第二章 幕間 アベスカの裏事情

プロスペロの帰国話

 あの不思議な女性と分かれて約三日。プロスペロ・メチェナーテはアベスカへと到着していた。

当初はもっと掛かると思っていたが、盗賊をやって体力がついていたのだろう。彼の中の想像よりも早く帰国がかなった。

 とはいえ不安がなくなったわけではない。

あの女性が渡してくれた言伝があれど、本当に借金はチャラになるのか。今後なんの心配もなく暮らしていけるのか。

下手をすればまた盗賊をやる羽目になってしまう。それは懲り懲りだった。


 森から出るとアベスカの裏口に出た。目の前にはすぐ裏門が構えられていて、武器を持った守衛二人が立っている。

 つい先程まで盗賊をやっていたプロスペロにとっては、一番話し掛けたくない人物だ。

 だがアベスカに入るには、凡人のプロスペロにとってこの門をくぐる他ない。

覚悟を決めて守衛の前に出た。


 プロスペロは守衛を捉えた。そして守衛もプロスペロを捉える。

どう見ても一般人には見えない盗賊のような様相の怪しい男を見て、守衛はすぐにプロスペロを警戒した。

 その持つ武器がプスペロへと向けられる。守衛からすれば仕事をこなしているだけなのだが、プロスペロからすれば恐ろしくてならない。


「誰だ! 止まれ!」

「ひっ! す、すみません! これ!」


 プロスペロはアリスから貰った紙切れを守衛に投げつけた。投擲系魔術の類かとも思い、守衛は警戒心をさらに上げたが、一瞬だけ見えた紙から覗く字を見た途端にそれは拭われた。

 〝アリス・ヴェル・トレラント〟。たまたま顕になったその文字。

たった数文字で、ただの名前でしかなかった。しかしそれによってプロスペロは救われたのだ。守衛達を信用させるには、十分すぎるほどの強大な力を持った尊名。

 この名はこの国・アベスカにとっては、絶対で絶大な力を有する言葉なのだ。


 守衛は即座にその紙を拾い上げて開いてみせる。二人の守衛が頭をぶつけるほどに近づきながら紙を読む。

アリス直筆の書物なんて、守衛程度ではお目にかかれないだ。それを得体の知れない盗賊まがいな男が持ってきたのだ。一大事の他あるまい。

それ程までにそのアリスの存在は大切なものなのだ。


「えー、プロスペロ殿」

「はっ、はいぃ!」


 守衛の態度がガラリと変わる。しかし怯えたプロスペロはそれに気付いておらず、ビクビクと震えながら返事をした。

 守衛も守衛でバツが悪そうにしている。彼らは仕事で警戒したのだから、申し訳なさそうにする必要はないのだが、アリスの名前を使った文書を読んでしまえばそうなるのも仕方がない。


 さて、アベスカでは。

ここ数日で国民のアリス達に対する意識がだいぶ改善された。というよりも、いい意味で悪化している。

 一応ライニールという国王が(形だけとはいえ)君臨している現在のアベスカ。国民達に直接お触れを出さなかったものの、死んだ家族のホムンクルスの件などでジワリジワリと噂が流れている。


 アリスはまるで現人神のように崇められつつあった。


 あれだけ信仰してもなんの見返りもなかったアリ=マイアとは違って、アリスは与えてくれる。その効果は大きい。

アベスカの人間がアリス側にコロリと落ちるのも、時間の問題である。


 戦に勝ったとはいえ、それは人類全体の話だ。

真っ先に、多大に――犠牲になったアベスカは、果たして勝ったと言えるのか。

 国民は家族を失い、心をすり減らして生きてきた。そんなすり減った心を癒したのは、例え悪魔であろうとも関係なかった。ようやっと苦しみから解き放たれたのだ。


「入国を許可します。ですがこのアリス様の言う処遇通りにするのであれば、まず会っていただきたい方がいます」

「え、誰ですか……?」

「この国のナンバー2です」


 絶句するプロスペロは断るタイミングもないまま、守衛に連れられて城下町へと入る。

「ナンバー2に会ってもらう」という発言に震えているプロスペロ。驚きのあまり声が出なかった。

 守衛は沈黙を〝イエス〟と取ったのか、強引にプロスペロを引っ張って、ズルズルと城へと連れていく。

彼が我に返って見渡せば、既に城の中だ。


 外から見る通り城は広く、廊下で何度も見た豪華絢爛な扉の一つは壁の模様ではないかと思うほど部屋も多い。

 部屋を通り過ぎるたびに、プロスペロの心はドキドキと音を早める。

今までやってきたことがチャラになるだなんて、いまだに信じていない。だからどうせナンバー2とやらに会って、罪を裁かれるに違いないと思っていた。


「そいつだれ?」

「ご苦労さま〜」

「ルーシー様、ベル様! お疲れ様です! 彼はアリス様の命により、保護された人物でして……」


 彼らが出くわしたのは、暇で暇でこの国に入り浸っているベルと、この国の管理を任された一人であるルーシーであった。

 ルーシーはアリスの元いた世界では〝ギャルJK〟という立ち位置だが、この異世界ではその様相は通用しない。

奇っ怪な衣服をまとった化け物――もとい、支配者なのだ。

 そしてベルも、制服アレンジされたロリータというユニークな衣装だが、それにツッコミを入れる人物はアリス以外いない。

そしてそのアリスも趣味で創造した愛しい子供。何ら問題はないのだ。


「あー! あーしその話聞いた! あーしがパラケルススのとこ連れてくし、仕事戻っていーよ!」

「ありがとうございます」

「えっ、えっ!?」


 守衛は美しい角度でお辞儀をすると、そそくさとプロスペロを置いて去っていく。さすがのプロスペロも、あの守衛が敬う態度を取っている辺り、この幼そうに見える少女二人が偉いであると理解できた。


