呼び出し

 アリスにとっては、久方ぶりにやってきた場所だった。

まるで天国を思わせる心地のいい草原。頬を撫でる風が優しく、母が我が子をあやす様に柔らかだ。

 あの時と違うのは、草原にポツンとベッドが置いてあるのではなく、白く綺麗な東屋があったことだ。

そしてそこには、見たことのあるふざけた格好の〝神〟とやらが佇んでいた。その横には、見たことのない男も。


(やっとか……。向こうからの連絡を待たなきゃいけないってこと? めんどくさいなぁ……)


 この瞬間が訪れたのは、ベッドでゴロゴロしているときだった。

突然、あの見覚えのある草原に呼び出されたのだ。


 歩く度に足元の草が、サクサクと心地の良い音を鳴らす。草独特の青臭さもありつつも、くどくないそのにおい。麻子――アリスは東屋へと歩く。

 時々視界に映る体の一部は、麻子のものではなかった。

転生してからの体、見慣れた鱗に白い髪。

 だからここには、アリスとして呼ばれたのだ。魔物を統べるものとして招かれた。いい予感はしない。


「おっ、来たな〜! 魔王っ!」

「お呼び立てして申し訳ございません」

「……ども。久しぶり、なんですかね」


 相変わらずふざけたテンションで話しかける。横に立っていた男は、〝神〟とは違って冷静にアリスを見下ろしていた。

 パリッとしたスーツに、黒縁のメガネ。きちんと整えられたオールバック。衣服こそ違うが、その様子は部下のハインツを思わせる真面目さがあった。

まあ、ハインツはもっとガタイが良いのだが。


「紹介するよ。こいつは君の今行っている世界を、管理してる子だよ」

「はあ」

「まだ会わせてなかったよね? ワシってば忙しい身だからさぁ〜」

「あ、はい。ども……」

「はじめまして、園――あぁいえ、アリス様とお呼びするべきでしょうか?」

「いえ……別にお好きに呼んでください」


 神があんな対応をとっているものだから、部下も同じような態度なのかと思っていたアリスは拍子抜けした。

まるで日本人のように礼儀正しく話す男に、酷く困惑している。

 このまま名刺を取り出してきて、日本人のように丁寧に渡してきてもおかしくはない様子だった。


「ではせっかくなので、園様と呼ばせて頂きます」

「あ、はい。えっと……」

「私はフルスと申します。お好きにお呼びください」

「フルスさん、よろしくお願いします」

「こちらこそお願い致します」


 お互いに名乗り終えると、フルスは深々と頭を下げた。

そして振り絞るような申し訳ない声色で、謝罪を連ねていくではないか。


「この度は我々の上司がご迷惑を……」

「えっ、いえ! 全然……。上が駄目だと苦労しますね」

「本当にその通りです……」

「ねー、それワシのいない時にやってよ!」


 アリスも麻子だった頃を思い出して同情した。

こんな上司が上に立っていたら、胃が痛くなるどころじゃない。

今回はたまたま〝間違えて殺してしまった人〟と〝勇者を殺してくれる人を探していた世界〟という、利害が一致したものの。

 この自称神は部下や弟子の世界に、間違えて殺した人間を押し付けていると思えば、相当迷惑な上司だろう。


 それはさておき神様がアリスを呼ぶだなんて、それだけの理由じゃないはずだ。今の今まで勇者とあまり関係ない国を制圧しても、勇者に出くわしても何も言わなかった彼だ。


「本題。あるんですよね」


 アリスが切り出すと、少し申し訳無さそうに神は喋りだした。

彼の中にも罪悪感や申し訳ないという感情が存在するのだな、とアリスは感心した。


「いやぁ、それがね。ジョルネイダ公国が、勇者の召喚に成功しちゃって」

「でしょうねぇ」


 聞けば勇者の召喚は、まるでサイコロよろしく、ソーシャルゲームのガチャシステムよろしく、確率で決まるらしい。

 そしてあろうことか、ジョルネイダはそれを成功してみせたのだ。これがゲームならば、排出率があまりにも低すぎて、すぐにサービス終了してしまいそうな低確率を。彼らは幸運にも強運にも引き当ててしまった。

 さすがの神も気まずくなるわけである。詫びとして送り出した世界に、更に追加で敵がやって来るのだ。

当初の予定も、転生者のやりたいこともあったもんじゃない。


(というか、そんなシステムやめろよ……!)


