手合わせ2

(まずあの速度をどうにかしないと――狙うとしたら、足!)

「分かりやすいですね!」


 脚を狙いに行けば、いともたやすく避けられてしまった。

アリスは今まで人間で、ただの社会人だったこともあって、動きを見破りやすいのだろう。

それに比べて〝そういうふうに設定〟されたベルは、攻撃されることも察知しやすく、悟られぬよう攻撃することにも長けている。


 知識だけはある頭でっかちのアリスと、知識も動きも全て揃ったベル。

数値ステータス的にはアリスが圧倒的に有利ではあるものの、経験などで全てが劣る。


「こちとら素人だからね!」

「あっはははは! でもあたしの動きに付いてこれてる人なんて――初めてですッ!」

「そりゃ良かった!」


 何と言っても、ベルに死角はほとんどない。

その長い前髪で隠された部分には、目が六つ付いている。そしてロングヘアで隠れた後頭部にも二つあるため、隙をついて叩くなんて絶対に無理である。

 そしてそれら全てが複眼であるため、更にその精度は上がるのだ。


(……どうする? 私に彼女を驚かせるような知略はない。剣術も見よう見まねだし……なにか……)


 会話が始まりベルの手が緩やかになった。それに油断していたアリスは、攻撃を許してしまった。

気付けば腕に一筋の傷が出来ている。

この程度の傷などすぐに塞がるものの、驚きと久しぶりに感じた痛みでアリスは小さく悲鳴を上げた。


「いっ……!」

「アリス様〜!? そんなに怯えてちゃ、ほら当たっちゃいましたよー!!」

(ぐっ……! どう頑張っても考えていたら当たる……当たる?)


 この短い間の中でアリスは追いつけるようになってきていたが、それでもベルの攻撃は当たってしまう。

そのことにふと気が止まる。別にどうせ回復出来る程度の傷なのだ。

であれば、当たるべきではないか――と。


 だが作戦を練ろうにも、ベルの手は休まらない。

アリスもそれを全て受けて流してを繰り返しているが、機動力を最大限に活用した手数の多さは考えることすらままならない。

であればイチかバチか、ここで決めるほか無い。


「アリス様! ぼーっとしてていいんですかぁ!? 余計なことを考えてませんか!?」

「うーん、考えてるよ。……私にしか出来ない戦法、かな?」

「なにをごちゃごちゃ……ほーら、次の手が参りますよぉー!!」


 金属のぶつかり合う音が、格闘場内に響いている。時々アリスの肉が切れる音も混ざり、戦闘は激しさを極めていた。

 手合わせ開始から比べれば、段違いにベルに追いつくようになっていた。

だからベルもベルで、徐々にその攻撃の方法を変えていた。分かりやすい攻撃だったものが、フェイントだったり緩急をつけてみたり。

ベルなりに〝手合わせ〟を意識して、アリスへの訓練を行っていたのだ。

 アリスはついていくのに必死で、それを考える余裕はなかったのだが……それは別の話である。


(この数分で、だいぶ付いてこれるようになっている……。流石はアリス様。でもまだあたしには遠い。やはり部下を作るだけあって、まだ人間の頃の思考や動きに引っ張られているのかな……)


 動きに迷いが混じっている。人間の頃は人を殴る蹴る切るということなんて、ほとんど――全くやらなかった。

だからどうしても、相手を思って加減をしてしまう。

 もし万が一、ここでベルに当ててしまっても問題ない。アリスはこの世界における全ての魔術を習得しているし、何ならパラケルススのスキルだって扱える。

下手すれば誤って殺してしまっても、生き返らせることすら可能だ。

 だから心配することなど全くないのだが、人間としての理性と――何よりも大好きな部下を傷つけたくない、という無意識的な考えが働いてしまっているのだ。


(この辺で適当に当てて、勝ちを取る!)