「アリス様の書いた紙、見して」

「え!? あっ、は、はい」

「んー……」


 プロスペロからアリス直筆の紙を取り、ベルと一緒に読み始めるルーシー。

書かれていた内容はごくごく普通で、プロスペロの境遇――もちろん盗賊であったことも詳細に書かれている。これで彼が誤魔化したり嘘をついたりすることは不可能になった。

無論彼は読んでいないので、彼がどう出るか、そして出方によっては幹部の怒りを買うことになるのは彼次第だ。


「もしかして……この国に闇金融とかが蔓延ってるのかな」

「えー! マ!? だったら、アリス様の為にも消さなきゃじゃね!? このアリス様の国で、汚いことする奴なんて邪魔だしぃ!」


 さて、アリスは土地を借りているだけだと思っているが、他の幹部はそうはいかない。ここはアリスが初めて支配下に置いた国だ。記念すべき最初の領土。

もちろん人間を含むすべてのものが、アリスの所有物だと認識している。だからそんな中で悪行を働こうなど不敬極まりない。

 生み出された彼らの考えることは、ルーシーの言う通りそいつらの排除だ。主人アリスの所有物を内側から蝕まんとする害虫は、早々に駆除すべきだと誰もが考えるだろう。


 ベルはちらりと男を見る。アリスに助けてもらった元盗賊。

下っ端とは言え、組織の拠点に顔を出す程度はするだろう。幾つか拠点を覚えているかも知れない。道案内にもってこいの人材だ。

 借金を帳消しにして命まで保証されているのだから、プロスペロがアリス達にそれくらいしても当然といえる。

なんと言ってもたかが人間程度に、拒否権など用意されていないのだ。


「とすると、この男は使えるかもね」

「うっし、まずはパラケルススのとこ連れてこー」





「それで? 一体何用ですかな」


 少し語気が強いのは、先程まで〝患者〟の相手をしていたのに、無理矢理ルーシーとベルが割り込んできたからだ。

 小国とはいえ処置をしているのは、パラケルススたった一人。

この仕事が出来るのは、幹部の中でも彼だけなのだから当然ともいえるが、助力があるとはいえ彼のみワンオペでやりくりするには人口が多すぎる。

 それにパラケルススとしては、〝アリス神化計画〟の邪魔をされたようで憤慨したいところなのだが、ルーシーが「アリス様からの直筆でー」などと手紙を渡すものだから仕方なく〝治療〟を取りやめたのだ。


「アリス様が直々に助けたやつだよ」

「なるほど……。下賤な盗賊までお助けになるとは、流石アリス様ですな。ですが、この文章だけでは自分には到底言っている意味が……」

「だからぁ、つまり――」


 ルーシーは手紙から読み取った意図を話し始めた。すると途端にパラケルススの表情が明るく変わっていく。

その表情からは「さすがはアリス様ですな!」という声すら聞こえてきそうだ。


 何が何やら分からず置いてきぼりのプロスペロは、その様子をただ横から見ているしかなかった。

だが、このパラケルススという男がどう見ても、人間というよりは化け物だと言うことは分かった。

 火傷のようにただれた肌は、巷で聞いたことのあるアンデッドのような見た目をしていた。不思議なことに死臭こそないもののその不気味さからは、人間には思えない。


 だからあの〝アリス〟と呼ばれた女性は、魔王なのではないかと一瞬頭をよぎる。

しかし盗賊のような自分を助けてくれた心優しい女性を、魔王呼ばわりするだなんて失礼甚だしい。

 きっと、純粋に醜悪な者ですら部下に置くほど寛大な人間なのだ。見た目ではなく、純粋な能力を買って部下を選んでいる。素晴らしい上司なのだ。……そうこじつけることにした。

 何よりもここにいる人間も、アンデッドのような彼を除いてまともなのだ。魔王軍を一度だけ見たことがあったが、あんな化け物ではない。

もちろんプロスペロを助けてくれたアリスも同様だ。魔王や魔族のような化け物とはかけ離れた、人間らしい見た目をしているのだから。


「ほう、ほうほう。彼を助けて国民からの信頼度を上げ、更には犯罪組織の壊滅とは……」

「さっすがアリス様だよねえ」

「ふふんっ、神に選ばれたソンザイって感じだし!」


 まるで自分のことのように喜ぶのは、ベルである。隣に立つルーシーも同じく鼻高々に自慢げな顔を作った。

 こんな若い少女にすら信用され、尊敬されているとは。

プロスペロは、自分を助けてくれたあの女性を軽視していたのかもしれない。そう思った。

 ライニール国王はあんな堕落した人間ということもあってか、国民からの支持はさほどない。それに比べてこのアリスという女性はどうだろうか。


 三人の会話がはずんでいると思えば、パラケルススが話を切り上げようとする。フリーで暇なルーシーとベルに対して、パラケルススは仕事を大量に抱えているのだ。

アリスの考えた計画に協力したいのは山々だが、こちらの〝アリス様を布教する仕事〟も重要なのだ。


「そうですな。だが申し訳ないのですが、自分はこちらの仕事で手一杯でして」

「いーよ! あーしとベルでちゃっちゃと潰してくるよ」

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