ご機嫌取り1

 ダイニングルームの長テーブルには、様々な種族の料理が溢れかえっていた。

異世界ならではの見たことのない料理や食材から、何となく味が分かりそうな料理まで。

 アリスは、エンプティとベル、そして念のためにエキドナを連れて部屋へ入る。

アリスを見た一同はざわつき始めたが、それすら気にしない。彼女は当然のように上座に向かう。

一緒に来ていたエンプティが椅子を引いて、アリスがそこへドカリと座った。


「さて……それで、どこの誰が来たって?」

「はい。――各部族の代表者よ、アリス様に自己紹介をする許可を出すわ。失礼の無いように」


 ごくり、とつばを飲む音が聞こえそうなほど、やって来た代表達に緊張が走っている。

ここで粗相をしてしまえば、代表だけではない――部族全体に責任がのしかかる。

部族が滅びるも栄えるも、ここでの全てにかかっている。


「で、では恐れながら私から。……ごほん。ハイエルフ代表、ペーター・ヘルモルトに御座います。本日は王の代わりに参りました」


 最初に挨拶をしたのはハイエルフ、ペーター・ヘルモルト。

彼――彼らの中ではハイエルフこそ至高という、高いプライドの元存在している。だからこの場は酷く屈辱であった。

 色白の肌に、プラチナブロンドのオールバック。長く尖った耳はエルフの特徴でもあり、輝く瞳は上品な深い青色をしている。

身に纏う衣装は民族衣装なのだろう。アリスも見かけたことのない服だったが、純白で小綺麗に保たれているのがよくわかった。


「……ウッドエルフ代表、エトムント・アルタウスである――で御座います。我はウッドエルフを率いる長を務めております」


 冒頭こそたどたどしかったが、それでも礼儀正しく挨拶するウッドエルフ、エトムント・アルタウス。

ちなみに王が直々にこの場にやって来たのはウッドエルフだけだ。ほかは側近だったり、代理だったりと様々。

 ハイエルフと比べて、狩りに出て動き回ることも多いアウトドアな部族だ。

ハイエルフと並べばその肌色が、少しだけ日に焼けているのがよく分かる。

茶髪にヘーゼルの瞳、そして尖った耳。着ているのは狩人のような軽装だった。


「ダークエルフ代表、ディオン・ヒミネ・スライネン。王に代わり、第一継承権を得ている俺がこの場に参った。宜しく頼む」


 前者二人が礼儀正しく挨拶したというのに、普段の言動の通りに喋ったのはダークエルフ。

名をディオン・ヒミネ・スライネン。

ダークエルフが主に住まう国である〝スライネン王国〟の、第一である。

 ダークエルフの特徴である浅黒い肌は、歴戦の代物なのかいたるところに傷がある。

灰色の頭髪に、金色の瞳。

筋肉質で長身な彼女が纏っているのは、戦いやすいような軽装である。


「ハーフエルフ代表のヴィンフリート・エルツェと申します。部族長が本日体調不良にて来られないため、僭越ながら第二部族長である私が参りました」


 そして最後に挨拶をしたのはハーフエルフ、ヴィンフリート・エルツェ。

ハーフエルフはハイエルフに嫌われている〝混血〟であり、生活が人に近い部分が多々ある。

 エルフの特徴である長く尖った耳もない。少しだけ人間よりは尖っているというほどだろう。一度見ただけでは見分けがつかない。

