル。アリスと比べれば圧倒的に低いだろうが、上限が199レベルのこの世界の常識から考えれば――高いレベルに値する。


 そんな会話をしている間に、アリスの口説きは終了していた。

ディオンは無事に、アリスの部下の仲間入りを果たしたのだ。

 アリスの横に立っているエンプティは、些か不満そうだったが――上機嫌なアリスに横槍を入れるほど野暮ではない。


「なろう――いや、なりましょう、アリス様? 貴女きじょの配下に入れるならば、むしろ喜んでなろう。それで? 弟の処分はどうされる」

「君の家族だろう? そちらに返そうか」

「結構。俺だけならばまだしも、ダークエルフ全体にも泥を塗った愚弟です」

「ふむ?」

「それに配下を誓った身。身内の処分をこちらでするというのは、あまりにも我儘でしょう?」

「そうか、そうだな……」


 その時アリスはふと考えた。

こちらで処理をするにしても、まずはそのヨルクなるダークエルフを捕まえねばならないこと。

つまり――ダークエルフの国に向かうということ。

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