 とはいえベルはそんなわけにもいかない。

機動力こそあるものの、攻撃力と体力、そして物理耐性は彼女のほうが下だ。だから長期戦になるにつれて、ベルは不利になる。

 もしも勝つのであれば、速戦即決。耐久戦に持ち込まれる前に、己の勝ちを手にしなければならない。


 ベルは思い切り、剣をアリスへと向けた。

すでにボロボロになっていた刃だったが、ベルの選んだ攻撃は突き。横には切れずとも、勢いに任せて突き立てれば攻撃は通る。

もちろん、


「…………あ、え?」

「わ、たしの……の勝ちだ! うぐっ……」


 ベルは呆然としていた。そしてアリスの腹部には、深々とベルの剣が突き刺さっている。

そしてアリスの持っている剣は、ベルの首筋にピタリと添えられていた。このまま切り裂けばベルは死亡、アリスの勝ちだ。

 勝敗の決め方を予め話し合っていなかったが、アリスは生きているしベルは死ぬ――予定だ。

つまるところアリスの言う〝勝ち〟なのだろうが――


「な、ぅ、や……あ……アリス様、あの、その」


 闘志にあふれていたベルは、オドオドと言葉を詰まらせている。

剣を握る手は震えていて、動揺のせいか剣を握ったまま離そうとしない。

彼女はこのときばかり、全てを見れる自分の目を嫌った。

 自分がアリスの腹部を突き刺した。血液がドロドロと溢れ、濃い紫の民族衣装アオザイが色を変えていく。

ベルにはいつも以上に、世界のめぐりがゆっくりと見えた。


「ベル・フェゴールッッ!!!!!」

「ひぅ……!? えん、エンプティ……」


 格闘場にエンプティの怒号が響き渡り、そこでようやっとベルが剣から手を離す。

そしてヨロヨロと数歩、アリスから離れれば――全体がよく目に映る。

ベルの手はアリスの血液でベトベトと汚れていて、アリスの腹部にはまだナマクラが刺さったままだ。

 一瞬、世界がぐらりと揺れた。立ちくらみにも似たような感覚だった。

それくらいにはベルにとって、衝撃だった。――大好きな主、アリスを刺してしまったことは。


 格闘場の入り口には、鬼のような形相をしたエンプティが立っていた。

ズンズンと大股で、ベルとアリスのもとへとやって来る。


「貴女……は、何を!」

「まあまあ、落ち着いてよエンプティ」


 怒り狂うエンプティをよそに、アリスは深々と突き刺さっていた剣を勢いよく抜いた。

瞬間的に血液が一気に吹き出したが、ピタリと動きを止めるとそれらは傷口へと逆流していく。

全ての血液がもとに戻ると、今度は穴が空いた衣服も勝手に修復され始める。

 剣を抜いてからたった数秒だったが、アリスに出来ていた傷や穴は全て完全に塞がっていた。


「これが落ち着いていられますか! 一体どういうことです、ベル・フェゴール!」

「あ、の、その……ちがくて、あたし……」

「言い訳は聞きません。主人に楯突いたことをハッキリと見ました」


 エンプティはスキルで己の腕を変形させた。アリスを傷つける部下は必要ない。

この蟲少女をここで葬らん、と歩みを進める。

相手がエンプティ程度の機動力ならば、ベルは簡単に逃げおおせることが出来る。だが彼女がそうしない――そうできない。

 アリスを傷つけてしまったのは事実ではあるし、何よりも酷く動揺していることから足がうまく動かないのだ。

 もちろんアリスがそれを許可するはずもなく、口を挟んだ。


「エンプティ」

「……っ」

「私がベルに勝つためにやったんだ。肉を切らせて骨を断つ作戦。そのまんまだよ」

「あ、りすさま……あの、あたし……」

「なっ、な、なな、な、なんてことを!! アリス様!? 御自身の重要さを理解なさってるのですか!?」


 心配を加速させて叫び続けているエンプティを見て、笑いながら答える。

当然ながら痛みを感じるが、先程のように一瞬で完治するのだ。だから心配はいらない。

アリスはそう思っていた。

 しかし、エンプティもベルもそうではない。

大好きで大切な主人が傷つくのは、部下の誰においても苦痛でしかないのだ。


「この程度じゃ死なないよ〜。魔術の付与もないただのナマクラじゃ――」

「そうではッ、ありません!!」


 アリスがなんと言おうが、エンプティは納得しなかった。

それどころか言葉を遮ってまで、自分の意見を伝える。

 少し前にパラケルススへ「自分の意見を言うだなんて」と喚いていた彼女が、それすら棚に上げたいこと。

――それはアリスに関わることだ。


「アリス様が我々の攻撃程度で死に至らないのは、重々承知しております! ですが、それでも! 我慢の限界というものが御座います! 何よりも、攻撃を当てるのが我々幹部の手によってだなんて……酷すぎます」

(あー……心配させちゃった、のかな……)


 もう完全に傷の気配などもない腹部。アリスは傷があった箇所を、優しく撫でた。

もはや痛みすら感じない普通の健康な状態ではあったが、エンプティからの心配の声を聞いてこそばゆくなる。

 腹部を撫でながら、また笑みを零す。

どれだけ強くなろうとも、この世の摂理や法則を超えた存在になろうとも、心配してくれる部下がいる。

それは嬉しいことだ。


「ごめんね?」

「次回は許しませんから!」

「うんうん」

「うんは一回ですっ!」


 怒られているのにずっとニコニコしているアリスのせいで、結局エンプティは絆されてしまった。

ベルに対しての怒りもほぼ消えたエンプティは「もう……」と呆れている。


「それで、何か用事?」

「アリス様に会いたいと言っている魔族が、食事を用意して城にきたのでお呼びに参りました」

「ふうん?」

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