 くすんだ金髪に、緑色の瞳。着ている衣服も、アベスカの一般市民が身につけているような簡素なものであった。


 全員が言葉にして自己紹介をしなくとも、ここに会している者達がエルフであることは、アリスには理解できていた。

今回ばかりは知識と記憶を裏切られなかったことに、少しだけホッとする。


「ほう。つまり……エルフ全体がこちらに付くと?」

「えぇ、そうで御座います! まあ、一部〝違うもの〟も混ざっておりますが……」

「……この場でもその話を出すのですか、ヘルモルト」

「フン、この魔王殿は知っておくべきだろう。ハーフエルフなる人とエルフの混ざり物が」


 アリスの前でありながらも、種族間の争いを始める面々。

アリスにとって別にそれは気にするべきことでは無かったが、問題なのは〝混ざり物〟という物言いだ。


「ふーん? ハーフエルフは悪いものなのか?」

「ええ! 純粋なエルフの血では御座いませんから!」

「そうか。私も亜人と悪魔と爬虫類などが混ざった種族だが、悪しきものかな?」

「いっ……!?」

「なんだと……?」

「確かに肌に鱗があるな……」


 ハイエルフのペーターが驚き、他のエルフ達もざわざわと困惑している。

アリスは悪魔そのものかと問われれば、そうではない部分もある。

しかし人間なのか、と聞かれればまたそうでもないだろう。どっちつかずで、紛い物。混ざり物。

 ハイエルフが〝ハーフ〟を忌み嫌うのであれば、アリスも悪いものだということになってしまう。

アリスとて好きなように創った見た目をどうこう言われれば、頭にくるというものだ。


「はは、まあいい。勇者側につかなければ、全て私の大切な部下だ。良いも悪いもない。君達の中で、いがみ合うのは勝手にしろ。だが私に意見を押し付けるな――ハイエルフ風情が」


 ニコニコと笑いながら威圧する。その場に漂っていた空気が一気に重くなった。

横に立っていたエンプティを始めとする三人は、エルフ達の会話を見聞きして「愚かね……」と嘆息していた。

 アリスの性格を知っていようがいまいが、主になる予定の絶対的強者に、弱者の戯言を押し付けるなど言語道断。


「も、もも、申し訳御座いません……っ!」


 ペーターはようやく自分のしでかした過ちに気付いて、急いで謝罪をする。

ここで謝罪もしなければ、言い訳を連ねるだけの存在だったのならば――首が飛んでいたことだろう。


「気分が悪くなる前にとっとと味わうか。どこから食べればいい?」

「アリス様のお好きなように、ですわ」

「ふーむ……」


 横に立つエンプティがニコニコとそう言うが、アリスとしてはヒントなりお勧めなりが欲しかった。

パルドウィン旅行の際に食べた食事は、かろうじて人間の食事であったため抵抗もなく受け入れられた。

 だが亜人とはいえ、人間ではない食文化を持つエルフ達だ。

並べられている料理はいい匂いだし、美味しいそうな雰囲気だってある。だが如何せん知らない料理ばかりなのだ。


 アリスは前世も特別、食に詳しいわけでも無かった。

もしこれで食文化に精通しているのであれば、もっとここに並んでいる料理たちを理解できたかもしれない。


(どれがいいのか分からんなあ……。お腹痛くなることはないだろうけど、変な味とか勘弁して欲しいし……。エルフなら味覚は近いのかな? ええい、ままよ!)