 そう言ったところでもう既に、済んでしまったことはとり払えない。

 さて、神はそんなことを告げるためだけに、ここに呼んだのではない。ここは麻子が死んでアリスになった場所であって、部下を生み出した場所。

そして今さっき告げられた追加の勇者。

アリスは段々と、彼らが言わんとしていることを理解し始めた。


「追加キャラ、か」


 ソーシャルゲームの運営が不具合で配布するお詫びの報酬――〝詫び石〟ならぬ〝詫び部下〟である。


「ごめいとー! そんなわけで、一名追加してくださーい!」

「……勇者は何人ですか?」

「レベル199が三人だよ♡」

「おい! バランス取れないだろ!」


 怒りのままに叫ぶアリス。神が言うには――向こうは最初の勇者よろしくレベル199だ。

それだというのに、アリスが追加を許可されたキャラクターのレベルは200。永遠に上がれない、1というレベル差は圧倒的なのだろう。

これで我慢してくれということなのだ。

 文句があるからといって、断るわけには行かない。一人とてアリスにとっては、大事な戦力だ。この誘いはしっかりと受けねばならない。


「レベル200じゃなくて良いからさ、もう1人だめ?」

「えぇ〜……いいよん」

「いいのかよ!」

「レベルは180ね」

「じゅーぶんです!」


 一度目は酷く時間が掛かった記憶があったが、それはアリス自身を含めて七人分のキャラクター作成があったからだ。

今回は人数が少ないのもあり、慣れというのもあって作業はすぐに終わった。

 しかしすぐに終わったというのは、雑に作ったというわけではない。

今回もアリスの好み通りで、幹部に相応しいキャラクターを作り上げた。期待通りの働きをしてくれることを祈るだけだ。


「えぇ? そんなんでいいの?」

「いいんですぅ。今までで十分に強いっていう統計は取れてるから」

「それじゃあ約束通り、ちゃんと勇者を殺してね」


 ニコニコと意味ありげに笑う神を不気味に思いながら、アリスは生まれたての我が子を引き連れて世界へと戻っていった。












「今回も告げなくて良かったのですか」


 フルスは、上司である〝神〟に向けてそう問うた。

その場にはもう既にアリスはおらず、あの世界に戻っていた。

 この空間に来るには、アリスだけの力では不可能である。この二人のどちらかに呼ばれなければ、降り立つことは出来ないのだ。

だからこの会話も、アリスが聞けることなど有り得ない。


「まあいいでしょ!」

「それですから、変な勇者や英雄が生まれるんですよ」

「厳しいなぁ! もう!」


 頬を膨らませて、プンプンとわざとらしく怒ってみせる。その様子にフルスは、少しだけ不機嫌になった。

スキンヘッドの年寄りが可愛い子ぶるのは、見ていて辛いものがある。


「〝そのお姿〟でぶりっ子は……やめて頂けますか」

「も〜」


 〝神〟が指を鳴らすとをすると、ポンッという軽快な音とともに煙が立ち込める。

その煙が晴れた先にいたのは、見慣れた怪しげな神ではなかった。


 そこにいたのは、まさに紳士と形容するべきな洗練された男だった。

白髪交じりのグレーの頭髪は、サイドを刈り上げて、ナチュラルオールバックにセットしてある。

しかしながら瞳は紫色に怪しく輝いている。何か強大な力を持っていそうな、そんな怪しさがあった。

 漆黒のスリーピーススーツはクールさを引き立てていて、ワンポイントとしてゴールドのネクタイが中央で煌めいている。


「いつもそちらで居られたらいいんですけど」

「面白い方が良くないか? ただのオッサンが失敗して殺したって言うのと、おちゃらけた爺さんとじゃ違うだろ?」

「今の見た目でしたら、少なくとも園様はお許しくださるのでは……」


 いわゆる〝イケてるおじさん〟というもので、オタク気質なアリスであれば許容する範囲だろう。

系統は違えど部下であるハインツも、似たようなものなのだから。


「そうか?」

「……あのTシャツよりはマシです」


 こればかりはフルスの言うとおりである。

白いハーフパンツに白いTシャツの神様よりかは、話を信じてみようかなという気持ちになるのだ。


「ごほん。話を戻しますけど……園様には、この世界――〝トラッシュ〟の役割を伝えても良かったと思います」

「……あー、前に呼べばいいさ。どうせ向こうからは、連絡出来ないんだから」

「承知しました。ではこれからも、ほぼ園様のやりたい通りにさせておきます」

「俺は地球に戻るから、また何かあれば呼んでくれ」

「了解です」

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