 アリスが取ったのは、一番手前の野菜料理だった。

添えてあったフォークで緑色の野菜を突き刺し、勢いのまま口へと運ぶ。使われている野菜は、明らかに見たことのない野菜だった。

 アリスの口の中には、バターのような油の風味が広がった。

薄味ながらも香辛料の香りがして、適度に柔らかい野菜がとても食べやすかった。


 所謂野菜ソテーというものである。

アリスの知らない野菜が使われているものの、味は上々。バターもしつこくなく、炒めすぎということもない。


「むむ。これはどこのものだ?」

「はっ、ウッドエルフの領地にて栽培した、野菜のバターを用いた炒めに御座います」

「ふむ。見たことの無い野菜だが、柔らかく甘い。バターとよく合う。気に入った」

「あ、ありがとうございます!」


 アリスはパクパクと食べる手を止めなかった。さほど量も無かったため、ものの数分でぺろりと平らげた。

一品目からあたりを引いたアリスは、先程のハイエルフの愚行を忘れるほど上機嫌になった。

 食に詳しくはなくとも、食べることは好きなのである。食事が不要となった今でも、〝娯楽〟として食べることが多いアリス。

魔王となっても美味しいものは好きなのだ。


「ちなみに野菜は出荷や、栽培方法の伝達は可能が?」

「? 問題ありませんが……」

「そうか。私の管理しているアベスカというヒトの国がある。土地は広い故、共に栽培するのは問題ないか?」

「! そ、それは……」


 アリスは良い提案だと思って発したが、やはり相手が悪かった。エルフはエルフ。人間を見下しているのか、嫌っているのか。

どちらにせよすぐさま答えが出なかったあたり、好印象を抱いていないのは確かである。


「……まぁいい。期待はしていない。……では次をいただこうか」


 野菜ソテーを下げてもらい、改めてテーブルに目を移せば――明らかにフルコースがある。

前菜、スープ、メインディッシュ、甘味。こんなものを用意する種族なんて、この場には一人だけだろう。

もちろんハイエルフである。


(えぇー、マナーとか分からないよ……。なんか見下してきそうなエルフだしなぁ。でも食べなきゃだし……笑われてもしょうがない)

「アリス様、こちらの前菜からどうぞ」

「! ……ありがとう、エンプティ」


 ここでようやくエンプティからの助け舟だ。

流石は〝アリスが元人間だから〟と、心配に心配を重ねた幹部なだけある。

 アリスは昔の記憶を引っ張り出して、なけなしのフルコースマナーを用いた。

それでももし誰かが文句を言うようなものならば、威嚇でもして誤魔化すつもりだった。


「……うむ。美味であった」


 アリスは最後の甘味を食べて、スプーンを置いた。

脳みそが〝美味しい〟と感じ取っていたが、味がさして理解できなかった。

アリスは元はと言えば庶民だし、死ぬ直前なんてコンビニの食事で〝豪遊〟だと言っていた程度だ。

 オシャレなスープや、一口で食べられそうな小さなメインディッシュ。

きっとハイエルフの腕利き料理人が用意したのだろうが、アリスからすれば合わなかった。


(ここで休憩! 一番人間っぽいこれを食べて、休まなきゃ……)


 手に取ったのは、ハーフエルフの野菜のスープ。ゴロリとした腸詰めソーセージが入ったポトフだ。

魔術による保温なのか、二品食べた後だというのにまだ湯気が立っている。

やはり入っている野菜は見慣れぬものだったが、ソテーの味が素晴らしかったので抵抗などなかった。

 パクリと口に放り込めば、ほろほろと崩れそうな柔らかくも温かい芋。ソーセージをぶつりと噛み切ると、肉汁がたっぷりと滴る。

他にも入っている色とりどりの野菜達は、スープがしっかりと染みている。

パクパクと食べれば、あっという間に器の底が見えた。


「はぁ……美味しかった……」

「アリス様」

「はっ! び、美味だ!」

「もう……」


 ついつい〝王たる振る舞い〟が抜けてしまったアリスを、エンプティが横から注意する。

ハイエルフのフルコースのせいでガチガチに緊張したアリスを、ハーフエルフのポトフが癒やしたことで、緊張とともに王たる振る舞いまで剥がれ落ちていたのだった。

 咳払いをして、残りの一品に目を向けた。


「最後……ダークエルフのものか」


 これこそ一番残しては駄目なものだったのかもしれない。

圧倒的に色がおかしいのだ。何かの焼き料理……だというのは理解できるが――その色がなんと紫なのである。

 焦げてしまって黒くなるのは分かる。だが紫。パープル。スミレやフジのような、そんな色。絵の具の赤と青を混ぜたような色。

どう考えても料理の色ではない。

 もちろん、アリスの前世の現代でも紫色の食材はある。が、焼いた状態でここまで鮮やかさを保てるものだろうか。

 しかし美味しそうな匂いはしている。

ここで食べねば部族を拒否することとなる。アリスは覚悟を決めた。


「……いただこう」


 まず一口、口に含む。フルコースとは別の緊張が、アリスの中には走っていた。

味は――普通だ。味わったことのない風味だったが、決して不味いというわけではない。

 だがそれ以前に、アリスは別の点に意識が行った。


「ん? これ……」


 アリスの口の中では、ピリリとした感触。香辛料というわけではなく、ほんの少しだけ体力が減る感覚がした。

それは本当にコンマ以下の値だったが、僅かだけでも体力が減ったのだ。

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